4 野犬
4 野犬
「も、もう……いつ追放されるか……」
「弱音吐かないで! ヨルシゲだって必死になって走ってくれてるんだから!」
「だからヨルシゲってなんなの⁉︎ こんな補助魔法、ゴッドブックには載って無かったんだけど⁉︎」
「説明は後! 気になるでしょ? 追放されなかったら教えてあげるよ?」
「あぁーもぉー気になるー! 絶対この世界に留まってやるー!」
「その意気その意気!」
でも、タイムリミットが近い事は私も感じていた。猛スピードで近付いていなければ、とっくにMPはゼロを下回っていた事だろう。
「グオォォォォォォォォ!」
ヨルシゲが立ち止まり、大きな雄叫びを上げた。
「へっ? 何?」
暗い森の奥を凝視すると、無数の鋭い目がこちらに向けられていた。
「ナニコレ⁉︎ こんな所で足止め⁉︎ 大迷惑なんだよ!」
現れたのは、真っ黒い野犬の群れだった。敵意剥き出しで、ただで通してくれそうには無かった。
「メ、メミ! シールド!」
「シールド?」
「MPは結構使うけど、一つ一つの攻撃が弱ければ、ダメージを負わない様に出来るよ!」
「そっか! こういう数が脅威の場面にぴったりじゃん! ありがとうナキ、出でよ! シールドー!」
……
なにも起こらない。私の大声だけが虚しく静かな森の中を駆けてった。
「メミ? 今MPは?」
私は携帯を開き、残りMPを確認した。
「あっ、はち……」
「は、はち? はちって、八って事? エイトって事⁉︎」
「さっきまで四十くらいあったのに……」
「よく分かんないけど、そのヨルシゲってのに喋らせまくって、MP底尽きたんじゃ無いかな?」
「マジか⁉︎ 計画性無く使い過ぎたし!」
もう、補助魔法で身を守る事は出来無い。ヨルシゲに、頼るしか無い。
「ねぇ、ヨルシゲ? あんただったら、こいつらイチコロだよね?」
ヨルシゲがこちらを向いた。その表情は、不本意だけれども、自分がやらなきゃアヤト君も無事で居られ無い事を悟っている様で、仕様が無くといった態度で、右の前足で地面を掻いた。
「ヴォォォォォォォォオッ! オッ?」
野犬を薙ぎ払う為に、ヨルシゲが気合を入れて雄叫びを上げた時、無言を貫いていたアヤト君がヨルシゲの背から降り、野犬の群れの前に歩を進めた。
「エェェェェェェェェェェェェェッ⁉︎」
ナキと声揃っちゃったし! ってかヨルシゲに任せておけばいいのに、何で前に出て行っちゃったの!
「ヨルシゲ! 逃げろ‼︎」
アヤト君はヨルシゲの前に立ち、両手を広げて言った。
「え、エェェェェェェェェェェェッ⁉︎」
またナキと声揃っちゃったし。
「バ、バウゥゥゥゥ、バ、バウゥゥゥゥ……」
ヨルシゲが戸惑ってる。アヤト君の言葉に従いたいけど、従えば、アヤト君を失う事になるから。
一匹の野犬がアヤト君に襲い掛かった。顔に向けられたその鋭い爪をアヤト君は避けたのだが、左肩を深く引き裂かれてしまった。
「アァァァァァァァァッ」
アヤト君が傷を負った刹那、ヨルシゲの眼が朱く充血した様に見えた。
私とナキを払い落とし、傷を負わせた野犬の喉元に喰らい付いて、ジリジリと距離を詰めて来る野犬の群れに見せ付ける様に、その首を噛み千切ろうとしていた。
「止めろ‼︎ ヨルシゲ!」
ヨルシゲは、野犬の喉元を咥えたままアヤト君を見た。
「お前は、この森の中で生きて行くんだ。恨みを買う様な事は止めろ。そして、逃げろ。お願いだから、最後くらい、格好つけさせてくれよ……」
アヤト君は、気付いていた様に思う。ヨルシゲが、この野犬達に負ける筈が無い事を。でも、襲い来る野犬を何匹も殺して、その時は撤退させられたとしても、恨みを買って、ヨルシゲが平穏な日常を送れない様になると思った。
だから、ヨルシゲが野犬の喉元を噛み切ろうとした時に、あんな大きい声で、怒った口調で止めさせたんだ。
ヨルシゲは、咥えていた野犬を放った。
ちゃんと、アヤト君の想いは伝わってるのかな? 信用していた人に、見限られたなんて思ってないかな?
ヨルシゲは、野犬の群れを睨み付けたのち、森の奥へと駆けて行ってしまった。