第21話 魔法使い その1
とうとう魔法をこの目に出来るのか。
少年の心を持つ俺は、それはそれは楽しみで中々寝つく事が出来ないでいた。
当然だよな、魔法を生で見れるんだもん。
当然美少女だろうしね!
あまりに楽しみであった為に昨晩は、中々寝つけなかった健一だが、それは仕方が無いと言える。
生まれて初めての経験を前に、興奮するなと言う方が無茶な事なのだから。
この世界に来ることがなければ一生見る事が出来なかったであろう、魔法。
それを肉眼で拝めるのである。
健一が期待と興奮を抑えきれないのは当然の事と言えた。
「ようし! ミキ、アリサを起こしに行こうぜ!」
朝早く目覚めた健一は、寝ているミキを起こした。
「ワオン?」
眠たげにしているミキを強引に連れ出した健一は、夜が明けきっていない薄暗い中、部屋を飛び出した。
一刻も早く魔法が見たい! その一心でアリサを呼びに行こうというのだ。
別に早くアリサを起こしたからと言って早く観れられる訳でもないのだが、今の健一には関係がなかった。
・
・
・
領主屋敷のある敷地の一角にある女性メイド達の宿舎――
到着早々何も考えず宿舎の中に入っていく健一とミキ。
薄暗い建物の中を堂々と歩く健一、その後ろにミキがついていく。
「……ところで、アリサの部屋ってどこなんだ?」
暫く建物の中を進んだ健一が今更ながらに思った。
「女性専用の建物の中に普通に入ってきたけど、これって不味いんじゃないのか?」
立ち止まった健一が左右を見渡す。
「……ここって、女の人だけの建物だよな?
この姿を見られたら痴漢的な誤解を受けるんじゃないの?
いや、不味いだろう、これって!」
流石の健一も急激に不安になり変な汗がでて、目が泳ぐ。
「ミキ、一旦建物の外に出よう。
なんだかここにいては、非常に危険な気がする」
「ワァウ?」
不安そうな顔をしている健一を不思議な顔をしてミキが見ている。
「わぁう、じゃないよ、早くいくぞ!」
焦っているのに呑気な声を出したミキに注意しつつ、一刻も早くこの場から離れたい健一は、目の前の開いたドアを避けてさっさと建物を出る事にした。
「ああ、すいません」
ドアの前の女性に声をかけて横を通り過ぎようとす
「……」
健一を見て引きつった表情の女性。
「……」
女性に気づいて動きが止まり変な汗が出ている健一。
「きゃぁあああっっぅぐっ!!!」
「違うんです! 違うんです! 誤解です、誤解!」
「うぐ、うぐぐ!!」
「あ、暴れないでくださいよ!
もうっ! ……こんなトコみられたら、完全に痴漢と思われちゃうよ」
叫び声を上げかけた女性の口を手で押さえると健一は、辺りを見渡す。
「ミキ、早く!」
女性が出てきた部屋に入った健一は、呼び込んだミキが入るとドアを閉めた。
「ふう、やばかったな。
ひとまずこれで一安心――」
ドアにもたれかかり、廊下が気になりつつ部屋の中に視線を移した健一。
目の前、アリサが着替えの真っ最中だった。
「……何してるの? メリッサに抱き着いて」
「……」
冷たく言われた健一は羽交い締めにしていた女性を解放する。
そして無言で出て行こうとした…… が、
「部屋の外で待ってなさいよね」
背中にアリサの抑揚のない低い声が聞こえた。
大人しく廊下でアリサの着替えが終わるのを待つ事にした健一。
そして、着替えを終えたアリサから、女子用の建物に侵入した件や自分の着替えを覗いた件、メリッサに抱き着いた件等を怒られ注意され説教される健一。
その場所は、朝、仕事に向かう時に通る廊下。
なので、いい大人なのに、若い子達の前で叱られ拳骨を食らう姿を晒す事になった健一。
メリッサに汚物を見るような視線を受ける健一。
流石にテンションが下がった健一。
「常識の無い行動をして申し訳ございませんでした」
説教が終わり、泣きそうな健一は建物の外でミキに慰められた。
・
・
・
領主の館の一室――
昨日、カッサルの授業があった同じ場所に健一、ミキ、アレスがいる。
「健一先生、今日は何だか元気が無いですね?」
アレスが声をかけられたテンションの低い健一。
「朝、ちょっとした誤解から…… いや、俺の事なんかどうでもいいんだよ。
それよりも今日は、魔法使いが来るんだろう?
ん? どうなの?」
「え? あ、はい、ベルリア先生が来る日ですけど」
さっきまで落ち込んでいたのに、急にテンションが何時もと同じになった健一をみて、感情の起伏の激しい人だなとアレスは思った。
「ワォンワォ!」
「おう、ミキ、お前もやる気まんまんだな!
楽しみだもんな!
そうそう、くれぐれもベルリアちゃん、おっと、ベルリア先生に吠えたり失礼な事の無いようにな!」
嬉しそうに鼻の下を伸ばす健一を見て、ああ、この人は、ベルリア先生の事を同僚ではなく女とみているんだなとアレスは思った。
「あれ? そういえば、今日はメイドが一緒じゃないんですね?」
健一の指導員兼世話係のアリサがいない事に気づいたアレス。
見ると、健一が凄く嫌そうな顔をしている。
「ああ、あの陰険でネチネチとしたあの女なら、今日は別行動だ。
ちょっと朝、着替え覗いたくらいで怒りやがって。
しかも皆の前で長々と説教しやがって…… ダモンと一緒だな。
あれか、この辺りの人間は説教が長いし、しつこい性格なんだろうな」
「いや、着替え覗いたって、朝から何してるんですか健一先生」
呆れて思わず即答したアレス。
後、さらっと言ってたけど「ダモン」「しつこい」って、それ俺のお父さんですからとアレスは思った。
「覗いたって、わざとじゃないんだよ、わざとじゃ!」
8歳の子供の言葉に顔を真っ赤にして反論しようとした健一。
その時、寝そべっていたミキが頭を上げる。
ガチャッ
部屋のドアが開き、大きなつばの付いた三角帽子を被った小柄な女性が部屋に入る。
「あ、」
気づいたアレスが立ち上がる。
「おいっ! 聞いてるのか? だから俺は!」
無視されたと思った健一が顔を真っ赤にアレスに言った。
「あ、はい、あの、でも先生が」
袖を引っ張る健一にアレスが答える。
そして歩いてくるベルリアを見てから健一を見る、そしてベルリアを見て、ベルリア先生が来ている事を健一に知らせようとした。
だが、アレスの相手は健一である。
8歳の子供に気を使わせるような大人の健一なので、全然気づかず、興奮して解読不能の言葉でわめいていた。
よっぽど、覗きをしたと思われたのが腹がたったのだろう。
覗いたことには間違いないのに。
「騒がしいな。
アレス、こいつは?」
困っているアレスの前にきたベルリアが声をかけた。
「何だと?!」
こいつという言葉に反応した健一がベルリアを見る!
すると朝のメリッサにされた汚物を見るような視線で見られている事に気づく健一。
だがそこは健一なので、一方的に仕切り直して笑顔になる。
数秒前に汚物を見るような目をされていたのに、無かった事になると思うなど、どうかしているのだろう。
ガタッ
「思ったよりアレですけど、大事なのは魔法ですからね。
初めまして、健一です。
私も、アレス様の教師として雇われた同僚ですので、お互い協力していきましょう」
立ち上がり礼をする健一。
思ったより可愛くないなと思ったが、失礼が無いように健一は濁した。
期待しすぎてハードルを上げすぎたかな? これならアリサの方が可愛いな、などと失礼極まりない事を考える健一だった。
「思ったよりアレってなんだ?」
笑顔の無いベルリアが健一に詰め寄る。
健一は、せっかく気を使ったのに困った人だなと何故か被害者意識でいた。
実際、ベルリアは不細工ではない。
そばかすがあって赤毛で可愛らしい感じの女性である。
健一が勝手に妄想して一方的にハードルを上げた結果、あんな事を言ったのだ。
「まあ、まあ、大人げないですよ。
子供の前ですから落ち着いて」
健一がベルリアを落ち着かせようと言ったが、アレスとベルリアは、さっき子供相手に顔を真っ赤にしてたお前が言うか?! そんな目で健一をみた。
二人が呆れているのに気づいていない健一は着席した。
挨拶も済んだし、早く魔法がみたいなくらいのものだった。
「おい、アレス、大丈夫か?
お前じゃないぞ、ダモン様だ。
アレをよく採用したな」
「ま、まあ、健一先生も良いところがありますから」
アレスは、健一にもどこか良いとこがあるだろうと希望的観測で、いや、これ以上めんどうな事に巻き込まれたくない一心で答えると自分も着席した。
ベルリアは健一を睨みながらブツブツと呟きながら教壇に立つ。
「では、今日は」
「おい、魔法みせてくれよ」
イラッ!
ベルリアが健一を睨む。
喋り始めたら食い気味に健一が言ったからだ。
睨まれて怯む健一。
静かになったのでベルリアがアレスの方をみて話始める。
「おっかねぇな。
睨まなくてもいいじゃねぇか、なぁ?」
コソコソと言ってくる健一が、うっとおしいのでアレスは無視した。
アレスから返事の無いので健一は「なんだよ」と悪態をついて、魔法が始まるまでミキとじゃれている事にした。
モフモフで可愛いんだもん!的にミキを撫で始める健一。
ベルリアとアレスは、授業中にもかかわらず健一がミキとじゃれている事に勿論気づいている。 だが、その方が授業の邪魔にならないので触れないでいる事にした。
・
・
・
マナがどうとか魔素がどうなどと健一が理解出来ない用語が出てくる授業が進む。
そして、いよいよ、その時がきた!
「それでは、実践だ。
まずは、私が見本を見せるからアレス、よく見ておけ」
ベルリアの言葉にミキとじゃれていた健一が鋭く反応する!
サッとミキから離れるとアレスの隣に素早く着席した。
「いよいよって訳だな、ラブコメのヒロインみたいにじらしやがって」
健一はゴクリと唾を飲みこみベルリアに注視するのであった。
じらしやがって。
さっさと魔法見せてくれたらいいのに。
そうだ、俺も魔法を使えるように指導してもらっちゃおうかな?




