覗き見令嬢と三顧の礼
立ち寄っていただき、ありがとうございます。
「おはようございます!エカテリーナ様!」
学園の女子寮の入り口の前で口を真一文字にして騎士の如く直立していたかと思えば、その少女は一人の人物を見つけた途端に、まるで春にの訪れに気づいた花が綻ぶように笑みを浮かべ、小走りでまっすぐにその人物に近寄り声を弾ませながら挨拶をした。
男子生徒であれば頬を染め、女子生徒であれば微笑んでしまいそうなライラの様子に全く顔色を変えることもなく意にも介さない態度のエカテリーナ。
「ご機嫌よう。」
無視をすることは無いが立ち止まって気に留めることはしない と言った様子だ。
「お荷物お持ちします、エカテリーナ様!」
「結構よ。」
「では教室までお供いたします!」
即座に断られては、めげずにまた次の手を打つ。始まってから三日目の光景だ。
昨日までと違うのは、教室までついていくのを断られなかったところか。
断られなかったのを了承と判断し、一歩後ろからエカテリーナについていく。
(そうよね。まだお荷物を預けていただくには信用が足りないのだわ。でもお傍に侍るのをお許しいただけたようだし、一歩前進と言えるわね。弟子として認めていただけるようにもっと頑張らなくてはいけないわ!)
側に付く者として相応しいように表情が緩まないように注意しながら、心の中で小さな進歩に喜んだ。
そんな後ろのライラの様子を全く気にかけている様子のないエカテリーナは、早朝なので急ぐ必要もないのに、美しい姿勢と歩幅を保てる範囲の全力で教室を目指した。
普通の令嬢であればその速度でスカートの裾を翻すことなく美しく足を運ぶことなど難しくみっともなくばたばたと足音を立ててしまうところだが、騎士見習いとして訓練を受けてきたライラはエカテリーナのような優美さはないが、足を乱すことなくついていった。
(エカテリーナ様のあの身のこなし、騎士の訓練など受けているとは思えないのに、熟練の騎士の様に身体に一本の軸が通っているようだわ。そして、騎士にはない優美さをお持ちだわ。ただ軸が安定しているだけでなく、ドレスを着ているときとは違う制服のスカート長さに適した足の運び、ぶれることのない頭部、ただ掴むだけではなく鞄を上品に持つ両手、全てがこの美しさを作っているのね。)
立ち位置が後ろなのを良い事に、遠慮なくエカテリーナを盗み見る。
実のところ、エカテリーナは他人からの視線に晒されるのが慣れているので特に気には留めていないが、ライラから送られる視線にはほぼ毎回、気づいていた。
公爵令嬢ともなれば、どこにいても常に誰かから値踏みされ、好奇や悪意のこもった視線を向けられることも多々ある。なので後ろからライラに盗み見られたところで、特に気にすることなどないのだ。
2人は教室にたどり着くまでそんな様子のまま歩き続けた。
まだ授業には早い時間なので、朝の授業の準備や身の回りのお世話をしてもいいかと、ライラが訪ねたのだが、エカテリーナに
「結構よ。」
と断られてしまったので、
「承知いたしました!では、本日もよい一日をお過ごしくださいませ。失礼いたします。」
と言ってあっさりと引き下がった。
初めて教室までお供でき、近くでエカテリーナを観察できたことに上機嫌のライラは、漫勉の笑みで挨拶をして自身の教室へとむかった。
教室までのお供が許されてから、朝はエカテリーナを寮から教室まで送り、お昼は一階から二階にいるエカテリーナを観察し、夕方はエカテリーナを教室から寮まで送り届ける という感じで過ごした。
流石に、呼ばれてもいないのに勝手にお昼にご一緒させていただこうなどと図々しいことはライラも思うことは無く、ただ毎日昼食を取る席を変えて、日替わりでいろいろな角度からエカテリーナを観察するのを楽しんだ。
このようにして、数日を過ごし、どうやらエカテリーナには少なくとも外に連れて歩く側仕えがいないこと、教室間の移動や昼食の時以外には取り巻きはおらず、一人でいることなどがわかった。
本日は休日で、教室までのお供もできない上にいきなりお休みを一緒に過ごさせてもらえるわけもないので、なんとなく、エカテリーナに出会えたら嬉しいな くらいの心持でライラは寮の周りを体力づくりがてら早歩きで散策していた。
すると、簡素なドレスにフード付きのケープを羽織ったエカテリーナが通りかかった。
(わたし、本日はとっても運がいいようだわ!)
余りの嬉しさに、一人なのも忘れてニマニマとしてしまったライラは、はっと気づいて、エカテリーナが言ってしまう前に駆け寄った。
「こんにちは!エカテリーナ様!」
急に声をかけられて驚いたというより、休日にも拘わらず一人で寮の周りを歩いているライラに驚いたエカテリーナはライラの様子を頭のてっぺんからからつま先までさらりと見た後に口を開いた。
「ごきげんよう。あなた、休日にこんなところで何をしているの?」
どんな時でもきちんと挨拶は返し、驚いいた時にも、おろおろと狼狽する様子なんて微塵も見せず、姿勢も眼差しも全くぶれないエカテリーナに更に感嘆したライラは、初めてエカテリーナに質問されたことに舞い上がりながらも、失礼がないように一生懸命答えた。
「体力づくりのために散歩をしておりました。制服なのは特に学園の外に出る予定ではなく、手持ちの中で比較的動きやすい服装だったので。」
訓練や運動のための服ももってはいたのだが、女子生徒、しかも子爵令嬢が休日に学園の周りを散歩するのには適さない格好だし、足首まで隠れる通常のドレスでは身体を動かすのに向かないと考えたライラは、結果として制服を纏っていたのだった。
「そうなの。」
特にその返答の内容に興味があるわけではない様子のエカテリーナに、ライラは思い切って口を開いた。
「エカテリーナ様はお出かけですか?もし、もしよろしければわたしもお供してもよろしいでしょうか?」
断られるだろうなと思いながらも、ダメでもともとだ と思い勇気を振り絞って、聞いてみたのだった。
(エカテリーナ様の装いからして、公爵令嬢としての公的な外出やお茶会 ではなさそうだし、もしかしたらわたしがついていっても問題ないかもしれないものね!もし断られても、しょうがないわ。休日にお見掛けできただけでなく、ご挨拶までできたのだもの、それだけでもとっても素敵なことだわ!)
少し不安そうに、だけれども真剣にじっと目を見つめて、勇気を振り絞って想いを伝えたライラの様子は、相手が男子生徒であれば勘違いしてしまいそうなほどの可憐さで、女子生徒であればつい気を許してしまいそうな愛らしさであった。
その様子に特に顔色を変えることもなく、じっとライラの瞳を見つめていたエカテリーナだったが、ふう と一つ呼吸を置いてその美しく結ばれていた唇を開いた。
(やっぱりだめ…?)
半ばあきらめかけていたライラに、意外な返答が返ってきた。
「いいわよ。ただし…」
ーーーーーーーーー
ライラとエカテリーナは、学園の門を普通に手続きをして通り、街に出た。
何も言わずにずんずんと街の中を歩いていくエカテリーナを見失わないようにライラはついていく。
エカテリーナの制服よりも長いスカートの裾が、この速度でも全くめくりあがることもなくなびく様子にライラは感嘆しながら、黙ってついていった。
先ほどエカテリーナに出された条件に沿うように、「5分で支度します!」といって本当に5分で簡素なドレスに着替えたライラは、エカテリーナが一度自室に戻って持ってきてくれたであろう、エカテリーナの着用しているものと似たフード付きのケープを上から纏い、もともと運動するために簡単にくくっていた髪をすっぽりとフードに収めていた。
足元からは歩きやすそうな皮でできた編み上げのブーツが覗いている。
(街にお忍びでお散歩?ということかしら。確かに制服を着たままのわたしがいると学園の生徒だとわかってしまって、エカテリーナ様のご容姿からご身分が推察されてしまうかもしれないものね。)
金の髪ということだけであればそこまで珍しいわけではないが、エカテリーナのルビーのような紅い瞳はあまり見かけるものではない。そこに学園の制服を着ている者が横にいれば、おのずと推測出来てしまう可能性があるのだ。
ライラはエカテリーナの容姿や身分のことばかり気にかけているが、エカテリーナがフードつきのケープを渡したのには、きちんと理由がある。
もちろん、ライラのストロベリーブロンドが少し平民にしては珍しいというのもあるが、愛らしく、親しみやすい雰囲気を晒しては要らぬ面倒ごとを生むかもしれないと懸念したからだ。
「これを頂戴。」
ついてくるライラを特に気に掛ける様子もなく、エカテリーナはお店に立ち寄っては、自由に買い物をしていく。
(先ほどは果物、今度はパン…。予想していたお忍びとは大分違うわ…!そして、どこに向かっているのだろう?)
ライラも特にエカテリーナの行動に口を挟むこともなく、淡々とついていく。
普通の貴族の令嬢のお忍びとは違う気もしつつ、エカテリーナに付いてきていいと言ってもらえたせっかくの機会なので、一生懸命エカテリーナを観察する。
そうこうして、少し人気のない道を通りすぎたかと思えば、古い教会にたどり着いた。
エカテリーナがそこで立ち止まったので、ライラもそのすぐ後ろで立ち止まる。
(教会..?)
あまり手入れが行き届いている とは言えない外観の様子で、ライラがあたりを観察していると、小さな人影が、教会の敷地への門の陰から飛び出してきた。
咄嗟にエカテリーナの前に出て構えそうになったライラだが、走って近寄ってくるのが子供とわかり、少し警戒を解く。
「カティ様!!」
そう呼びながら走って飛び出してきた少女は、ライラを視界にいれることもなく、エカテリーナに飛びついた。
「こんにちは。」
そして、聞いたこともないようなエカテリーナの柔らかい声色が、あの完璧で美しい形の唇から飛び出し
ライラはこの光景にも、耳から入った声にも驚き、立ち尽くしてしまった。
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