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上中下の中

 展示場に一歩入ると、そんなに大きい音ではないが、天井から「ブーン」と音が途切れることなく鳴り続けていた。普通はBGMか無音かどちらかなのだが、どこか故障しているのだろうか。

 テーマは展示作品を見ればわかる、「溶解」だ。

 モノが溶けているような感じの絵なら作者も画風も問わず架けられている。超現実の絵が多く、他には恐怖小説の挿絵とや、春の絵で雪が溶けている絵まである。なんだかなぁ。

 溶ける溶ける溶ける。

 とにかくあらゆるモノが溶けている。有名な時計が溶けている絵があり、人間が溶けている絵もある。

…「よし!解った!」の「解ける」もあるなぁ…。

 しかし、これだけ一つのテーマにこだわって、あらゆる分野の絵が集められているのなら、他のテーマでも集められているのだろうか?何かのシャレではないのだろうか。

 以前画家から、絵は正面から見るだけのものではない、右から見る、左から見る、下から見る、角度を変えて見ると絵の表情が変わる作品もある、本当にさまざまな見方ができる、と聞いたので、一枚一枚、背を伸ばしたりしゃがんだり、体を動かしながら見てみたのだが、複製品だとそういう技は使えないのか、別に何の変化も起こらなかった。

 だんだん白けてきたところで最後の絵を見終わった。


 元の扉を開け、右の扉の上にプレートがあるのが見えた。そこには部屋の名前が彫られている。特別な部屋なのか、「(美術館の持ち主である人の名前)の作品室」とある。

 時計を見ると、主要展示室だけでも結構時間を潰せたが、まだ時間がある。

 右部屋の扉を開けると、狭い正方形の部屋になっていて、正面に絵が一枚架かっているだけである。両側の壁にはもちろん、扉側の壁にも何もない。

 中心から右に弧がある黄色の半円だ。

 中に入って半円を見ると、どうしてどうして、ただの半円ではなかった。油絵で、縦の線は真っ向唐竹割りという感じで迫力があり、曲線は常に方向を変えながら中心に向かおうとしている感じだ。これは複製品ではない、この美術館を作った人が描いたのだろうか。

 太い黄色の油が盛り上がって塗りたくられて立体になっていて、手前奥と無数の小さな赤が入っている。

 一歩下がって全体を見ると、力強く、一気呵成に作者の迫力が伝わってくる。

 思わずうなり声をあげ、腕を組んで見入っていると、いきなり後ろから声をかけられた。

「その絵が気に入りましたか」

 びっくりして振り返ると、上から下まで純白の、見るからに柔らかそうなフワフワの帽子と長いコートに包まれた、色白の少年が立っていた。見ただけでは女の子にしか見えないが、まぎれもない少年の声だ。

 実際に声を聞いても(人形じゃないのか?)と思えてしまうほどの美少年だ。

「曾祖父の残してくれた唯一の絵なんです」

 先ほどの展示室に絵しかなく像がなかったのも、この少年だけで十分だからではないかと思えてしまう。

「この絵のどこが気に入りましたか」

「どこって」

 やっとのことで声を出したが、言葉ではこの絵を気に入った説明ができない。

「勢いが、こうなって」

 手振りと勢いでなんとか表現すると、少年はニコリと笑って

「どうぞ、ごゆっくり」と部屋の外に行ってしまった。

(やっぱり展示品の一つなんじゃないか)と思えてならない。

 また絵に振り向き、たっぷりと堪能し、部屋を出ようとした。


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