23 ルナの懇願
23 ルナの懇願
ザリガニとカイト、二人で町まで向かった。カイトの目はまだ完全に元に戻った訳では無いけれど、少しだけ陽に近付いた様に感じる。
分岐点の村人が居る所まで辿り着くと、ザリガニがカイトに忠告した。
「カイト? ここからはもう、負の感情に取り憑かれた奴の吹き溜まりだ。隠れて歩こう」
「負の感情に取り憑かれた奴? どういう事だ?」
そうか、カイトはその事知らないもんね。
「現世の記憶、お前も甦ったか?」
「あぁ。でもあれは、何だったんだ? 断片的に、悪意の様なものが甦ってきた」
「オイラもだ。でも、オイラは、この世界のオイラだ! 上手く言えねぇけど、この世界でやって来た事を信じてぇんだ」
記憶解放って、現世の事を鮮明に思い出した訳じゃ無いのか? 一度記憶を消してる訳だし、イーグルもそこまでは無理だったのかもしれない。
「ぼくも、そうだ」
「でも、その悪意に呑み込まれると、目が真っ黒になって、話しの通じない殺戮人形になっちまう」
「えっ? なにそれ? そんな話し、信じれ無いんだけど?」
「いやお前、さっきまでそれになりかけてたから?」
確かに。今はカイトより、ザリガニの方がまともに見えて来た。
「ルナが町に居るって、どういう事だ?」
「今居るかは分かんねぇ……探してみよう」
町に入ると、誰も歩いては居なかった。ザリガニとカイトは、隠れる必要など無かった。
「リーダーよぉ……? 嘘、吐いてんじゃねぇよ?」
カイトの目が、少しだけ濁った。
「いや、さっきまで! マジでさっきまで、殺戮人形と化した奴らが武器持って行脚してたんだよ!」
「そんな奴ら何処に……あれは?」
「あれは……ルナは、あそこに居んのか。気付かれ無い様に、近付こう」
その場所に目を向けると、四、五人程のプレイヤーが群がっている。どういう事? あそこに、ルナが居るの? ルナは、何をしているの?
ザリガニとカイトは、静かにその群れに近付き、声が聞こえる所まで辿り着くと、そのやり取りに耳を傾けた。
「はっ、はははっ、女を、女を殺せるぅぅう」
「し、死ねっ! 死ね! ハハハッ」
「いいよ? いいよ? ぼ、ぼぅくは、みんなが殺した後、内臓ほじくるからぁ」
「俺が殺す! お前ら黙れぇぇぇぇ」
四人の隠に侵されたプレイヤーが、気が触れた様に叫んでいた。ルナが、その四人に囲まれていた。
「なんだよこれ⁉︎ ル、ルナ……た、助けに、行かなきゃ……」
「カイト‼︎ 黙って見てろ。オイラ達には、何も出来ねぇんだ」
「な、何だよそれ⁉︎ 仲間、だろ? ルナは、仲間だろ?」
「仲間だよ‼︎ 仲間に決まってんだろ‼︎ でも、オイラ達には何も出来ねぇんだ!」
「何でだよ? あんな奴ら、ぼく達なら簡単に倒せるだろ⁉︎」
「簡単かは分かんね。でも、殺さずに倒せるか?」
「えっ?」
「話しの通じねぇ殺戮人形を、殺さずにどうやって無力化出来る? 一対一ならまだ良い。あの人数の相手を、どうやって殺さず止めんだよ?」
「殺さず……?」
「オイラも、その時相手は二人だったけど、飛び込んで行った。でもルナに、彼等に危害を加え無いで下さいって言われた。結局、絶対防御で守って貰う事しか出来なかった。オイラ達に、出る幕はねぇんだよ」
「ちょっと待てよ! ルナは一体、何をしてるんだ⁉︎」
「見てりゃ分かるよ。オイラは、何も、何も出来ねぇ……」
四人の徳無精が、ルナに攻撃を仕掛けた。でもそれは、ルナの絶対防御に弾かれた。
「何だコイツ⁉︎ 攻撃が効かねぇ⁉︎」
「何で何で何で何でぇぇぇぇえ⁉︎」
ルナは、四人の徳無精から圧倒的なまでの殺意を向けられながら、それでも、穏やかな口調で四人に語り掛けた。
「ハヤト? トウヤ? タイチ? 久しぶりですね? あなたは、初めましてですかね? ルナって言います。あなたのお名前は、なんですか?」
「ハヤト、って、何で俺の名前?」
「何で俺の名前も?」
「ぼぅくも……何で?」
「お、俺の名前は、リョウタ……」
「リョウタ。ちゃんと覚えておきますね? 三人は、ルナの事忘れちゃったのかな? 洞窟で、ルナがあなた達を蘇生させたんだから、覚えているに決まってるでしょ?」
ハヤト、トウヤ、タイチは、ステーションで全滅して、その後洞窟でルナに蘇生して貰ったマモルのパーティーの一員だったようだ。
「あっ、ははっ、知らね、殺す。殺す殺す!」
徳無精達の攻撃は止まない。
その時、ルナが膝をついた。そして、攻撃の手を緩め無い徳無精達に向けて、土下座した。
「お、お願いします。ルナに、力を貸して下さい。たくさんの人の、力が必要なんです。あなた達の力が、必要なんです」
なに、これ? ルナ? 何してるの? 何であなたが、そこまでするの?
土下座するルナに、四人の徳無精は、未だ攻撃の手を緩め無い。
「あ、あぁ、あぁぁぁぁぁあっ‼︎」
「あぁ…………あっ、し、死ね……」
「お願いします‼︎ ルナは、どうしても、どうしても‼︎ 仲間を、助けたいんです。お願いします。味方になって下さい‼︎ 協力して下さい‼︎ お願いします‼︎」
ザリガニの言う通り、見ている事しか、出来なかった。ルナの意図に気付いて、それでも、いや、だからこそ、誰も、言葉なんて発する事が出来無かった。ただ、すすり泣く声を抑え様と漏れて出る音が、幾つも鳴り響いていた。
地獄だった。仲間が、ルナが、土下座しながら、心の無い悪意に満ちた言葉を浴びせ続けられる姿を、見守り続ける事しか出来無かった。ルナは、ずっと、ずっと、声が枯れる程、喉が切れてしまう程、徳無精達に、味方になって下さいと叫び続けた。