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クラウディア・ヴァルトブルグ侯爵代理は30分後に婚約したい。  作者: 砂糖はろ
クラウディア・ヴァルトブルグ侯爵代理は30分後に婚約したい。
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1 「金狂い」侯爵代理は決意する。

 クラウディア・ヴァルトブルグは焦っていた。

 特別なこの時を逃してはならない、失敗してはならない、と。

 その焦りからだった。普段は決して口にしない、赤ワインを一気に口に流し込む。

 ワインにより、一気に仮面の下に隠れる目元や頬が赤く熱くなっていくのがわかる。

 



 今日は一年に一度の、この国の未婚の貴族の子女、富裕層の子女たちにとっては大切な日だった。

 「愛の日」とも呼ばれるこの日は、仮面をつけた初代の国王が、正体を隠していた他国の姫君と婚約した日だ。年頃の貴族女性なら、誰もが憧れるその運命的なエピソードは、やがて「愛の日」と名付けられ、仮面舞踏会の風習と変化していった。

 この仮面舞踏会は、仮面をつけた王に準えて未婚の貴族たちが仮面をつけて参加をする。そして仮面をつけた相手に、一輪の花を渡し、愛を伝える。それを承諾することで両家の承諾なしでも婚約が成立するという暗黙の決まりがあった。

 一輪の花は一度しか使うことはできない。仮面をつけた相手が、自分の思い人であるかどうか確信が持てないと愛を告白することなんてできなかったため、本当に愛を伝え合う貴族は少数だった。


 しかしクラウディア・ヴァルトブルグは決意していた。


 私は、今日、確実にあの方へ愛を伝えるのだ、と。


 緊張のせいか手が震えるのがわかる。心なしか目眩もするようだった。




 クラウディア・ヴァルトブルグは若干18歳にして、侯爵令嬢と言う呼び名ではなく、侯爵であった。幼い時に侯爵の爵位を代理で受け継ぐことになってしまったからだ。

 そして今、想い人であるこの国の王子エドワードに、一世一代の愛の告白をしようとしていた。

 クラウディアは既にエドワードを見つけていた。仮面をつけていてもクラウディアにはその人がエドワードであると確信していた。この一年ずっと思い続けていたその男。


「エドワード王子殿下!」


 クラウディアは不敬ながらも、そのエドワードと思しき男の服の裾を掴む。そして自分の仮面を外した。その女がクラウディアであることに気づいた周囲はざわめく。仮面を外すと言うことは、今から愛の告白をするという意味だからだ。


「私、クラウディア・ヴァルトブルグはあなたのことを愛しております!私と婚約してください!」


 よく聞こえるように、響く声でクラウディアは男に薔薇を差し出した。

 頬が熱い。胸が苦しい。クラウディアは男の瞳を見る。


 男は黙って、仮面を外したクラウディアを見つめていたが、すぐに視線を外して、クラウディアの薔薇を床へ叩き落とした。

 そして、すぐそばにいたストロベリーブロンドの髪色の少女の腕を掴んだ。

 ストロベリーブロンドの髪色の少女は腕を引かれて驚いた様子だ。


「アイリス・ルナーレ伯爵令嬢。私は、あなたを愛しています。私と婚約してください」


 先程クラウディアが告白したその男、エドワードは仮面を外し、そのストロベリーブロンドの髪の少女に薔薇を手渡す。ストロベリーブロンドの少女の手は震えていたものの、少女も自分の仮面を外し、潤んだ瞳でエドワードを見ると、その薔薇をゆっくりと受け取った。


「喜んで」


 わあっと歓声が上がった。一気に会場の温度が上がったように感じられるほどの熱気だ。

 逆に一気に体温が下がった感覚に陥っているのは、クラウディアだ。素顔を晒し告白したものの、その相手は他の相手に告白、そして成功。今のクラウディアは道化にも等しい。

 周りからの呆れ、憐れみ、同情の視線。

 クラウディアの冷め切った体温は、一気に怒りにより急上昇した。


 恥をかかされた怒りから、クラウディアがストロベリーブロンドの髪色の少女に掴みかからんとしたその時、エドワードがその腕を払い除けた。


「クラウディア・ヴァルトブルグ侯爵代理。お前は我が婚約者アイリス・ルナーレに今まで散々嫌がらせをしてきた」


 エドワードは冷たい声だった。クラウディアは王子を呆然と見つめるしかできない。


「未来の王太子妃への不敬。それは爵位の剥奪に値する」


 エドワードは元からクラウディアにそれを伝えるつもりだったのだろう。つらつらとクラウディアへの罰が口から綴られていく。


「また、爵位の剥奪に伴い、ヴァルトブルグ家の全財産の没収、さらにクラウディア・ヴァルトブルグの国外追放を命じる」


 先程まで王子の婚約に盛り上がっていた会場の熱も一気に冷めていくのがわかる。クラウディアの周りからは、腫れ物に扱うように人がいなくなる。


「え、全財産の、没収?」


 クラウディアは聞き直した。


「クラウディア・ヴァルトブルグの爵位の剥奪、全財産の没収、国外追放だ」


 エドワードは侮蔑の目でクラウディアを見ていた。そのエドワードの背後には、潤む瞳のアイリスがいるのがわかる。


「ぜ、ぜ、ぜ、全財産の、ぼ、没収」


 壊れたゼンマイの人形のような動き、声。


「ぜん、財産の、ぼ、没収」


 周りの目や空気などもうクラウディアに感じることはできなかった。






「全財産の没収だけはやめて!!!!」


 クラウディアはソファーから跳ね起きた。


 あれ、頭が痛いぞ?外側の物理的な痛みと内側からのズキズキ。

 クラウディアは頭を押さえながら、今の自分の置かれた状況を確認する。


「レディー、大丈夫ですか」


 そばにいるのは、見知らぬ侍女だ。おそらくこの会場の屋敷の侍女なのだろう。不安そうな顔をして、クラウディアに濡れたタオルを手渡してくれる。


「ありがとうございます」


 クラウディアはそれを受け取るもののそれどころではない。


「えっと、ここはどこですか?」

「休憩室です、レディー。あなたはワインを飲んだ直後に倒れたそうで、ここに運ばれました。お体の具合はいかがですか?」


 クラウディアは自分の顔に触れた。仮面がついている。


 あれ、仮面がついているわね、私さっき、仮面をとっていたはずなのに。

 

 クラウディアはまだ状況を整理しきれずにいる。


「レディー、大切な薔薇も、落としていましたよ」

 心優しい侍女は笑顔でクラウディアに薔薇を手渡してくれる。


 薔薇も手元にある、ということは、さっきの告白は?私の全財産の没収は?


 あまりにも現実的な夢だったのだろうか。しかし、クラウディアの類稀なる第六感は「このままだと危険」と自身に訴えかけてきている。


「今何時ですか?」

「えっと、あと30分でこの舞踏会が終了になりますね」

 

 侍女は明らかに不審なクラウディアの様子に怯え、心配そうにしているようだったが、クラウディアはそれを気に留めている場合ではない。


 私が先程全財産を没収されたのは、舞踏会が終了となる直前だった。つまり、今、私の全財産は無事ということ?


「それなら、私の財産は無事なのかしら?」

「レディーが何をおっしゃりたいのか私にはさっぱりわからないのですが、無事ではないでしょうか?」


 オロオロと狼狽える侍女に、再びありがとうと礼をいい、クラウディアはよろよろと立ち上がる。



 後、30分で私の全財産がなくなってしまう!!!



 クラウディアにとって、王子に振られることよりも、周りから侮蔑の目で見られることよりも、爵位が剥奪されることよりも、国外追放されることよりも辛いのは、全財産の没収であった。


 クラウディアは『金狂いのクラウディア』と多くの貴族から揶揄されるほど、金に対しての執着が強かった。

 金勘定に几帳面で、もったいないといい基本的に全ての贅沢品にダメ出しをする。

 それは自分のためというよりも領民のためという意識から来るものだったが、貴族たちにそれは理解されにくいことだった。


 私の全財産が没収されたら、領地に新しく診療所を作る計画も、学校を作る計画も、品種改良の研究も、全部、全部なくなってしまう!

 そうなったら領民はどうなるのかしら。おそらく領地を継ぐ人間が私の遺志を受け継いでくれるはずはない。

 ただでさえ農地しかなくてパッとしない領地なのに、何も対策を練らなければ貧しくなる一方だわ。


 クラウディアは、薔薇を折らんばかりに握りしめる。


 王子になんて告白している場合じゃない。いや、告白しなかったら、しなかったでどうなる?


 この一年間、クラウディアは盲目的に王子にご執心だった。その王子の近くをうろちょろするあのアイリス令嬢に意地の悪いことをしてきたのも事実だった。

 王子はアイリス令嬢との婚約が成立したら、責め立てるに違いない。それほど王子はクラウディアのことを嫌っていた。情けないながらも、クラウディアはその自覚がありながらも、未練がましくずっと王子のことを追ってきていたのだ。


 しかし、クラウディアにとって全財産の没収を天秤で比べれば、一年の王子への想いなど埃にも満たない軽さだった。


 クラウディアはぶつぶつと状況を整理するために、つぶやき始めた。

 侍女は明らかにおかしいこの令嬢の態度に、「ヒイ」と小さな悲鳴をあげて、休憩室から出ていってしまう。

 

「私が全財産を没収されないためには、どうすればいいのかしら。今逃げる?いえ、どうせ後から通知が来てしまうでしょうし。謝る?謝るのは確実だけど、ただ謝ったところで過去の罪は消えないわ。王子殿下が婚約……婚約、仮面舞踏会、合意なしで……婚約!!それだわ!!!」


 クラウディアの頭に名案が浮かんだ。


「そうよ、私が婚約しておけばいい。この「愛の日」での婚約した2人に対して、流石の王子殿下でも水をさせないはず。婚約破棄は、さほど難しくなかったはずよね。この舞踏会で婚約をしたのち、それをすぐに破談にさせればいいだけだわ」


 クラウディアの全財産の没収を防ぐため、頭脳が弾き出した答えは、クラウディア自身が後30分以内に誰かと婚約することだった。まだ若干頭痛のする頭だが、クラウディアは折れんばかりに薔薇を握りしめたのだった。


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