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クラウディア・ヴァルトブルグ侯爵代理は30分後に婚約したい。  作者: 砂糖はろ
クラウディア・ヴァルトブルグ侯爵代理は30分後に婚約したい。
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6 愚かなのは私です。

 クラウディアは、自分の目の前にある綺麗な手紙を前に手が震えていた。

 

 クラウディアとテオは、2人揃って食堂で朝食と夕食を食べるのが当たり前になりつつあった。そんな最中に、カールが持ってきた封筒は、明らかに故意でこのタイミングで持ってきたものだったのだろう。

 クラウディアの手が完全に止まったのを見て、テオも不審に思ったようで、

「どうかしましたか?」と聞いてくる。クラウディアは「ちょっと、困ったことになりました」と答えた。


 その手紙の送り主は、ヴァルトブルグ家の本家筋にあたる、ヴェーラー公爵であった。クラウディアからすると親戚にあたる。クラウディアの家族が亡くなった後に援助してくれたのがこのヴェーラー公爵で、頭が上がらないのだ。


「私の親戚の公爵からなのですが、最近婚約を知ったそうで、とても……」

「とても?」

「お怒りのようなんです」

 

 クラウディアは小さくため息をついた。

 ヴェーラー公爵は遠縁の親戚とはいえ、クラウディアをとても可愛がってくれている。クラウディアが侯爵代理になることを推してくれているのも公爵だった。それゆえに、急に婚約が決まっていたことに、かなり驚いているらしい。

 婚約してもう1ヶ月以上は経っているのだが、その間公爵は隣国へ視察に出ていたため、最近知ることになったのだと書いてある。


「私のことが、気に入らないと?」

「そういうのではないと思います!私が、急に、それも相談もなく婚約したから、ですかね……」


 ヴェーラー公爵の真意はわからない。

 だが、文面にはすぐに公爵邸まで訪問する日を連絡すること、とある。それも、相手の婚約者を連れて、だ。


「明後日にしようと思うのですが、テオ様、ついてきてくれますか?」

「もちろんですよ、クラウディア嬢」


 テオが快く返事をしてくれたのはとてもありがたいことだった。それでもクラウディアは不安でしょうがない。

 公爵はとてもクラウディアに優しく、穏やかに接する人であった。公爵は王子へ執心していたときはそれを咎めてくれたし、17歳でデビュタントに参加した時は保護者役としてエスコートをして守ってくれていたこともあった。実の娘のように思われていたこともあったと思う。

 それが急に婚約となれば、驚くに違いないし、なぜ仮面舞踏会の場で婚約に至ったのか、根掘り葉掘り聴かれるのではと思うと、どこまで話したら良いのかわからない。


「テオ様。公爵は普段はとても良い方なんですが……今回私にお怒りなので、テオ様に不愉快な思いをさせてしまうかもしれません」

「いいんですよ。確かに、どこの馬の骨が可愛い親戚の娘をたぶらかしたのかと思って当然の話ですから。いい印象を持ってもらえるように、努力します」


 可愛い、と言ってもらえたことについ心は反応してしまうが、お世辞だろうと思って聞き流す。


 カールがこのタイミングで渡してきたのは、テオに良い返事をもらうためだったのだろう。カールには、明後日伺いたいと早馬を出してほしい、とすぐに頼んだのであった。





 そして二日後、クラウディアとテオは侯爵邸よりも遥かに大きいヴェーラー邸を前にして立っていた。クラウディアにとっては何度も来たことのある家だが、今日だけは緊張感で押しつぶされそうだった。


「て、テオ様。私……」

「テオ、です。クラウディア」


 テオはクラウディアの言い方を訂正する。

 2人は馬車の中で今日の打ち合わせをしていた。なるべく今の関係が良好であると見せたかったため、2人は敬称なしで呼び合うことにしたのだ。何度か馬車の中で練習したのだが、まだ慣れそうにもない。


「テオ、本当にごめんなさい。私もこの後どうなるか、予想がつかないんです」


 公爵は、どういうつもりで呼び出したのか、さっぱり意図が掴めないのが恐ろしいのだ。

 婚約を無効にしろと言われたら、言われたでいいのかもしれないが、それはそれでなぜか複雑な気持ちだし、クラウディアから婚約を持ちかけた本当の理由を話すことになれば大層呆れられるに違いない。


 緊張で強ばる表情のクラウディアを見て、テオはクラウディアのはちみつ色の髪を撫でる。


「クラウディアが、普通の女の子みたいですね」

「え?」

「いつものクラウディアは、立派な領主という雰囲気だけど、今日は緊張していて、親に怒られる前の女の子って感じがします。クラウディア、大丈夫。何か聞かれたら私が答えます。私が、貴女を守りますから」


 少しからかうような口調で、安心させようとしてくれているのだろうが、クラウディアは頭を撫でられたことに意識がいってしまい、それどころではない。


「クラウディア嬢、それと婚約者様。旦那様が貴賓室でお待ちです。ご案内します」


 ヴェーラー家の家令の案内で、貴賓室に招かれる。部屋の前でクラウディアは数回深呼吸をする。「クラウディア嬢と婚約者様がおいでです」と家令がノックをすると、「入れ」という声がした。


 重い扉の先には、いつもは穏やかな笑顔の公爵が、眉間に皺を寄せて椅子に腰掛けている。

 公爵は鳶色の鋭い目つきで、クラウディアをじっと見ているようだった。


「お、おじさま。ご機嫌よう」


 クラウディアがいつもと違う雰囲気の公爵に怯えながら挨拶をする。


「初めまして、ヴェーラー公爵」


 続いて、テオが公爵へ礼をした。公爵はテオを一瞥すると、さらにその表情を複雑にした。


「クラウディア、どういうことか、説明してくれ」


 2人に椅子に座るように勧め、2人は揃ってソファーに腰を下ろす。


「こちら、私の婚約者のテオ・ルグラン様です」


 クラウディアはまずテオを紹介した。テオは再び公爵へ頭を下げる。


「テオ…………、ルグラン」


 公爵はまじまじとテオの顔を眺め、何かを考えているようだった。テオの顔の美しさに驚いているのだろうか、とクラウディアは考える。しかし公爵から話す様子はなかったので、クラウディアは続けた。


「私は今年の仮面舞踏会に参加しました。そこでテオと出会い、私から薔薇を渡してプロポーズし、テオが受けてくれました」


 全て事実であり嘘ではない。正しく言うと、王子にプロポーズするために仮面舞踏会へ参加し、ワインを飲んで卒倒。そこで見た夢で全財産を失うことになったので、それを防ぐために婚約者を見つけ、テオにプロポーズ。そしてそのまま王子たちに今までの無礼を謝罪、と言うのが一連の流れだが、そこまでは説明できるはずもない。


「クラウディアからプロポーズした、とはモール伯爵から聞いていたが、事実だったのか」


 公爵は頭を抱える。もう一度、公爵はテオの顔を見る。


「クラウディア、酒でも飲んでいたのか。結婚したいなんて話、私たちにしたことがあったか?あのエドワード殿下ばかりに夢中になっていただろう。それなのになぜ……」


「正直に申し上げると、緊張していたのでワインを一杯飲んでいました。それでも私は正常だったと思います。仮面舞踏会の中で、私はエドワード殿下に執心していたのは間違いだったことに気づくことができました。それで……テオと出会って、この人と婚約したいと……」


 それも事実だった。ワインを飲んだこと、王子への執着は金を失うことになると気づけたこと。そして、理由はどうであれ、『金狂いのクラウディア』を知らなかったテオと婚約したいと思ったこと。


「クラウディア。知っているとは思うが、婚約というのはかなり重い意味を持つ。一晩の考えで決めるものではない。いくらあの仮面舞踏会が特別な意味を持つとはいえ、お前にしては愚かな選択ではないか?」


 愚かな、という言葉にクラウディアは胸が痛む。テオはクラウディアにとってとても『良い人』だ。クラウディアは愚かであるかもしれないが、テオを愚かとは言われたくなかった。


「テオは、私にとって、大変素晴らしい人です。テオは侯爵代理の私を認めてくれました。小麦畑を好きと言ってくれました。だから、決してテオは愚かではありません。愚かだとすれば、仮面舞踏会の決まりを知っていながら、薔薇を渡した私です」


 クラウディアは真っ直ぐ公爵を見て答えた。本心だった。婚約を解消したいという気持ちはあるが、それでもテオが愚かなのではなく、愚かなのは今まで王子やアイリスに対して執拗な行動をとってきた自分だ。

 公爵は先ほどまでオドオドとしていたクラウディアが急に変わって驚いたのだろう。眉を上げているのがわかる。


「クラウディア、お前の気持ちはわかった。その突発的な行動は、貴族の中では悪く捉えられることがほとんどだ。そのことを頭に常に入れておくようにしなさい。婚約は2人が破棄しない限り、一年は無効にはならない。婚約というのは軽いものではない」


 公爵はクラウディアに諭すように言った。


「ヒルデガルドもお前を心配していた。食堂で待っていると言っていたから、まずはお前1人で行きなさい」

「テオは……」


 テオを残すなんて、とクラウディアは公爵へ言おうとするものの、


「テオ・ルグランだったか。少し2人で話がしたい。大丈夫だ。怒るわけじゃない。ヒルデガルドも2人で話したそうだったから、先に行ってくれ」と公爵はクラウディアを安心させるように言った。テオもクラウディアを見て大丈夫だというように頷いた。

 公爵夫人ヒルデガルドも公爵と同様、クラウディアを娘のように可愛がってくれていた。今回のことでどれほど心配をかけてしまったのかと思うと、胸が痛む。クラウディアはテオを残し、食堂の公爵夫人の元へと向かった。



 公爵夫人は、やはりとても心配していたようで、クラウディアを見るなり抱きしめた。


「クラウディア。本当に、婚約したのね。とても噂になっているもの。貴女がとんでもない美丈夫と婚約したって」


 あ、そちらの方ですか。とクラウディアは呆気に取られてしまう。


「婚約詐欺にあっているんじゃないかと思うと、私は不安で不安で……」


 泣き出しそうな声の公爵夫人に、クラウディアは「大丈夫です、おばさま。テオはとってもいい人なんです」と言うしかなかった。

 公爵夫人は公爵とは違って、怒っているというよりも心配の方が大きかったようだった。


「クラウディア、あなたそんなに結婚に焦っていたの?王子殿下にばかりキャアキャア言っていたでしょう」

「そうですね、焦ってはいなかったのですけど……」

「あなたが結婚したいというなら、フェリクスを薦めようと思っていたのよ」


 フェリクスというのは、公爵の長男で、クラウディアにとっては親戚のお兄ちゃんのような存在だった。


「おばさまったら、フェリクスが嫌がるわ。結婚したいというより……テオだから、婚約したいと思ったの。とても優しい人なの。ぜひおばさまも話してみてほしいわ」


 クラウディアは公爵夫人を安心させるために話す。公爵夫人は、クラウディアの髪の毛を撫でて、「こんなに大きくなって」と涙ぐんだ。本当に心配をかけてしまった、とクラウディアはこの時ばかりは猛省した。


「10歳のあなたからは想像もつかないくらい立派なレディーだわ。きっと侯爵たちも天国で喜んでくれているでしょうね。……いえ、心配だわ、きっと」


 公爵夫人のその言い方に、クラウディアは思わず笑ってしまう。公爵夫人もクスクスと笑った。


「待たせたな、ヒルデガルド。クラウディアにきつく言ってやると言っていたが、きつく言ったやったか?」


 話を終えたらしい公爵が、テオと一緒に食堂へ入ってきた。テオも柔らかい笑みを浮かべている。何を話していたのかはわからないが、そこまで悪い雰囲気でもなさそうなことに、クラウディアは安堵した。


「顔を見たら、きつくなんてできなかったわ」

「公爵夫人、初めまして。クラウディア嬢の婚約者のテオ・ルグランです」


 テオが礼をしながら話しかけると、公爵夫人はその美貌に大層驚いたような表情を浮かべる。


「そう、あなたが噂の……。確かに詐欺と言われるだけあるわね。あなた。ちゃんと確認したのよね?」

「ああ、もちろんだ。詐欺ではないらしいから、安心しなさい」


 テオと公爵は婚約詐欺師ではないか、とかいう話をしていたのねとクラウディアは呆れるしかない。でも疑われるほど、テオの容姿は非の打ち所がないということなのだろう。テオはクラウディアの方を見て、大丈夫だよと小さく呟く。

 

「さあ、昼食にしようか」


 公爵の声で、ようやくクラウディアはここ何日間の緊張から解かれ、ふにゃりと椅子に座ったのだった。




 公爵たちにもう一度反省の意と別れを告げ、2人は帰宅の途についた。馬車の中でクラウディアは気がかりだったことをテオに聞く。


「テオ。公爵から何か言われませんでした?本当に大丈夫だったのか……」

「公爵が、とても貴女を心配していることがわかりました。クラウディアを泣かせたらタダじゃおかない、と」


 公爵がタダじゃおかないと言ったら、恐ろしいことになりそうだ。「私は、泣きませんから、そんな大変なことになりません」とクラウディアはテオに言うと、テオは「私の努力ですから」と笑って言った。


「クラウディアが、私のことを褒めてくれたこと、とても嬉しかったです。本当にありがとう」

「……事実を述べたまでですから」


 馬車が止まり、テオは先に降りると、クラウディアに右手を差し出した。クラウディアはその右手の上に自分の左手を重ねて、ゆっくりと階段を降りる。載せた手を浮かせようとするものの、その左手はテオの右手によってしっかりと握られたままだった。


 なぜだろう、手を心地よいと思ってしまうのは。


 クラウディアはぼんやりと考える。とりあえず、部屋に着くまでは、何も細かいことは考えないでいようと、クラウディアは歩き始めたのだった。

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