異世界(街を求めて)
ふもとの町を目指して進む一家4人。
だが、穏便につけるはずもなく・・・
◇ ◇ 現在 ◇ ◇
約3年にも及んだ苦労も今日で終わりにし、実に7年ぶりとなる『人』との邂逅を目指すことに私たちは心を決めた。
素材や食料を鞄に詰め、
武器と装備を確認する。
この子たちもすでに立派な魔法使いだ。
いざという時には回復魔法を使ってくれるよう言ってある。
さぁ、出発だ。
◇ ◇ 街を求めて ◇ ◇
『泉の森』の境界のすぐ外に掘ったトンネルを通って、家族4人でふもとへと進む。もちろん4人とも隠形し、地上にいるであろう魔物には気づかれないように努めている。
その子供たちの肩には、先日拾ったばかりの猫ともウサギともつかない可愛らしい動物が乗っている。襲われて逃げている所を助けたら、すっかり懐かれてしまったのだ。今までも、子供たちの遊び相手になる動物はいないものかと、何匹か捕らえてはみたものの、とうとう人慣れするという事はなかった。そう言う事もあってか、子供たちは甘えてじゃれてくるそのウサネコにすっかりご執心だ。ただ、名前の方は二人で意見の一致が無いらしく、まだ決めていない。
・・・アタクシはウサネコ、名前はまだ無いニャン。
といったところか。
周囲の魔物から発せられる圧力にもずいぶん慣れたし、弱い個体であれば協力して撃退できるようにもなった。街に着いたら換金できるかもしれないので、魔石もいくつか貯めてある。だが、まだまだ勝てそうもない奴もたくさんいるから、常に隠形の魔法は欠かせない。
◇ ◇ 訪れる災厄 ◇ ◇
地下1㎞、その事が私たちを油断させていたのかもしれないし、
隠形の魔法を使っていることもその一つだったのかもしれない。
出発前には光と二人で『見破られる可能性』についてしっかりと打ち合わせていたと言うのに。
『グァアァゥーーー』
トンネルの岩肌より、まるで溶けるようにして現れたその魔物を見た時、真っ先に頭に浮かんだのは、自分でも驚いたことに怯えではなかった。
『絶対にこの子たちは傷つけさせない!』という不退転の決意と闘志。
「光!」
「うん!」
腰の日本刀を抜き、その刀身に強化魔法を付与する。
光はすぐさま私に五行強化を施す。
次いで自分へ、子供たちへ。
強化された今に至っても、敵の強さは私達より相当に上だと直感が告げている。
その力量がまるで分からない。
「響、雅、回復頼む!」
「 「 ハイ! パパ!」 」
知能も高いのか、その魔人のような人型の魔物は私たちを値踏みするようにして観察し、右手に暗黒の魔力弾を創り出していく。
・・・あんなことが可能なのか・・・?
それを完成させたら、こちらへ投げられたら最後とばかりに私はその右手へ向けて切り込む!
光の強化魔法のおかげもあり、刀身に付与した強化魔法のおかげもあり、瞬時に相手の間合いへ踏み込みその右腕を切り落とす!
だが!
奴は、切り落とされた腕を見やりともせず、にやりと笑った・・・ように見えたかと思うと。
(ザシュッツ)
ほぼ瞬時と言っていい時間でそれを再生させた。
と同時に、突然私の体はトンネル壁面に激突させられる!
一瞬のことに何事が起こったのか理解が追い付かない中、背後から光が魔人に切りつけ、そして左腕を切って落とす!
そうか!私は一瞬でこいつに吹っ飛ばされたのか!
残心が足りなかった。
子供たちが治癒魔法を使ってくれたのか、水を浴びた感覚と共に痛みは直ぐに消え去り、それと同時に頭の中がクリアになっていく・・・
目の前の魔人は後ろの光へ向き直り、右手に魔力を貯めようとするのが分かった。
その手に強化ダガーを撃ち付け、爆散させた。
魔人の右手が肘から吹っ飛ぶ。
同時に踏み込み、軸となっている左足へ向け剣を横に薙いだ!
青紫の体液があたりに飛び散る!
だが!
根元から切られた左足は、そのまま魔人により瞬時に接合された。
それとほぼ同時に光に切断された左手、
私に爆散させられた右手をまたしても再生させる。
その顔には相変わらずうすら寒い笑みさえ浮かんで見えた。
・・・まるで私達との戦闘を楽しむかのように。
コイツはヤバい、額に冷や汗が流れた。
しかし、そんな敵を前にして私の中に湧きあがる感情が確かにあった。
・・・
その戦いはそれから数時間にも及んだ。
魔人を切っては再生され、魔人に吹き飛ばされては回復して貰い、そんな戦いのさなか、相手の内包魔力を推し量るもそれほど減っていく気配が感じられない。多すぎて減りが分からないとしても、やばい事に変わりはない。
おそらく、ヤツはただ戦闘を楽しんでいるのだろう。
でなければこれだけの実力差で、これだけ戦えているのは正直腑に落ちない。
更に困った事には、四肢を変質化させたヤツに斬撃が通りにくくなってきていた。高周波ブレードへの対応策、こんなに早いとは。
ひょっとしたら自己進化のために遊ばれているのか?。
だから生かさず殺さず?
舐めんなよ、クソ野郎!
心底怒りが湧いてきた。
そうやって笑ってろ、今のうちに。
その怒りからか、何かに手が届いたのが分かった。
何かへの到達。
だが、私たちの方の魔力量は、次第に減衰して来ている。
その現実は揺るがない。彼我魔力差はあまりに歴然だ。
だがな、俺達地球の科学、侮ってもらっては困る。
そう、・・・私はひとつの決断をする。
こんな狭い空間でアレを使ったらどうなるか分からない。
いや、知った事か。
家族4人生き残ればいい。
後は灰燼に帰してもなんの問題がある?
そっちが仕掛けてきた戦争だ。
魔力量はアレを使うには十分、
二人とも実現することに支障はない。
防御壁も保たせよう。
・・・そう、人類が戦争のために到達したその頂の技術。
(光、アレをやるしかない。)
(うん!それしかないかも!)
強化魔法の性質上、剣技は私の方が大分上になっている。奴の気を引くなら私だ。
収納鞄の中から直接ダガーを召喚し魔人に打ち付け、爆散させていく。
相手は小うるさいハエでも払うようなしぐさで、時にはダガーを撃ち落とし、時には傷つけられた四肢を修復し、時には魔力弾を私に向け放つ!
その魔力弾は未知の技だ、回避だな。
そう判断して、さらにダガーを撃ち付ける。
ヤツは私の行動などお見通しとばかりに、それを払って接近戦に持ち込もうとする。
バカか。格上の貴様と誰が好き好んで接近戦などするか。
その四肢だって俺の剣に耐えられるように変質させたんだろ?
戦闘で散らばったトンネル内の小石に魔力を流し、ヤツに向けて一斉に射出する。
これはただの目くらまし、ただ、十分な数だ。
そして出来た僅かな隙で、少し距離をとり、再度ダガーを撃ち付ける。
物質召喚にも慣れて来たのか、一度に左右で10発。
おお、イイ感じじゃないか。
喰らいやがれ。
物理的な爆発は、物理的な威力がある。魔法と違い打ち消すことはできず、初めて奴が壁面に叩きつけられる。
それでも、なおニヤリとして壁から抜け出す。
オマエ、それって笑ってるんじゃなく、実はただの地顔か?
トンネル内は次第に大きく削られていき、戦闘はヤツとの中距離戦の様相を呈して来ていた。これはヤツにとっては好ましい展開ではないようで、再三近接戦闘に持ち込もうと仕掛けてくる。
残念だが、ゴリラと力比べする趣味はない。
地面に転がる石ころは今や無数だ。
ダガーも何も必要ない。
(爆散!)
吹っ飛ぶ魔人。
いくらお前が強くても、質量は越えられねーよ。バカが。
(広斗!行くよ!)
光がそう思念を送ってきたと同時に、魔人へ向けてテニスボール大ほどの水球を放つ。
そこには多大な魔力が込められているわけではなく、ひたすら硬く硬く殻を形成してその中身(重水素とトリチウム)を守っているだけだ。
だから魔人はそれに頓着しない。
知らぬが仏だな。1秒後に死ね。
それが着弾すると同時に、私は全魔力で五行防壁を魔人に向けて展開した。今までにない実感。
耐えてやるさ!
光が地を蹴って、こちら側に滑り込み水球とのバイパスを繋ぐ!
私は展開した防壁を半球状にして魔人を半包囲する!
ヤツは自分の距離になったと思ったのか、ニヤリと笑いその防壁に手を伸ばそうとする・・・
光が水球へ向けてすべての魔力を一挙に注ぎ込み、
そしてバイパスを切断した。
(死にさらせ!! クソ野郎!!)
< < キーーーーーーン!!! > >
瞬時にして辺りは眩い光に包まれ、そして大地が震えた。
伴ったのはもはや音ですらない、振動波そのもの。
・・・
即座にヤツの気配を探知する。
・・・勝ったか。
何とか生き残れたな。4人と1匹。
閃光が消えると、そこには直径100mはあろうかという巨大な空間と、真紅に輝く巨大な魔石が残されていた。
・・・
・・・。
「ふぅ。何とかなった。
けど、余程じゃないとこれは使っちゃだめだね。」
「ありがとう光。完璧な魔法だった。
しかし、あの出力でギリギリか、魔石が割れずに残ってるな。」
「まさか本当に使う事になるとは思わなかったよ。
開発した広斗のおかげだね。」
「いや、行使したお前のおかげに決まってるだろ。」
そういって、光の頭をぐりぐりと撫でた。
・・・
大きめの魔石をカバンから取り出して、4人とも魔力を回復する。場当たり的だけど、魔力が枯渇したままでは移動すらできない。
何より、次に襲われたら終わりだ。
出来るだけ素早くトンネル内を移動しながら、通過してきたトンネル内部を魔法で崩しながら進む。
同時に、光は移動しながらダガーを造り鞄に補充してくれている。
相当数のダガーとニードルを作っておいたはずが、既に20本ほどになるまで撃ち尽くしていた。主要な素材はトン単位で貯めてあるから、素材切れの心配だけはない。
そうして進むうち、さっきまでの異様な興奮状態からだんだん回復してきた。なんだか横柄になってしまったなと自戒する。
アドレナリンの過剰分泌だろうか?
光に嫌われてなきゃいいけど・・・。
「それにしてもこの鞄便利だね。」
「うん。この世界の人は皆こうして収納しているのか分からないし、人前で使う時はちょっと注意しよう。」
その鞄は、魔法の概念を研究しあった私たちが偶然?必然?創り出した魔法の鞄だった。ただ、忘れると取り出せなくなるので、目録への記載は欠かせない。