第8話 人を探そう その2
苦労して俺達にとって大きな獲物を手に入れてから数日が過ぎた。
食べきれなかった肉などを干してみたが、上手い事いかずに腐らせてしまった。
そいつを食べて嘔吐と下痢で死にそうになったのも、今では良い思い出だ。
さあて、今日も頑張って人を探そうか!
第8話 人を探そう その2
日本で教師をしていた健一。
人に出会うという目標をたててから数十日が過ぎ、今日も狼のような獣の相棒ミキと共に森を彷徨っていた。
苦労して狩りで大物を仕留めた事もあった。
食べきれない程の肉。
冷蔵庫など無いが、干しとけば保存食になるだろうと安直に考えて、腐らせた肉。
ミキは匂いでヤバいと思ったのか口をつけなかったその肉を、食べて嘔吐と下痢で死にかけた健一。
そんな微笑ましいエピソードを挟みながら過ぎていく日々。
そして今日も朝が来て、健一とミキは行動を開始する。
人を求めて、今日も森を歩く……
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「なあ、ミキ。
ホントに人間なんているのかねぇ?
結構な日数歩いてるけど、全然だ。
人っ子一人見ないんですけど? どうなってんの?
もう、心が折れそうなんですけど。 ……てか、もう少し折れてるけど」
棒の先端を尖られただけの簡易的な槍を杖代わりに、森を進む健一が後ろからついてきているミキに言いながら奥へ奥へと進んでいた。
拠点の河原を強制放棄してからどれくらいの期間が過ぎただろうか。
ひと月近く?
相棒のミキも子犬サイズだった体が大型犬クラスにまで成長しているのだから、もう少し日数的には過ぎているのかもしれない。
何にせよ、文句を言いつつも目標に向かって健一は進んでいたのだ。
狩りで手に入れた毛皮を、ボロボロの上着の上から装備中の健一。
ちなみに、道具の無い、持たざる者、もしくは強制ミニマリスト健一。
そんな健一が着用している毛皮、それは彼が獣の革を噛んで鞣したものである。
革の鞣しの専門家では無い素人同然の健一の作業なので、不格好であり不十分な箇所も散見出来る毛皮のコート? コートかオーブ? 何かよく分からないが羽織っているマントでもない何か。
まあ、誰に見せる訳でも、販売する訳でも無いのだから、健一は気に等していない様子である。
一方のミキであるが、健一が弱音を吐くなど日常茶飯事なので気に留める事無く無視して健一の後をついてきていた。
「日本で日常生活しててさ、いきなりこんな場所にくるなんて中々無い事だと思うんだよね。
いや、無いだろ、普通に。
その無い事を体験している俺って、物語だったら主人公ポジションだよね?
いや、そうだろ、普通に。
だったら、あるだろ?
イベント的な何かが!
……それがなんだ。
何日も、何日も、何日も何日も何日も歩かせやがって!
こんなの誰が楽しめるんですかって話ですよ!
主人公が存在するだけで、何かあるだろ、普通に。
いや、ミキって仲間が増えたのは良かった。
うん、良かったんだけど、違うんだよ。
もっと、こう、会話したいじゃん。
文化的な生活したいじゃん。
ふかふかのベットで眠りたいじゃん。
おいしい物食べたいじゃん。
女の子とふれあいたいじゃん。
温泉に行きたいじゃん。
居酒屋に行きたいじゃん。
煙草もガンガン吸いたいじゃん。
コーヒー飲みたいじゃん。
寿司や刺身が食べたい。
ラーメン。
かつ丼。
天丼。
うどん、そばも良いなぁ。
あっ! ウナギ!
中国産のでも俺は大満足できるからな!
スーパーで買ってきたのをフライパンで温めてタレを入れる一手間を加えるだけで、レンジでただチンするより数倍旨くなるからね!
うん!
……何を言ってんだ俺は。 まあ、そのうち人に出会えるよね。 間違いない。
だって、俺は主人公だもの。
そうさ、誰もが自分の人生の主人公さ!
んな事は、どうだっていいが、あまり深く考えないようにしよう。
そうだな、うん。
なんか、精神的に病んできてる気がするし。
気楽にいこう。 気楽に。
案外さ、その辺でばったり的な感じで、人に――」
ブツブツ言ってた健一がふと顔をあげた次の瞬間立ち止まった。
壊れたわけでは無い。
何故なら、健一が顔をあげたその視線の先に……
「う、嘘だろ……
ひっ、ひっ、ひっ、人だぁーー!!」
そう、健一達から少し距離があるが、そこに数名の人物がいた。
茶色や金色の髪に薄汚れたシャツ、ベストをつけた古めかしい恰好の数名の男性。
この世界にやってきて初めて目撃した人間達。
距離がある為か、健一達にまだ気づいていない彼等。
健一は焦った。
遠くにいる彼等が、このまま自分達に気づかないで行ってしまうのではないかと!
焦る健一は無意識に走り出す。
だが、あまりに焦っているため、もつれる足、転びそうになる体。
それでも、懸命に走りだす健一。
「ぅううおおおおぉぉぉーーーいぃぃぃぃ!!!!」
僕はここだよ、行かないでと言わんばかりに叫ぶ健一!
現地民の中で声に気づいた人物が振り返る。
「気づいたみたい! こっちみてくれた!!」
健一のテンションが上がる。
健一は走るスピードを上げる。
肺が、心臓が、筋肉が悲鳴をあげようとも構わない。
いや、気づかない。
何故なら、不安と恐怖の日々にいた自分が人間に出会えたのだから。
健一の全神経は、明らかに動揺している現地民の彼等に注がれてたのだ!
やったね、健一! 君の目的、人に会うってのも、もうすぐだ!
だが……
「ぅううおおおおぉぉぉーーーい
今、こっち見ただろう?!
ち、ちょっと! 待て! 待ってって! 行かないでぇぇーー!!」
現地民達が慌てた様子で逃げ出したのだ。
ボロボロの衣服の上に、みすぼらしい毛皮を羽織った姿。 髪はボサボサ、無精髭が伸び放題。
そんな薄汚れた何かが奇声を発し向かってきたのだから、彼等にとって向かってくる健一は、恐怖でしかなかったのかもしれない、逃げるのも仕方がなかった。
泣きそうになりながら健一は走った。
だが、悲しいかな健一は、満身創痍の体。
方や栄養価の高い物を口にしているのか解らないが、ちゃんと食べているであろう現地の人間達。
健一の視界の中、みるみる小さくなっていく現地民。
それでもなお走る健一だったが、足がもつれ豪快に転んだ。
体を地面に打ち付けながら転がる健一。
這いつくばった姿勢。
顔をあげると、もう現地の皆さんの姿は何処にもなかった。
「ううううぅぅ……
なんでだよぉぉぉお!!
助けてくれたっていいじゃねぇか!
俺が何したってんだ、あんまりじゃねぇか!」
地面を叩き、叫ぶ健一。
口惜しさと怒りと悲しみがあふれ出した。
涙が出た。
頑張って保ってきたものが切れそうになった。
ペロペロ……
嗚咽を漏らす健一の顔を一生懸命にミキは舐めた。
仲間が悲しんでいるのを、どうにかしてあげたかったのだ。
「……ミキ?」
自分を一生懸命舐めてくるミキを見上げる健一。
ペロペロ……
自分の事を慰めてくれている事くらいは、健一でも理解出来た。
ペロペロ……
自分は孤独では無いと、認識出来た。
ペロペロ……
一つくらいの失敗がなんだと思えた。
ペロペロ……
ここにきてから、毎日が失敗の連続じゃないか、それが一つ増えただけだと思えた。
ペロペロ……
失敗したら、もう一度挑戦すれば良いだけだと思い出した。
ペロペロ……
そうだ、自分には、こんな最高の仲間がそばにいてくれるんだと再認識した!
ペロペロ……
ペロペロ……
ペロペロ……
ペロペロ……
ペロペロ……
ペロペロ……
「ミキ、ありがとう!
もう大丈夫だから。
うん。
だから。
うん、ありが、うん、だから…… ええい!
べちゃべちゃで気持ち悪いから、もう舐めるな!」
べっちゃべちゃになった顔を拭いながら立ち上がった健一。
もうそこには、落ち込んでいた健一などいなかった。
悲しむ暇があるなら行動しなければいけないと、ここでの環境に叩きこまれた男が居るだけだ。
「さてと……
人間が居る事が解ったのは、収穫だな。
ミキ、あいつ等の荷物って籠くらいのもんだったろ?
大方、山菜か何かの収穫しに来たんだろうな」
「ウォン?」
「フフフ、キョトンとしやがって。
つまりだな、あんな軽装で来てるって事は、集落が近いってこったよ」
ドヤ顔で言った、よっぽど軽装で森を何日もうろついていた男。
「ワォ!」
ミキは健一に一吠えすると駆け出す。
そして、現地民達がいたあたりをクンクンと嗅ぎだした。
「……何やってんだ?」
ミキの行動を不審がる健一は、立ち上がるとゆっくりミキの方へと歩き出す。
「ワォワォ! ワォワォ!」
顔をあげたミキは、健一に向って何度も吠えた。
「なんだ? うるさいぞ。
そんなに吠えると腹が減るから、落ち着いた方がいいよ」
呆れる健一だったが、ミキは走ってくると健一が羽織っている毛皮を噛んで引っ張り始めた。
「何?! 何なの?
毛皮が欲しいのか?
ん? 違う?
何なの?!
……え? もしかして……」
ミキの意図に気づいた健一。
「ワォ!」
ようやく気づいてくれた鈍い健一に吠えると、ミキは走り出した。
「よっしゃ、流石だぜ相棒!
犬か狼か解らないが、やっぱ鼻がきくんだろう。
ようし! 逃げたあいつ等を追うんだなミキ!
そこに、集落はある! 絶対にあるよな!」
ミキの後を追って走り出す健一。
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名もなき集落――
「村長! 森に魔物が出ただよ!」
「いきなり、変な声をあげて襲い掛かってきただ!」
「怖かっただ!」
「ファングの子供がいたように見えただ!」
森で健一が目撃した男達が、自分達の集落に戻ると急いで村長へ恐怖の体験を報告しにいった。
「これ、これ。
落ち着きなさい。 森に何かが居たってのは伝わったのじゃが……
だが、ファングがこんな集落の近くに現れる訳が無かろう。
大方、狼か何かの見間違いじゃろうて」
頭頂部が禿げ上がり、再度に残る毛や口ひげが白い村長が報告しにきた男達に落ち着いた様子で答えた。
「村長! あの白い体と赤い目は、魔獣ファングに間違いないだよ!
「そうだ、オラもごの目で見ただ!」
「オラも!」
危機感の無い村長に男達は、慌てて見間違いではなかった事を伝えると、村長の表情が変わった。
「なに?! みんな見たのか?
ぐむむ……
あの死の王と言われる魔獣ファングが村の近くにじゃと……
何年も森の奥地から出てこなかった、あの魔獣が……」
頭を抱える村長。
「村長! しかも、正体不明の魔物もだよ!」
「ああぁっ!」
更に頭を抱える村長。
「でも、ファングはまだ小さかったし、謎の魔物も一匹だけだっただ!」
「……え?」
男の言葉に顔をあげる村長。
「皆の者、よく聞くのじゃ!
ワシは領主様に魔物の件を報告して、兵士を送ってもらおうと思う!」
「その前に、魔物が村に来たらどうするんだ村長!」
「うむ。
幸い、ファングも子供らしいし、謎の魔物も一匹いるだけのようじゃから……。
しばらくの間、森に入らないように皆に伝えるのじゃ!
そして、もしこの村に魔物が来るような事があれば村人一丸となって、時間を稼ぐのじゃ!
そうじゃな、しばらくの間、見張りを置いて魔物の襲撃に備える準備を始めるのじゃ!
そうと決まったら、ワシ自らが領主様の元へと……」
「いや、村長! 一刻も早く報告すべきだろうから、ここは、足の速いオラが!」
「お前より、オラの方が速いだよ!」
「村長! オラのおっ母は足が悪いから、おっ母を連れてオラが行きたいだ!」
「ふざけんなよ、みんな死にたくないのに!」
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使命感に燃える為か、魔物の襲撃を恐れてなのか微妙だが、兎に角、誰が領主に報告する為に村を出るかで多少紛糾したのだが、誰が領主の元へ行くかや、見張りの件、迎撃の件が決まった。
だが、時間がかかった。
おかげさまで、決まった事の準備が始まる前のこの時、村の入り口に、健一とミキが到着したのだった。
文明だ。
やっと出会えた人工的な建造物。
ミキのおかげで集落に到着出来た。
辛い森の生活ともお別れか…… 今となると、ちょっと寂しいかな。 フフフ。