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転移

ある日突然、巨大地震に見舞われてしまうが、

気づくとそこは見知らぬ世界であり・・・。

【異世界で好きだった彼女と・・・。】


1章.転移


 それは突然の出来事だった。


まるで、頭の中が溶けていくような、

まるで、自分が無くってしまうような、


考えることも感じることも出来なくなり、


一瞬の後、僕は確かに一度『死』らしきものを体験した。



  ◇ ◇ 始まりの日 ◇ ◇


 今日も取り立てて何でもない一日が終わる。

ありふれた一日だ。


もっとも、普段であればなんでもない事の一つ一つが妙に嬉しく感じる、そんな一日だった。


 4月の初めにしては夏並みの日よりだったことも幸せの一つだし、

弁当を広げた瞬間に、桜の花びらがご飯の上にのっかったのも幸せの一つだ。


・・・と、こんなことを考える僕は『幸せ探しの旅人』なんかでは決してない。


いつもとはちょっと違う一日だった、というだけのことだ。


たった今、隣で帰り支度をして席を立った美少女の髪が揺れ、その香りが風に乗って隣の僕まで届いたのは、今日の幸せの中でも特別だったと言っていいだろう。


 ともあれ、僕はスマホを確認して、入っているメッセージに返信する。

ウチの妹さんはちょっとブラコン気味だ。

兄の贔屓目を差し引いても十分可愛らしいのだが、彼氏を作る様子はなく、何かというと僕にくっついてくる。今日も借りたい本があれば自分で借りればいいだけの事なのだが、『友達と一緒に行くところがある』のだそうだ。では僕が借りた本を受け取ったら自分の部屋でゆっくり読めば良さそうなものだが、そのまま僕の部屋で過ごすことを日課のようにしている。もっとも、そんな可愛い奴を部屋から追い出したりはしないのだけど。


 何とはなしにそんなことを考えていると、いつの間にか教室も半分ほどの生徒が消えていた。


さて、それでは僕も妹に頼まれた本を借りて、帰るとするか。

そう思い、席を立つ。


 うちの学校の図書室は地域の方々からのご好意もあって、とても充実している。かなり年季の入った古書から、つい最近出たばかりの新書まで本当にたくさんの本が揃っている。だから本好きの生徒にはたまらない場所だ。


 図書室の引き戸を開けると、中からふわっとした春風が流れてくる。

そちらに目をやれば、窓が半ばほど開けられ、その窓際には一人の女生徒が綺麗な姿勢で座り本を読んでいる。案の定さっき教室を出て行ったばかりの柴杏さんの姿がそこにあった。


その佇まいに思わず一瞬見惚れる。


『読書をする少女』

とでもタイトルを付けて絵に描きたいくらいだ。

・・・絵心があれば、だが。


 彼女は放課後よく図書室にいる。

部活は全員入る事にはなっているのだが、あまり積極的に参加はしていないようだ。かくいう僕もその一人なのだが。


実は今日も少しだけ期待してここへ足を運んでいた。

美しい女性が美しい姿勢で本を読む姿、というのはそれだけでとても癒される。


4月の席替えで偶然にも彼女の隣になり、早3日ほど。

勇気を出して話しかけたくても、その話題も見当たらなかった。


本の話題を振ってみたいがブックカバーが掛かっていて何の本を読んでいるのか分からなかったし、今こうして図書室で見かけても、当然そのタイトルまでは分からない。


(話しかけてジャンルが合わなかったら会話が詰まるしな・・・)

小心者の僕では所詮こんなものだ。


 そう言えば去年、この美少女と一度だけ記憶に残るような会話をした。


『ありがとう。埋め合わせは後でするね。』


放課後、たまたま一緒の日直だった彼女が、友達に誘われているのを見かけた僕は『どうせまだ学校にいるし、後はやるから』と言った。

勿論そこには多少の下心があった。好感度が+1位されるんじゃないかと。

ただそれだけの事に彼女はそう言ってくれたのだった。

この後やる事と言っても日誌を書いて先生に提出し、日によっては何か少し頼まれごとをする、そんな些細な事なのに、だ。


そして、次の日・・・

「白峰くん、ハイこれ昨日のお礼。」

そう言って一つのキーホルダーを僕にくれた。

「あ、えっ? ありがとう。

 そんな大したことじゃないのに。」


「ううん。春休みに旅行行って、お土産買い過ぎたから。

 そんなのでゴメンね。」

 そう言ってチョコンと舌を出すと、そのまま振り返って走り去った。


 それはもうすっかり僕の宝物になってしまった。


・・・


 なんだか今日は本当に不思議な日だな。


あまりに感傷的になりすぎる。

・・・こんな僕が・・・。


 さて、頼まれた本でも探すとするか。

新刊が入っているのは、窓際手前の棚、つまりは柴杏さんの背中合わせの棚だ。


 今さっき変な感傷に浸っていたせいなのか、妙にドキドキしながらその棚へ行き頼まれた本を探す。


(あ、これか。)


やがて、目当ての本を棚の中段に見つけた。

先週発売されたばかりのこの本は、おそらくすでに読み終えたご近所様のご厚意によるものだろう。


ありがたや、ありがたや。


大手チェーン店が出店してくるも、古い本屋さんの方が人気のこの町は、おそらくそうしたご近所様にとても愛されているのだと思う。


 探し物を見つけてしまい既にここに居る理由がなくなってしまった。

やや名残惜しいような気持ちで歩きだそうとした、その瞬間!


 ( ドーーーーン )


 ( キーーーーン )


突然、頭がハンマーでぶん殴られるような感覚を受けた!

同時にひどい耳鳴りが僕を襲う!


地震か!

いい気分の後には必ず悪い事がありやがる!


しかもこれは!大きいなんてもんじゃないぞ!


天変地異! 崩壊!

表現する言葉が見つからないほどの巨大地震だ!


横に立つ本棚のことも忘れて、その場にしゃがみ込もうとする。


ところが膝から崩れ落ちた!

腰が抜けたんじゃない、感覚が切れたんだ!


・・・そしてそれは僕のすぐ背にいた柴杏さんも同じだった。


二人で床にうずくまりながらも、

この揺れじゃ、学校などひとたまりもない!

なにか! どこか!


一瞬頭をよぎったそんな思考も、次の瞬間にはもう彼方へ吹き飛ばされ、

柴杏さん! 柴杏さんは!


と、すぐ横にいるはずの彼女の事を考えようとするも、それもすぐにかき消えていった。

頭の中はまるでシェイカーにでも振られたようにぐちゃぐちゃになっていく・・・。


体の感覚はなくなっていき・・・

音も匂いも消えた。


そして、・・・僕自身の境界すら感じられなくなった。



◇ ◇ ?????? ◇ ◇


 ふいに意識だけがわずかに覚醒した。


・・・ここはどこだろう。

・・・とてもいいにおいがする。

・・・手にはなにかが触れている。

・・・誰かの手・・・か。

・・・ああ・・・。

・・・だめだ、また意識が崩れていく。


・・・



◇ ◇ 泉の森にて ◇ ◇


 自分が自分を見下ろしている。

視界ではない、感覚がそう自分をとらえている。


もうすぐだ。

目覚めが近い。

そんな、明晰夢に近い感覚。


・・・


なんだかとてもいい匂いがして、

なんだかとても暖かい。


・・・


 (ぴちゃっ)

 頬に何かが当たり、意識がはっきりと覚醒した。


どうやらここは森の中らしい。

空は木々に覆われて見えない。


僕はどうしたんだっけか?

地震に遭って死んだんだっけか?


こんなに頭がはっきりしているのに、ここは死後の世界なのだろうか?

そうあまりに現実感を伴わないこの感覚に疑問を持つ。


ふと、手にある感触に気づく。

誰かの手を握っていた。


そちらに顔を向けると、よく見知った顔。

柴杏さんが倒れていた。


顔色も普通だし、呼吸もゆっくりしっかりしている。

それで少しほっとした。


徐々に頭の中が澄んできて、あの時何があったのかが理解できてきた。


あれは・・・地震ではなかったな。

大地は揺れていなかった。

揺れていたのは空間そのものだった。


僕はあの時、確かに一度死んだ・・・ように感じた。

意識を失っていくというより、

自我が無くなっていくような感覚だったから。


だけど、ちゃんとこうして生きている。

まるで・・・再構成されたかのように。


まだ目を覚まさない隣の柴杏さんもおそらくは無事だと思う。

それは見た目のバイタルが安定しているからとか、僕に医療の知識があるからとか(もちろんない)、そんな理由からではなく、無事なのが理解できると言う自分でもちょっと説明がつかない感覚だった。


ほんの30㎝程横で静かに目を閉じている彼女。


(本当に綺麗だ)


・・・そう思いはしても、なんだか以前のようにこみ上げてくるよこしまな感情がない自分に気付く。

おかしいな。

こんな天変地異に遭ったせいだろうか・・・


上半身を静かに起こし、辺りを見回す。


辺りに生えているのは見たこともない巨木ばかりだ。

それに、草花も水面に浮く水草も、見覚えのあるものは一本もない。


目の前にはそれほど大きくはない泉があり、真ん中には浮島が出来ている。



 地球じゃないよな。ここは。

異次元・・・異世界・・・。

そんな言葉が頭に浮かんだ。


お越しいただきありがとうございます。

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