落胆と失恋
よろしくお願いします!
ライラは今まで、両親や侍女がわたしの為にと選んできたドレスやアクセサリーや、ぬいぐるみやレースのカーテン、その他色んなものに対して、疑問を抱いたことがなかった。
正直に言えば、自分の外見にそこまで興味がなかったのだ。
家族や侍女が選んでくれたものを着ていれば問題ないと信じて疑わなかったし、いつも、似合う、かわいいと言われていたので、もうそれで満足してしまっていたのだ。
そんな自分の外見に無頓着なライラにも憧れはあった。
お母様のようなスレンダー美人になれると、漠然と信じ込んでいたのだ。
ライラの母は領地で、それはそれはもう人気者だった。
侍女やメイドや、街の人が頬を染めて見ていたのをライラは知っていたし、騎士や側近の中には、彼女が声をかけると、なんだか浮き足立っている者もいた。
父や兄達はいつも
「ライラの髪や瞳はお母様にそっくりだね。」
「ライラは将来お母様のような美人になるに違いないね。」
と言っていたし、兄二人は父に似て育って行ったのを見て、兄が父に似たように、自分も母のようになれるのだろうと、思ってしまっていた。
確かにライラの髪や目の色彩は母譲りだけど、それ以外の部分がかなり違っていたのに。
彼女の両親は、子爵家の当主の父と、騎士を多く輩出する伯爵家からお嫁に来た母で、父はどちらかと言うと線が細く中性的な印象を受ける外見で、母は結婚する前までは騎士団に所属していたので、程よく鍛えられたしなやかな身体をしていた。
ライラは母のような騎士になりたいと思っていたけれど、父と兄達に騎士になることは反対されていたので、譲歩ということで母の実家で基礎的な訓練だけは受けさせてもらって騎士見習いになりはしたが、誰かの元に使える従騎士になることは周囲に大反対され、諦めたのだ。
従騎士として誰かに仕えるということは、母の実家の領地内の訓練だけでなく、主君の世話や実地訓練、情勢によっては戦場に主君についていかなければならない。
そうなると、もうライラの家族や母の実家内だけでは話が済まなくなるし、ライラは両親や周囲を心配させたいわけでもなく、一般的な貴族令嬢としての本来の自分の役割もきちんと理解する年になり始めていたので、騎士の道は断念したのであった。
ライラには伝えられていないが、実際には、ライラの母のような身体的な適性が高いわけでもなく、これ以上は致命的な怪我を折ったり、周りとの差に悩むであろうと 判断した母の実家の伯爵家が下した過保護であり適切でもある判断も大きく影響していた。
(私はお母様のように上背はないし、すらっとしなやかに伸びた手足もない。同じ色の髪だけど、お母様のようにいつでも櫛をとうしたかのようなサラサラの髪ではない。同じ色の瞳だけど、お母様のように涼やかで切長な瞳ではない。)
客観的に考えていればわかりそうなものだが、母と自分の間に埋めきれない差があるなんて、昨日、友人から似た容姿をもつ小説の中のヒロインと、そのヒロインが小説の中でどういう印象を周りに与えていたかを読んで知るまで 考えてこなかったのだ。
(わたし、お母様のようにはなれないんだ…。)
今更認識した事実に、ライラはかなりショックを受けていた。
このまま教室で机に突っ伏していてもしょうがないので、もうこのまま動きたくないな…眠いし…もう心が折れそうだし… という気持ちで一杯だったようだが、どうにか気合を入れて身体を起こし、教科書やペン入れを鞄にしまい、教室を出た。
(はぁ…。)
自分が憧れとは程遠いことを知ってしまった彼女はなかなか立ち直れず、とぼとぼと廊下を歩いていた。
すると、談話室から男の人達の話声が聞こえてきた。
「僕は、見た目も中身もしっかりとしていて、自立した女性が好みかな。領地を一緒に切り盛りしていかないといけないのだし、気が強い位でちょうどいい。」
「へ〜…。俺は、そういうツンケンした感じより、こう、女の子らしい、守ってあげたくなるような子がいいかな。」
どうやら、男子生徒が談笑しているらしい。
(好みの女性についてはないしているのね。男の人同士も、女の子同士がする会話と対して変わらないのね。)
そんな風に気楽に捉えていると、中から信じられない名前が飛び出した。
「で、エミリオはどうなの?」
「女性の好み…、女性らしい人…かな。艶や色気があると言ったらいいのだろうか。いや、なんというか、幼い見掛けの人はあまりそういう対象に見られなくてな…。」
(え、エミリオ様!?エミリオ様もお友達とこう言った普通の会話をされるのね…、意外。というか、今言ってたのって…)
なんというか、聞いてはいけないものを聞いてしまったという罪悪感と興奮と、ショックと、いろいろ混ざってしまい寝不足の頭ではよくわからなかったので
談話室から数歩離れたところまでそのまま足を止めず歩き、走り出した。
**
(…色気と艶…。)
あのまま一度も止まることなく走って寮まで戻り、鞄を置いて制服を脱ぎ捨ててベッドに突っ伏して早、数時間。
半分くらい放心状態だった私はやっと意識をきちんと持ち始めた。
そして鏡の前に立ち、自分の顔と身体を見る。
平均より低い身長に、凹凸の少ない身体。細いと言えば聞こえはいいが、どちらかと言うと貧相だ。
…何度見ても、どこにも色気も艶も見つけられず、余計落ち込んだ。
どこをどう探したらそんなものが見つけられるのか、誰かに教えて欲しい。そんな気持ちでいっぱいだった。
(エミリオ様、大人っぽい女性が好きなんだ…。子供っぽいわたしは対象外…。)
年頃の殿方なのだから、女性の好みくらいあっても当然だ。
思った以上にショックを受けている自分に、驚き、そして気になる人ではなく、彼に恋をしていたのだと、初めて自覚した。
(失恋して自覚するって…、つくづく今日のわたしは残念ね…。)
泣くのは好きではないのに、目にじわじわと涙が溜まる。
(憧れと自分がかけ離れていることを自覚した直後に、好きな人の好みが自分とは真逆のタイプだと知るなんて…。いろいろとひどすぎる。)
わたしは今日、憧れと自分の差を突きつけられて現実を知り、告白もしていないのにフラれて、それで初恋を自覚するという
往復ビンタを受けた後に、よろけて落とし穴に落ちたかのような、滅多に起きることのない貴重な体験をしてしまった。
読んでくださった方、ありがとうございます!
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