家事代行を頼もうとしている俺にクラスの女子が押し売りしてきた
「難しい顔してどーしたの、とあっち」
昼休み、スマホとにらめっこしていた俺にクラスメイトの水瀬さんが声をかけてきた。
水瀬さんは校内にある自販機で買ったであろう紙パックのフルーツ牛乳を飲みながら不思議そうにしている。
一人で悩んでいても決心つきそうになくて俺は彼女に相談してみることにした。
「実は、家事代行サービスを頼もうか悩んでるんだ」
高校入学のタイミングで父さんの他県への長期出張が決まり、一人では心配だと母さんも一緒に行くことになった。
普通、息子の方が心配にならないかとも思ったが二人は今もラブラブなので離れたくなかったのだろう。愛には何も勝てないさ。
別の高校を受験する気にならなかった俺は将来の練習もかねて残ることにしたのだ。
「なに頼むつもりなの?」
「掃除。前までは維持してたんだけど最近時間がなくてほったらかしてたらつい物が散らかっちゃって」
一応、去年までは頑張っていた。
ただ、最近はバイトやら中間考査やらで時間が回らなくて気付いた時には床に物が落ちていたり埃が溜まっていた。
「でも、家事代行サービスなんて初めてだしどんな人が来るかも分からないからさ。それに、お金だってかかるし」
「そっか。それで悩んでるんだ」
「うん。水瀬さんはどうしたらいいと思う?」
水瀬さんはストローでフルーツ牛乳をチューッと吸い込むと大きく目を見開いた。綺麗な水色の瞳が輝いている。
そんな衝撃的な味だ、みたいな反応しなくても……水瀬さん何回も飲んでるでしょ、それ。知ってるんだから。てか、俺の話聞いてた?
「私だってお掃除得意だよ!」
やっぱり、聞いてくれてなかった!
ピースサインしながら得意気な顔の水瀬さんはとても可愛いけど聞きたい内容と違う。
「今は水瀬さんの特技は聞いてないよ。頼むか頼まないかを聞いててね?」
「私なら楽しくお喋りだってするよ!」
「うん、水瀬さんとの会話は楽しいけどね」
「それに、なんと。私はお料理だって得意なのです!」
「うん、一回落ち着いて。会話しよう会話」
なんか、今日の水瀬さん変な気がする。
いや、いつもと変わらない明るくて元気なんだけど。
「てなわけで、次の休みに私がとあっちの家のお掃除手伝ってあげるよ!」
「どこからどうなってそうなったの!?」
展開が早いのと無茶苦茶過ぎてついていけない。まるで、次のページには敵キャラが何もしてないのに倒されてるみたいだ。
「だって、とあっちは不安なんでしょ?」
「う……」
水瀬さんの言う通り。見ず知らずの人を家に入れるのも不安だし、もしおっかない人が来て仕事も満足にしてくれないのにお金を払ったりとかしたくない。
「それなら、私がとあっちのお手伝いすれば万事解決じゃない?」
「それは水瀬さんに悪いよ」
「いいのいいの。私、友達が困ってたらほっとけない性格だから」
そんなことは去年から知ってる。
一年以上、その優しい性格にずっと惹き付けられてるんだから。
「じゃ、そゆことで決まり」
「え、もう決定事項? 挽回は?」
「ありません。次の休みでいい?」
「俺はいい、けど……本当にいいの?」
「もおー、とあっちは気にしすぎ」
ぐえ。口に水瀬さんが飲んでたジュースのストローが。
突然で驚きジュースの味が口に広がる。
やっぱり、ここのフルーツ牛乳は美味しいな……なんて呑気なことを考えていると水瀬さんが顔を寄せてきた。
今度はなに!?
「私に任せて。ね、綺麗にしてあげるから」
反射的に席を立ちそうになるのをグッと堪える。
この子、自分が犯した罪の重さ分かってるんだろうか。耳元で囁くのはダメでしょ……絶対……耳が気持ちよくて気持ち悪い声出しそうになったよ。
「わ、分かった。お願いします」
弱々しい声を聞いて満足したのか離れた水瀬さんはすこぶる笑顔だった。それがまた可愛くて文句も言えずに俺は見とれてしまう。
「じゃ、約束だからね。当日になって、やっぱり悪いからってのはなしだからね!」
どうしてそんなにも手伝おうとしてくれるのか水瀬さんの本意が分からないまま俺は頷いた。
「おーい、水瀬ー」
「はーい。じゃあね、とあっち」
クラスの男子に呼ばれた水瀬さんは手を振り残してから向かっていった。
相変わらず人気者だな、水瀬さんは。
「……あまっ」
返しそびれたフルーツ牛乳はさっきよりも口の中で甘い味がした。
◆
迎えた週末、俺は最寄駅で水瀬さんが来るのを待っていた。
待ち合わせの約束はしてないし、マンションまでの道順は説明してるんだけど家で待ってたら緊張して掃除でもしてしまいそうだったからこうしている。
……だって、よく考えたら同級生の女の子を家に入れるのもヤバイでしょ。見ず知らずの人を入れるよりヤバイよ。主に緊張が。
水瀬さんは明るい性格で誰とでも分け隔てなく仲良くなる女の子。だから、クラスを超えて学年の男女共に人気がある。
おまけに、見た目もかなり可愛いこともあって男子からは友達よりも異性として見られていることが多い。
クラスの男子がクラスで三番目には可愛いよな、とか言っていた。俺からしたら学年で一番目なんだけど。
そんな女の子と家で二人きり。
うう、想像しただけで緊張で手足が震えてくる。
「え、とあっち?」
「はい。そうです」
後ろから声をかけられ背筋が伸びる。
振り返れば声で分かったけど水瀬さんが立っていた。
俺がいると思ってなかったのか驚いて……あれ、なんか、クスクス笑いだしたぞ。
「どうしたの?」
「いや、ビックリしすぎじゃない?」
恥ずかしいところ見られた。
「そ、それより。よく俺だって気付いたね」
「とあっちがいてビックリしたけどとあっちの後ろ姿なら分かるよ。よく見てるし」
「それは、ちょっと怖いかも」
「えー?」
「命を狙われてそうで」
なんて誤魔化したけど、顔が熱くなったのに気付かれずに済んだだろうか。
まったく、この子は……無意識にドキドキさせてくる。
頬を膨らませた水瀬さんが「ひどーい」と言いながら胸をポカポカ叩いてくる度に鼻腔をくすぐる甘い匂い。
……は、ダメだダメだ。意識したら余計に緊張する。
「い、行こっか」
俺は首を横に振り、雑念を消すと水瀬さんと一緒に歩き出した。
「ところで、なんで待っててくれたの?」
「水瀬さんが道忘れてたらいけないと思って」
「ちゃんと部屋番号まで覚えてるよ。502号室の黒咲。ふふん、どう?」
「おー、すごい」
胸を張ってどや顔する水瀬さんを拍手しながら褒める。
そんな楽しい時間を過ごしながら俺が住んでいるマンションに到着した。
「どうぞ」
「おじゃましまーす」
玄関を開けて水瀬さんを中に通す。
「うわー。ひろーい」
「まあ、元は三人で住んでたから。今は荷物も少なくてガランとしてるけどね」
「でも、思ってた以上に片付いてるね」
「どんなゴミ屋敷想像してたの?」
「足場もないような所」
「そこまで汚してたら学校行けないよ」
「そーだね。とあっち、いっつもいい匂いしてるもんね」
「ちょ、匂わないで!?」
犬みたいにクンクンする水瀬さん。
「じゃ、始めますか」
「使えそうな物は用意しといたから」
あくまでも水瀬さんは手伝いだ。任せきりはよくないししない。昨日の夜から、掃除機やごみ袋、市販の除菌シートなどを用意して部屋の隅に置いといた。
「その前に、着替えてもいいかな」
「え、着替え? 用意してないよ」
そこまで考えてなかった。
そっか。せっかく、オシャレしてるんだし汚したくないよな。
「ジャージくらいしか貸せないけどいい?」
「持ってきてるから大丈夫だよ」
大きなリュックになに入れてるんだろうと思ってたけど服とズボンを入れてたのか。
「ん、でも、持ってくるなら最初から着てきたらよかったんじゃ」
「もお、とあっちは分かってないなー女心」
「え?」
「この服、私によく似合ってるって友達から言われるんだよ」
「う、うん。可愛い、と思う」
「……とあっちに見てほしかったんだ」
頬を赤く染めた水瀬さんが呟く。
いつも明るくて元気な彼女のしおらしい姿を見るのは初めてで……とても愛おしく見えてしまう。
「な、なーんて。この部屋、使わせてもらうね!」
「あ、そこは」
「覗いたらダメだからね。とあっちでも怒るからね」
バタン、と逃げるように扉を閉めた水瀬さん。
……俺の部屋で生着替えはやめてほしい。
◆
あれだけ豪語していた通り、水瀬さんの実力は本物だった。
長い紺色の髪をポニーテールにして、うなじが見える度に視線を釘付けにされていた俺にも気付かずに手際よく進めてくれた。
そのおかげで掃除は順調に終わった。
今は水瀬さんがまた得意気な顔になっているところ。褒めてほしそうな気がする。目、めっちゃ輝かせて見てくるし。
「凄いね、水瀬さん」
「ふふん、どうよどうよ。感服した?」
「もう頭が上がらないよ」
少々、大袈裟にだけど褒めると水瀬さんは大きな声で元気よく笑う。
大根役者だったけど嬉しそうだしいっか。
それよりも。
「水瀬さん、お礼は何がいい?」
ちゃんと感謝の気持ちを贈らないと。
水瀬さんになら、ちょっと高額の値段を要求されてもいいし。
「いいよいいよ。お礼なんて」
「いや、これは譲れないよ。じゃないと俺の良心がずたぼろになるから」
「んー、そう言われるとなあ」
「なんでもいいよ、なんでも」
腕を組んで考える水瀬さん。
たぶん、水瀬さんは本当にお礼なんて要らないんだろうからちゃんと考えてるのか分からない。
「じゃあ、とあっちの胃袋頂戴」
「ごめん、やっぱり訂正させて。まだ死にたくないや」
「そうじゃないってばー。とあっち、お腹空かない?」
「ああ、もうお昼は過ぎてるもんね。なにか食べる?」
「うん、食べよう。私が作ってあげる」
てっきり、何か出前でも頼むんだと思ってた俺は水瀬さんの提案に息を呑む。
「それじゃお礼にならないよ」
「私が食べてほしいからとあっちが食べてくれることがお礼でいいよ」
もちろん、水瀬さんの手作りは食べたい。
けど、あまりにも自分に都合が良くてなかなか受け入れづらい。
「とあっちにはテスト前に勉強教えてもらってるしむしろ私がいつものお礼したいんだ」
「毎回、お礼にってジュースとかお菓子くれるじゃん」
「それは、ほんの些細な気持ちだよ。ほら、雨の日にとあっちが傘を貸してくれたこともあったでしょ」
「あったね。あれから話すようになったんだっけ」
「そうだよ。私、とあっちにはたくさん感謝してるんだ。だから、今日は諸々のお礼ってことで受け取っててよ」
「……なんか、いいように言いくるめられてる気がするけど」
せっかく、水瀬さんがそこまで言ってくれるなら、と俺はありがたく受け取ることにした。
けど、自慢じゃないが家には食材がない。
料理だけはどれだけ練習しても上手くならないからさっさと諦めたんだ。
と言うことで、近くのスーパーに買いに行くことになった。
水瀬さんには待っててもらうつもりだったんだけど「一緒がいいー」って譲ってくれなかった。
だから、俺の部屋で着替えるの止めて!?
◆
近くのスーパーまで歩いて行って、今は帰り道。
相当自信のある顔で言われた「オススメはオムライスだよ!」の食材が入った袋をぶら下げながら水瀬さんの隣を歩いている。
何気ない学校での話題を交えながら水瀬さんの横顔をバレないように盗み見る。
「ん、どうかした?」
すぐにバレた。下手だな、チラ見するの。
「今日、ずっと楽しそうだなって」
よく話し、よく笑う水瀬さんは常に笑顔を浮かべているような女の子だ。この笑顔で声をかけられて嫌だと感じる人はいないはず。
でも、今日は普段以上に水瀬さんが楽しそうにしているような気がする。
「あー、顔に出ちゃってたか」
「出てたらダメなの?」
「だって、ね……バレちゃうじゃん」
チラチラ水瀬さんが見てくるけど、俺には何が言いたいのかさっぱりだ。
首を傾げたらため息をつかれた。
そんなジトーッとした目を向けられても分からないよ。
「とあっちとはさ、こうやって買い物したり一緒に外を歩いたりとかしたことなかったでしょ」
「ま、一緒に帰ったりしないもんね」
友達が多い水瀬さんは放課後はいつもよく一緒にいる数人の女子と帰っている。
そこに、たまに男子がいたりするけど俺が入ることはない。
俺と水瀬さんは住む世界が少し違うのだ。
「だから、今日はとあっちと長い間一緒で楽しいなーって思ってるのですよ」
ちょっと照れくさく笑った水瀬さん。
みんなに人気の彼女がそんな風に思ってくれている。それだけで、胸の中が熱くなる。好きだっていう感情が溢れそうになる。
あーあ、絶対赤くなってるよ、俺も。
「……俺もそう思う」
「ほんと!? 一緒だね!」
無邪気に笑う水瀬さんにとって俺はどういう相手なんだろう。
ただの友達?
ただの友達よりは仲が良い友達?
そんな考えても出ない結論の問題に頭を悩ませながら帰った。
◆
「はーい、お待たせ」
家に帰って水瀬さんは早速ご自慢のオムライスを作ってくれた。
ソファに座ってテレビでも見てて、と言われた俺はその通りにしながら今度こそバレないように雫の刺繍が施された可愛いらしいエプロンを身に付ける水瀬さんを見る。
可愛い奥さんみたいで頬が緩むな。
もっと料理している姿を見ていたいけど呼ばれたので諦めて食欲をそそる香りに誘われるように席に着いた。
「すごく美味しそう」
そんな子供染みた感想が勝手に漏れる。
「私、ケチャップで絵書くのも得意なんだ。リクエストある?」
「お任せで」
「かしこまりまりまりー」
ささっとケチャップを操作して黄金色に輝く卵に描かれたのは大きくて真っ赤なハートマークだった。
これはどういう意図があってのこと!?
頭を抱えたくなる俺に対して水瀬さんは満面の笑顔。
「ささ、冷めない内に早く食べて」
「なにを!?」
「なにってオムライスだよ?」
ああ、ダメだ。今、考えたら確実にダメなことが頭をよぎった。
「い、いただきます」
きょとんと小首を傾げた水瀬さんに心の中で全責任を押し付け、オムライスにスプーンを突撃させる。
……まだハートマークは壊したくなくて端っこから。
不安と期待が入り交じったような、ソワソワと落ち着かない様子の水瀬さんに見られながら一口。
「……美味しい。美味しいよ、水瀬さん!」
本当に美味しい。
卵はふわふわで口の中で蕩け、味付けは濃くもなく薄くもなくてちょうどいい。
そう言えば、誰かの手作りを食べるのも久しぶりだっけ。
それが、水瀬さんの手作りなんて嬉しい。
スプーンを動かす手が止まらなくて食べ進めていると水瀬さんが固まっていた。
「どうかした?」
「う、ううん。お口に合ってよかった」
「すっごく美味しいよ。ありきたりな感想しか言えなくて申し訳ないけど」
「ううん。嬉しいから」
「そう?」
「うん……本当に嬉しい……」
組んだ手で水瀬さんは口許を隠しながら幸せそうに笑う。
語彙力がなくて悪い気が一瞬で消えた。
遅めの昼ご飯を終えて、水瀬さんと少しゆっくりした時間を過ごす。
これだけ良くしてもらって用が終わったらはいさようなら、は酷いしなによりもう少し水瀬さんと一緒にいたい。
今後、水瀬さんとこうやって過ごすことがあるかも分からないのだ。離したくない。
「それにしても、本当に料理得意なんだね。いや、料理っていうよりは家事全般な感じかな」
「私の家、両親が共働きでさ。家のこととか弟のこととか任されてる内に自然と身に付いちゃって」
なるほど。だから、オムライスから家庭の味みたいな優しさを感じたのか。
「オムライスは弟も絶賛してくれるんだ」
「あの美味しさならそうだろうね。今日は弟さん大丈夫なの?」
「友達とラーメン食べに行くってお金だけ要求して出てったよ」
何気ない会話でも水瀬さんとなら楽しい。
けど、いつまでもこれが続く訳ではない。
今日初めて訪れた沈黙の時間に水瀬さんと二人きりだということを改めて思い知らされる。
なんだかんだ忙しくて忘れてたけど、初めて女の子を招いたんだよな。
水瀬さんはどうなんだろ。
俺以外にも男子の友達はいるし、その子が困ってたらこうやって家にまで行ってお得意の特技で助けてあげたりするんだろうか。
その場面を想像したら胸が痛くなった。
俺と水瀬さんは友達だけど知ってることは多くないんだよな。
「ねーねー、とあっち」
「あ、な、なに?」
物思いに耽っていた俺を不安げな声が引き戻す。
「とあっちはそのさ……彼女ほしいな、とか思わないの?」
「きゅ、急になに?」
咳き込みそうになるのをグッと堪える。
マグカップを両手で持つ指を忙しなく動かしながら水瀬さんがじっと見てくる。
「あ、も、もしかして、私が知らないだけで既に素敵な彼女がいるとか?」
「い、いないよ、そんな相手」
どうしてだかすぐに否定しないといけない気がして両手を大きく振ってみれば、水瀬さんはすごく安心したように胸に手を置いて深い息を吐いた。
「それで、どうなの……?」
「どうって言われても……」
これまで生きてきて、あんまりそう言ったことに興味がなかった。
周りのカップルを見てもいつか自分にもそんな日がくるんだろうか。その程度の感情しか抱けなかった。
でも、水瀬さんとよく話すようになってからは変わった。
ただのクラスメイトだった水瀬さん。
たまに喋る程度の関係だった。
それが、雨の日に傘を忘れて困っているようだったから自分のを押し付けた翌日からガラリと変わった。
水瀬さんにめちゃくちゃ話し掛けられるようになり、たまに喋る程度だった水瀬さんにいつしか惹かれるようになった。
特別な理由なんてない。
俺に水瀬さんほど話す女子の友達がいないからすぐに好きになっただけかもしれない。自分でも分からないんだ。
それでも、水瀬さんといると水瀬さんとなら興味がなかった関係になってみたいと思ってしまうんだ。
「……誰でもいい訳じゃないけどほしい……っていうか、いてくれたらな、とは思うよ」
俺の答えを聞いて、それまで揺れるに揺れていた水瀬さんの瞳が固まり、にんまりと唇に弧を描かれた。
「そんなとあっちに朗報です! なんと、現在。私、水瀬海里にも彼氏がいません!」
それを聞いて、心底安心した。
「私、結構尽くすタイプだよ!」
数日前のように水瀬さんは止まらない。
「私、飽きさせないし楽しませるよ! お料理だって作るよ!」
自分の長所を挙げていく水瀬さんに一言。
知ってるよ、今さら教えてくれなくても。
「私、周りからよく可愛いとも言われるから可愛いんだと思うよ!」
それを自分で言っちゃうところがちょっとお馬鹿で可愛いんだよ。
「どう、とあっち。お買い得だよ」
「自分を商品みたいに押し売りしなくても」
これはもう、そういうことでいいんだろうか。
いっか。悩んで答えを出さない方が嫌だ。
好きです、って告白したい。
ここまで、言ってくれた水瀬さんの気持ちに答えるためにも。
でも、俺が今言うべきなのは。
「いくら払えばいいのかな?」
「とあっちだからただだよ!」
「ちょっ……苦しいよ、水瀬さん……」
いきなり、水瀬さんに抱きつかれた。
細い腕が背中に回され、水瀬さんの柔らかい感触やら甘い香りやらが存分に押し付けられる。
「……勇気出して、良かった」
俺も水瀬さんも好きだとは言ってない。
けれど、小声で呟かれたそれを聞けばどういう気持ちなのかは十分に伝わってくる。
こうして、俺と水瀬さんは両想いになった。
お読みいただきますありがとうございます!
少しでも楽しんでもらえましたら下の星を塗り潰して頂けると嬉しいです!