第17話 漢と漢の勝負
何か戦う事になったようだが…… いや、戦う必要ないだろ!
家庭教師の初日、何故か知らない人と勝負する事になった健一。
やる気満々の対戦相手を前に戸惑うばかりであった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!
意味が解らないんですけど!」
雇い主である領主のダモンに訴えるが、ん? 何が? 的にキョトンとされた健一。
全くもって役ただず! と憤慨する健一だが、対戦相手はお構いなしに戦いの構えをとる。
「構えるな! 待ってって!!
おい、アリサからもちょっと言っ…… おいっ!」
慌てる健一がアリサに助けを求めようと顔を向けると、まだスカートの中を覗かせまいと必死になってアレスを抑えようと頑張っている姿が見えた。
こっちが死ぬかも知れないのにお前ら…… と、流石の健一も呆れた表情になる。
「すいません、ダモン様。
あ、あと、ネッガルスさん、ちょっと待っててください。
ちょっとだけですから、はい、待っててくださいよ」
ダモンとネッガルスに断りを入れた健一は、アリサの元へと歩きだす。
スパーーン!
健一は、エロガキの頭を一発叩いた。
「いい加減にしろ!」
叩かれフラフラになったアレスの首根っこを掴んでダモンとネッガルスの元へと戻る健一。
「すいません、お待たせしました。
それでですね」
片手で持ったアレスを引きづってきた健一がダモンに話しかける。
その時、ダモンの横にいたネッガルスが割って入った。
「フフッ、アレス様から手を放しなさい!
不敬ですよ。
それとも…… アレス様と仲が良いってアピールですか?
汚い人だ、そうまでしてダモン様に気に入られたいのですか!」
「……」
ネッガルスがイラついているのが伝わったが、前の行動を目撃しておいてその感想ですか? 話にならないと無視する事を決めた健一。
そんな事より、このアレスの事で、父親に言わなければならないと思った健一。
「ダモン様、こんな事してるより、この子の躾の事でお話があります!
アレス様の躾をもう少し考えた方がいいですよ、マジで。
人の目をフォークで突こうとしたり、女性のスカートを剝ぎ取ろうとしたりって、普通に人としてダメでしょう?!」
アレスの首根っこを掴んでダモンに突き出して渡した健一。
ぐったりしているアレスを渡されたダモンは、健一に頷くとアレスを見た。
「うむ、英雄色を好む!」
「いや何言ってんだお前」
ダモンの答えに思わず即答した健一。
「……」
「……」
目が合う健一とダモン。
真顔のダモンと変な汗がでている健一。
「……健一、今、私にお前と言わなかっ」
「ネッガルス! 何をもって勝負となす!」
ヤバいと思った健一はダモンの言葉にかぶせて言った。
下手したら手打ちにされると思って話題を変えたのだ!
「いや、その前に、さっき私にお前とい」
「ちょっと、健一! あんたが勝てる訳ないでしょ!
ネッガルスさんは、この領地最強の戦士なのよ!」
ダモンが背中を向けた健一に話しかけたようだが、かき消すように大きな声でアリサが叫んだ。
意図しないところで健一を助ける事になったアリサ。
二回も話の腰を折られたダモンは、もう黙った。
「アリサ……」
アリサの叫び声に健一は、アリサの方をみた。
何時もキツい言い方してくる女だが、俺の事をそんなに心配してくれるなんてと少し感激する健一。
暴力が嫌いだし、最初からこの勝負に乗る気じゃなかったし、アリサが止めたって感じで勝負云々を無かった事に出来ないものかと考える健一。
だが……
「アリサよさぬか! コレは漢と漢の勝負なのだ、外野が口を挟むものではない!」
アレスを抱いたダモンがキリっとしてアリサに言った。
当然健一は、余計な事を言うな! そう思った。
ダモンに注意されたアリサは、領主の迫力に思わずビクッとした。
そのまま黙って頷くとダモンの方へと歩き出すアリサ。
ダモンの方も、二人の戦いの邪魔にならないように歩き出す。
領主として、漢として、二人の漢の勝負をじっくり見届けるべく距離を獲るのだ。
そうして二人の漢から距離を置き並び立つダモンとアリサ。
健一とネッガルスの二人を見つめアレスを抱くダモンが腰を降ろす。
「さあ、二人の漢の、ん?」
柔らかい感触の後、冷たくなった尻。
ダモンは腰を上げ濡れたそこを手でなぞる。
「……」
見た。
バッ!!
すかさず立ち上がるダモン!
「誰だよ、こんなとこにウンコした奴!」
ズボンにウンコをベッタリつけたダモンが泣きそうな声を上げる。
余談であるが、コレはミキのウンコである。
詳しくは前回第16話を参照していただきたい。
そして、小さい時のミキのウンコは小さかったが、現在もまだまだ子供だが、大型犬サイズになった今のミキのウンコはそれなりの質量があるのだ。
「くっさ!」
ダモンに抱かれているアレスが起きた。
「おお、アレス気が付いたか!」
「ちょちょちょちょ!」
手にべっちょり着いた状態でアレスの頬に触れそうなダモン。
その手で?! 目を見開きアレスは堪らず叫ぶ!
その声に驚いてダモンがアレスから手を放してしまう。
だが、上手くウンコの上に着地したアレスは凄く微妙な顔をしているが、ケガをせずにすんだ。
息子がケガしなくて良かったとホッとしたダモンがふと横を見る……
「おい、なんでそんなに離れているんだ?」
こめかみに青筋を浮かべるダモンが微妙に距離をとるアリサにきいた。
「い、いえ……」
顔を背け、鼻のあたりに手をやって答えたアリサ。
「ん? なぜ手をそんな場所に?
どうしたのかな? ん?」
青筋の数が増えたダモンがアリサに聞いた。
「申し訳ございません! 自室にて反省いたします!」
「あっ! アリサ――!!」
謝り駆け出し逃げたアリサに向ってダモンは叫んだ。
「あいつ等、何やってんだ?」
「さあ勝負だ、健一!」
「いや、この状態で?!」
ダモン達が何か揉めているのを眺めていた健一。
すっかりやる気がなくなっていた健一。
そんな健一に勝負を挑んできたネッガルス。
温度差が…… いや、そんな事を気にしない脳筋野郎のネッガルスは、大剣を構える。
ダモン達に何があったのか気になるが、命の方が数万倍大切なので、ネッガルスとちゃんと対峙する事にした健一。
「待てよ、ネッガルス。
お前は何をしているんだ?」
掌を突き出した状態の健一が言った。
「知れた事……、いざ勝負!」
「誰が!」
ネッガルスの声にかぶせる様な大声で健一が言った。
「勝負する事は承知した。
だが、勝負の内容までは決めてないよな!」
「そんなもの、剣に決まってい」
「そちらの要求の勝負を受け入れたのに、内容もそちらの要求ですか!
それは、あんまりだなあ!
勝負する事を要求されて俺が了解しました。
ねっ!」
「?」
「ねっ!」
ピンときていないネッガルスにイラっとしたが健一は繰り返しで確認する。
「あ、ああ、そうだな」
「でしょう!
そちらの要求をこちらは受けました。
なら、次は、こちらの要求を呑む番じゃないですか?
それが礼儀ってものじゃないですか?
いや、当たり前の事ですよ!
そんな常識が無い人と信頼関係なんて結べませんよ!
まして、勝負だなんて成立しませんよ!」
確定後、考える暇を与えぬようにまくしたてる健一。
「いや、勝負してもらわないと困るよ」
「ですよね!
僕も、勝負したいですよ。
ですから、次は僕が要求しないと辻褄合わないですもんね!」
「そうなのか?」
「では、そうですね、勝負は…… 公平に、暗算で良いでしょう」
うやむやの内に勝負の内容を暗算対決に決めた健一。
・
・
・
「356+523は?」
「……」
ネッガルスが地面に文字を書いたり、指を折ったりしている……
「はい、時間切れ。
答えは879です」
「く、クソっ!
では、1036+78+1123を答えてみ」
「2237」
「即答!」
「1036+78+1123の答えが2237で合っていますか?」
健一の質問にネッガルスが唸り声をあげる。
「……私の、負けだ」
がっくりと肩を落とすネッガルス。
そんなネッガルスに触れる健一。
「違うぞ。
なあ、ネッガルス、勝ち負けなんて無いだろう?
俺とお前は、ともにアレス様を教え導く、仲間じゃないか。
お前が武を俺が知を担当する、それで良いだろネッガルス」
「健一……」
健一を見上げるネッガルス。
そんなネッガルスに優しい笑みを浮かべる健一。
「さん、つけようか?
一応、俺年上だしさ。
親しい中にも礼儀って必要だよね?」
ニコニコと笑顔でネッガルスに言った健一。
勝負に完膚なきまで負けたネッガルスに反論する力など残ってはいなかった。
ちなみに、もちろんダモン達もとっくに中庭に残ってはいなかった。
着替えの為に屋敷に戻っている。
そりゃそうだ。 ウンコが着いた衣服を着用したままでいたくないからだ!
こうして、アレスの教師にどちらが相応しいかと言う何の生産性も無い虚しい戦いは、肝心のアレスが不在のまま終わった。
高度な数学を駆使し俺は勝った。
日本の教員の中にも俺のような優秀な人間がいる事を異世界の人間に証明できたな。




