俯瞰世界の説明会
「貴方くらいの絶倫だと多少の無理では死なないと思ったんですけどねー。寿命がまだ残ってる状態で死んじゃったので、別世界で寿命消化という形で転生になります」
有休残ってるから切れる前に消化しといてね、というホワイト企業のようなことを言うこの男は何者だろうか。三笠閨珠はラブホテルのベッドの上で座り込み、素っ裸にシーツを巻いたままの状態で起き抜けにそんなことを思った。四方は何もなく、ただひたすらに真っ白で影もない。男の背後一メートルには、白色度が最高のホリゾントがあるのか、それとも一キロ先まで何もないのか判断がつかなかった。
ただ、どうやらここがラブホテルではないらしいことと、男の口振りから自分は死んだらしいことを理解した。全く実感はないけれど。
「こういうこと最近多いので、待遇面が昔より良くなったんですよー。何か要望ありますか? 行きたい世界のイメージとか、能力をチート級にしてほしいとか、身の安全を保証して欲しいとか。転生後は基本的に関与しないので、ここでしか言えませんよ。注意してくださいね」
どうやらこの優男は、閨珠の知らない世界の一面で「最近増えていること」を熟知しているらしい。死んだら三途の川を渡って地獄で閻魔大王の裁判を受けて生前の罪をどこで清算するのかという話は全くなしに、転生の話をし始めていることも、とりあえずわかった。
「あー……」
事後の気怠い調子のまま膝を立て、そこに肘を立てて頭を支えた。理解はした。しかし実感がわかない。いま動いている自分が肉体なのか霊体なのか、これが夢なのか現実なのかもわからなかった。とりあえず、社会で培われたコミュニケーション能力が「なんか答えろ」と頭に発信している。
「その、要望ってのはいくつまで叶えてもらえるの」
「数の制限はありません。ただ人間として転生しなければならないので、神様になりたいとか貝になりたいとかは無理です」
「じゃ、タバコちょうだい。あとなんか着させて」
言うと、そいつはマジシャンのようなわざとらしいポーズで指を鳴らした。パチンと小気味のいい音と共に、ベッドサイドにセブンスターとマッチと灰皿が、ベッドの上にはバスローブがパッと現れる。閨珠はバスローブに袖を通すとベッドの縁に腰掛け、脚を組んでタバコに火を点けた。深く息を吸い、煙を肺に入れて長く吐き出す。事後、早々にベッドから離れる男と寝た後は、嫌味を言う代わりにタバコを吸った。そうしながら、閨珠は先ほど言われたことを考えていた。
「転生って? なに? 来世みたいなもん?」
「まあそんな感じです。ただし生まれ変わりではなく、今の貴方がそのまま異世界にトリップします。基本的に一人の人間の魂は一つの世界でしか生きられないんですけど、最近は世界線を跨ぐ施策が試験的に導入されてまして。あ、何か希望があればご本人が要望する世界に優先的に送り出すこともできますよ」
「へえ。それじゃあ、「セックスのハードルが死ぬほど低い世界」なんてのもあるわけ?」
「森羅万象ありますからねえ。ない世界を探す方が難しいですよ。『魂が持てる唯一世界マニュアル』についても説明しときます?」
「あー、いい、いい。聞いても転生したら意味なくなるんでしょ」
「はい。関与しませんから」
「ふーん」
閨珠はそのままタバコを吸った。
これが事実かドッキリかはこの際置いておいて、自分が死んだ、という話を存外素直に聞き入れられていることに内心驚いた。自分のろうそくの火がまだ消え切っていないからだろうか。このまま幕が下りるなら人生やりきっていないと抗議もしたくなるけれど、そうではない。むしろセックスで本当に死ぬことを知った今、今後は己を過信せずに行為に臨めるというものだ。悪くない。たぶん。
異世界とは、例えばどういったところだろう。身の安全を保証と言ったことから、必ずしも安全な場所に行くわけではないようだ。
「じゃあ要望ね」
灰皿にタバコを押し付けて、閨珠は次のことを男に話した。
・今まで経験した以上の危険がない世界への転生
・生活基盤は大きく変えたくない
・その世界を生き抜くのに不自由しない知識と能力と容姿を得たい
・金銭・身の安全・セックスできる相手の保証
・タバコ
・これまで生きてきた世界における自分の痕跡の一切合切の抹消
「せっかくだから悠々自適に生活したいね。放浪生活に憧れててさ」
「承知しました。いやー、理解が早くて助かります。お礼にもう一つプレゼントをあげましょう」
「何?」
「性病にならない特典です」
それはありがたい。
そう思った後、閨珠の視界は突然眠りに落ちたようにふっと暗闇に落ちた。