10 魔獣
10 魔獣
「アヤト君‼︎」
聞こえ無いのに、私は、思わず叫んでしまった。
「あっ、あぁぁぁぁあ……」
アヤト君は、怯えている様な声を上げた。
「なんで、何でこんな所まで来ちゃったの! やる事が突飛過ぎるんだよ! 逃げて!」
私の創った魔獣は、ライオンの様ななりで、大きな牙を見せつけ、唸り、古傷を身体中に刻み込んでいて、アヤト君には、いや、誰もが恐れて近付く事の出来無いオーラを纏っていた。
「何っ⁉︎ 足が竦んでるの? 逃げなよ早く!」
勿論私の声は届かない。ってか、アヤト君、魔獣に近付いてない?
「ちょっと何してんの! 逃げてよ!」
魔獣は、右の前足で地面を掻き、今にも襲い掛かる素振りを見せた。
「まだ、自分は死んでも良いとか思ってんの?」
アヤト君は、一歩ずつ、ゆっくりと魔獣に近付いて行っていた。
「アナタの命に、命を賭けたんだよ!」
魔獣も、同じ速度で距離を詰めて行く。
「バカヤロォーーー‼︎ お前が死んだら、悲しむ人が居るんだぞ!」
届かない。私の声は、届かないんだよ。
携帯のディスプレイを見た。残りのMPは十六しか無かった。
魔獣が前足で土を蹴り、アヤト君に襲い掛かった。
アァァ……違う! 考えろ! 私がしなければいけない事は、怯える事じゃない! 神が、何か言ってたじゃないか! 補助魔法とか……ダメだ。神の言葉とかいつも聞き流してるんだから、覚えて無いよ。
いや、覚えてたじゃん? なんなら一言一句覚えてたじゃん! あの時は何で思い出せたんだろ? 部屋のソファーでゴロゴロしてただけなのに。
きっと記憶のポケットに、入れたままにして忘れてるんだ。思い出せ! 補助魔法! た、確か……そうだ! 八MPで、ちょっと眠らせる!
私は右手を魔獣に向け、魔法を掛けた。
「ねむれぇぇぇぇえ!」
アヤト君に齧り付く直前だった。魔獣は、アヤト君の頭をいきたかった様だが、目標は逸れ、アヤト君の右腕を齧り付いた。そのまま、魔獣は眠ってしまった。
「うっ、うぅ、うぅぅぅ……」
あ、アヤト君! 痛そう……あっ! 神、言ってた!
私は、六MPを使って、アヤト君の傷みを和らげた。
「は、はぁっ、やっと、喋れる様になった」
アヤト君が、傷みから解放された様だ。もう、その魔獣のせいで死に至る様な事は無いだろう。
「落ち着いた、のかな?」
んっ? 誰に話し掛けてんの?
「何だ? 眠っているのかな? おーい!」
はっ⁉︎ 止めて! 起きたら死ぬんだよ!
「ウ、ウ、ウガァァァァァァァァァア! アッ! アッ!」
魔獣が覚醒しちゃった……もう無理だよ。MP、無いもん。
「ゴメンなさい! 本当に、ゴメンなさい。君に、こんな傷を付けたのは、僕と、同じ人間なんだ。そんな大きな傷痕、痛かったよね? 怖かったよね? 僕には、想像出来無いから、だから、力いっぱい、僕の腕を噛むといいよ」
えっ! 魔獣にめっちゃ喋ってる。私が創った魔獣なんだし、傷痕も私が作ったヤツだし、理性無いと思うんだけどな……
「い、イッ! う、うん。いいよ。落ち着いて。落ち着いて。大丈夫だよ。落ち着いて。大丈夫だから」
アヤト君は、魔獣を撫でながら、ずっと声を掛け続けていた。いつしか、その魔獣は、アヤト君とじゃれてる様にさえ見えた。
「ウゥ、ウゥゥ、ウゥゥ、ウゥゥ」
魔獣が、か細い声を上げ、アヤト君の右腕の傷を舐め始めた。
「くすぐったいだろ? やめろよ」
私の創った魔獣は、今、私のパートナーに懐いて、じゃれてしまってる。
「アハハハハ! やめろよ!」
アヤト君、めっちゃ楽しそう……
私は、運営にメールを送った。
『クエスト、攻略不可能です』