第十一話 サージュの門
どうやらゲダさんの手当は魔法で行ったようで、出血自体は止まっていた。
ロゼさんは魔法使いであって、僧侶が使う神の恩寵を使えるわけでは無いので、切り離された腕が元通りになるわけでは無いようだ。
「ボウズ…あー確かユウジだったか。助かったよ ありがとうよ」
傷口に布を巻いたゲダがユージに礼を言う。
「しかし…ボウズは何者なんだ?」
腕を組んでいたジャンが口を開く。
「前にも言いましたが…実際自分がどこの誰なのかわからないんですよ…ただ、やってみて分かったんですが、 どうやら俺は普通では無いらしいです」
「そうね…私も剣撃であんな事を出来る人を見たこと無いわね」
ロゼが薙ぎ倒された木々を見て首を振る。
ゲダが片手でバリヤの遺体を街道脇の岩場に担いで行き、大きな岩の上に横たえ冒険者タグを外す。
「バリヤをちゃんと弔ってやらんとな…」
「ええ」
ジャンとロゼが岩場に向かうその後を俺とアネリアが続いて歩く。
「ロゼ頼んだぜ。綺麗に焼いてやってくれ…」
ジャンの言葉にロゼがゆっくりと頷く。
「力の根源に刻めし赤き星 天に地に満ちたるガナをしてその偉大な姿を表せ ア・ルタヴァエ」
ロゼの魔法詠唱と共にバリヤの身体を業火が包む。
黄色に近い炎はバリヤの身体を見る間に焼失していった。
各々の形で死者を送る。ゲダは剣を立て、ジャンは目を閉じロゼは天を仰ぎ見る。
俺とアネリアは手を合わせ目を閉じ死者を送るのだった。
僅かに残った灰にゲダが酒を振り掛けていた。
「…あの…それではユージ…くんがアネリア様を…その…抱き抱えて今まで走ってたのですか?」
何故かロゼが顔を赤くしてアネリアと話していた。
(アネリアが顔を赤くするのは何となく分かるのだが、冒険者のロゼが男に抱き抱えられると聞いてこれ程顔を赤くするとは……この世界の女性はかなり貞操観念が強いのだろうか?)
流石の俺もロゼが男を知らない女性だとは思いもよらなかったのだ。
「は、はい。体力があまり無いのでユージ様の…ごご…好意に甘えまして…」
ジャンが横から俺を引き寄せ耳元で囁く。
〈まぁあれだ、二人共男を知らないって事だ〉
「は?」
思わず声を上げた俺は慌てて声を落す。
〈ロ…ロゼさんっておいくつですか?…あ、いや何か宗教的な何かでしょうか?〉
〈いやいや、ただのオクテって感じだ(笑)…まぁ、だがよ。オメエ冗談でもアネリア嬢ちゃんに手を出すなよ?ヤベー事態になるぞ〉
〈なに十三歳の俺に言ってるんですか…〉
〈あ…そりゃそうか。いやなにどうもオメエは見た目の歳に見えねーからな クックック〉
(……………………………)
ユウジはアネリアを抱き抱える。
三人になった冒険者はゲダの傷の治療を定期的にしながら町に戻る為、ユウジ達と一緒に行くことは と言うより元々彼等とユウジ達では町へ辿り着くのにかかる時間が違う。
「アネリア様、お気を付けて」
「ええ、ありがとう」
(さて、町へ向かうか。今更力を隠す必要ないから限界までスピードを出してみるか…)
「アネリア、この街道に沿って行けば町に着くんだよな?」
「はい。別れ道も崖のような危険な場所もこの先には有りません」
ユウジは肯きゆっくりと走り出し、徐々にスピードを上げて行く。
アネリアには風圧対策として、顔を隠すように布を被って貰っていた。
前傾姿勢になって駆け抜けるユウジのスピードは、この世界で陸上を走るどんな動物より早かった。
アネリアは経験した事がないスピードに身体を強張らせ、ユウジの胸に顔を埋める事しか出来なかったのだ。
「馬鹿者共が!誰がモーズラントの長女を攫ってこいと言ったのだ!!」
「も、申し訳ありません!…し、しかし馬車の中にはあの女とモーズラントの他には誰も…」
罵声を発する小太りの男の前で男達はひたすら平伏していた。
「…うーむ…だとすれば草の情報に誤りがあったのか…何らかの事情でアネリア嬢の出席が見合わされた…」
暫く考え込んでいた男が溜息をつく。
「仕方無い…今回の作戦は失敗した。次の司令があるまで通常任務に戻れ」
「…はい…あの、攫ってきた女性はどうしましょう…」
「殺せ」
「…わかりました………」
小太りの男はさっさとドアを開け去っていった。
「……………………………」
「……どうするんですか団長…」
「……………………………」
団長と呼ばれた男は迷っていた。
命令とは言え罪もない少女を…守るべき民草の命を奪って良いものか…と。
我等は騎士。
様々な柵が騎士にはある。しかし、剣を振るう時は対等の敵、若しくは王国に仇なす者であり、それは間違いなく何の罪も無い少女にでは無いはずだ。
「ソルバンス」
「は」
「あの少女を他国へ逃がすと言う事は出来ないものだろうか?」
「…出来ないことは無いでしょうが…もし失敗すれば…」
「……そうだな…私一人の責任ですまぬか……」
王国騎士団の一角を担う青銅騎士団長になった俺が、無辜の少女の命を奪わねばならぬ理不尽さに"青狼の騎士"と呼ばれた男は只々項垂れる事しかできなかったのである。
(町だ!)
ほぼ直線の街道の先に町が見えてきた。
「アネリア。町が見えて来たよ」
ユウジの声にアネリアは首を前方に向けた。
「はい。あれがサージュの町です…………あのユウジ様、もう少し近付いたら降ろして貰いたいと…」
「?…何でですか?」
「その…なんと言うか恥ずかしいので…」
「あー…でも多分もう遅いかと…多分見張り台の人はもうこちらを認識してますよ?」
「…………そうですか…」
どうやら諦めたのか力一杯ユウジにしがみついてきた。
「……なぁブラン…あれ何だと思う?」
声をかけられた男は肩を竦める。
「俺の目がおかしくなけりゃ子供を抱いた子供が、馬鹿げたスピードで走って来たって感じかな?」
「ああ、俺にもそう見えるんだが、おかしくねえかあのスピード…」
「いや、だから馬鹿げたスピードって……おいあの抱きかかえられてるのはモーズラント商会のアネリア様じゃねーか?」
ブランの言葉に少し目を細め確認する。
「確かにアネリア様だな…いや、しかしおかしいな。確かトーンへルブの商会の会合に出るって、昨日護衛の冒険者を連れて出たはずなんだが…」
「……まぁ確かにそうだが、問題は…あれ人間か?」
「馬より多分早いよな…人間に見えるが…一応警戒しとくか…」
「わかった。俺は隊長に知らせてくる」
「頼む」
ブランが見張り台の階段を駆け降りていく音を聞きながら門番に声をかける。
「アベル!門を閉めろ!」
「了解しました!」
数名の門番がサージュの門を閉じ、閂をかけた。
城郭都市を囲む壁に立つ歩哨が集まって来る。
「ロラン、敵か?」
「うーん…わからん…あれなんだが…」
あやふやな同僚の言葉に眉を顰めた歩哨達が街道を土煙を上げながら近付く何かを見て誰もが沈黙する。
「何だあれ?」
「だからわからんと言っただろ?」
「…………確かに」
(この辺りかな…確か致命傷になる矢の飛距離って九十メートル位だったか?)
ユウジはスピードを落し早歩き程のスピード迄落とした。
(話の分かるやつなら良いんだが…)
「ユウジ様。門の近く迄行ったら私が話を通します」
「うん、そうだな。俺じゃ無理だろうからね」
サージュの門の二十メートル前迄来てアネリアを地面に下ろす。
アネリアは身仕度を軽く済ませ、数歩前に出た。
「モーズラント商会の二女アネリアです。急用の為、後ろに立つユウジ様のお力を借り戻りました。開門をお願いします」
「アネリア様。少しばかりお待ち下さい…少し此方側に混乱がありまして、今隊長を呼びに行っております」
申し訳無さそうに言う若い兵士にアネリアは頷く。
「わかりました」
(あーこりゃ間違いなく俺が警戒されてるんだろうな…)
もう少しスピードを落としとけば良かったと後悔する俺だった。




