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凝縮された思い出

 初めてのセックスはレイプだった。だからセックスって、そういうものなんだと思った。好きな人が相手じゃなくてもいいし、ロマンチックな雰囲気もいらないし、なんとなくできてしまうものなんだ。

 そう安易に受け止められたのは相手が知ってる人だったからだ。




 近所に、よく遊んでくれるお兄ちゃんがいた。私のことを妹のように思ってくれていて、いつも可愛い可愛いと褒めてくれる。彼が本当のお兄ちゃんだったらいいのにと思うくらい私もよく懐いていた。優しい人だった。


 私を犯したのはその友達だった。

 お兄ちゃんによく可愛がられていたから、その人も同じだと思っていたのだ。実際、私のことを可愛いと思っていただろうけど、私への劣情を持っているのが、お兄ちゃんと違うところだった。

 お兄ちゃんが学校の委員会でいない時に、「新しいゲームで遊ばせてあげるからうちにおいで」と誘ってきた。


「お兄ちゃんは一緒じゃないの?」


「今日遅くなるから」


 だったら明日でもいいのに。そう思ったものの、遊んでくれるのだから文句はない。


 その人の様子がいつもと違うように感じたのは、家に入ってからだった。だけど豹変したわけしゃない。痛いことはしなかったし、いつもみたいに優しかったし、私は何も知らなかった。だから警戒心も抵抗も嫌悪感もなかった。

 ただ、体を触られて変な感じがした。少し嫌だったけど、可愛いとずっと言われ続けていたから、嫌なことではないとも思えていた。

 初潮前のことだ。この「遊び」は一度だけで終わらなかった。


 内緒の遊びだとその人は言った。お兄ちゃんにも親にも友達にも先生にも言っちゃいけないと。

 秘密にする。イコール、悪いこと。そう思いながらも、何が悪いのかわからなかった私は、言う通りに誰にも言わなかった。

 機会があるたびに、少しずつ触られた。その後は本当に新しいゲームで遊ばせてくれる。ゲームが楽しかったし、一緒に遊んでいる間はいつもの様子だったから安心した。私の体を触る遊びは、この家でゲームを始める前の儀式みたいなもので、ご飯を食べる前のいただきますの挨拶みたいなものなんだ、と考えていた。


 体に触れる範囲はどんどん広がっていって、服を脱ぐようになった。それが長引かないうちにセックスをした。

 セックスをする時だけは、今までより長くその儀式に時間がかかったし、なんだか少し怖かった。痛かったし、私が何を言ってもその人は何も答えなかった。

 早く終わってゲームがしたい、と考えていた。

 ゲームをする時間より、セックスする時間の方が長くなってから、その人の家に行きたくなくなった。


 私が渋るようになると、その人は家には連れて行かなくなった代わりに、外で一緒に遊ぼうと提案してきた。また何をされるのかわからずそれにも渋っていると、今日は何もしないから、と言ってきた。だけどそれを信じて一緒に遊んでいると、そのうち人がいないところにそっと連れて行かれて、結局服を脱がされた。

 その人はいつも優しい。だけどセックスは楽しくなかったから、したくなかった。




 三人で遊ぶことは、その後もあった。お兄ちゃんがいる時はセックスをしなかったから良かった。その人と二人きりにならないように、私は絶対にお兄ちゃんと一緒に帰るようにした。

 いつか帰り道で、お兄ちゃんが言った。


「俺がいない時は何して遊んでるの?」


 お兄ちゃんはいつも優しかったけれど、それを訊かれた時は少し緊張した。先生や親から真面目な話をされる時と同じ雰囲気があったからだ。

 二人の遊びは内緒。そう言われたのを忘れたわけではない。

 だけど私はお兄ちゃんの方が好きだったし、お兄ちゃんならきっと一緒に内緒にしてくれると思って、その人にされたことを話した。話してるうちに、私は何故か涙がぐわと湧いてきて、途中でまともに喋れなくなった。だから全部は話せなかった。自分がなんで泣いているのか、全然わからなかった。

 お兄ちゃんはきれいなハンカチで私の涙と鼻水を拭いてくれて、「ごめんな。怖かったな」と言った。その時、私はやっとこう思った。

 ああ、あれは怖がってもいいものだったんだ。


 その後、その人と会ったことはない。お兄ちゃんとその人が一緒にいるのも見なくなった。


 その悪い事が子供のいたずらレベルではなかったと知ったのは、それから一年ほど経った後だ。その人と全然会わなかったから、私の中では完全に過去のことだった。出来事は覚えているけど、記憶はものすごく短い時間に凝縮された状態だ。やけに覚えている夢と似ていた。


 あれは立派な犯罪だったのだ。だけどこれは警察沙汰にはなっていない。だからレイプは特別な事ではないし、私以外にもそういう経験をしている人は、明るみに出ていないだけでもたくさんいる。





 今の私が異性やセックスに嫌悪感を持っていないのは、何も知らなかったからだ。もしも私に「好きな人以外とはセックスしたくない」という感性が備わっていたら、服を脱がされた時点で泣いたり嫌がったりできたのかもしれない。だけど私は何も知らなかった。セックスに対する理想もなかった。

 優しく触れられていたし、嫌がる私を無理矢理、ということが一度もなかった。それに、怖いことだと教えてくれたのも、終わらせてくれたのも男性だった。

 私は幸運だったのだ。知らない人からいきなり襲われたなら、きっとこうはならなかっただろう。


 嫌悪感を抱かないと同時に、セックスへの理想も抱いたことはない。私が知っているセックスは全部現実だからだ。愛を深める行為なんて思ったことがない。セックスはただの生殖行為で、性欲処理で、コミュニケーションだ。


 唯一、理想をあげるとするならば、


『私を好きな人とだけセックスがしたい』。


 それだけだった。

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