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プログラム・8 -プログラム・エイト-  作者: 夢見 裕
第二章 罪深き記憶
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Memory 8 女の争い

 お昼休憩の時間と言えば、第二係室は空っぽになる。皆食堂に行ってしまうからだ。けれど、僕はがやがやとした人混みが嫌いなため、休憩時はコンビニで買ってきたパンやおにぎりを第二係室の自分のデスクで食べるようになった。

 広々とした第二係室を占拠して悠々自適に過ごす昼休みを、僕は少し気に入っている。気が楽でいい。


 今日も同じように独りでデスクに腰掛け、コンビニで買ってきたメロンパンをもそもそと頬張っていた。初日は食事をしながら、デスクに置かれたノートパソコンで過去の記憶捜査の事件ファイルなどを覗かせて貰っていたけれど、昨日今日と、僕はノートパソコンを隅に追いやって、デスクの上にあの謎の手帳とパズルピースを広げていた。

 どうして僕の脳裏にこの手帳がフラッシュバックしたのか、気になって仕方がなかったのだ。何より、どういうわけか僕は、見えない糸に引っ張られるようにこのパズルに惹き付けられていて、暇さえあればこのパズルを進めるようになっていた。

 それは興味や好奇心とは違う。もっと深く繋がった何かだった。


 だから僕はパンを頬張りながら、丁寧にパズルを埋めていく。じっくりと煮込んで旨味を出すように、一つひとつのピースをまじまじと眺めて、脳裏に何かのヒントが閃かないか探りながら。

 しかし、僕が思っていた以上に、このパズルは難解だった。いや、ただただ骨が折れるのだ。

 というのも、どうやらこのパズル、絵はプリントされたものではなく、子供が直接描き込んだものらしい。恐らく、白地のパズルピースに自分で好きな絵を描いてオンリーワンの手帳型ジグソーパズルを作れる、といったような商品なんだろう。

 そしてそれこそが、僕を苦戦させる理由だった。絵が下手なせいで、どれがどこのピースかわかりにくいのだ。さらに全てのページのパズルピースがごちゃ混ぜときた。正直お手上げといきたいところだった。


 それでも根気強くパズルに没頭していた時。


「うぅー……気持ち悪い……」

「大丈夫? ほら、イスに座ってゆっくり休んで。今お茶持ってくるわね」


 青ざめた顔をした瀧波さんと、彼女の背中を(さす)る二葉さんが第二係室に戻ってきた。まだ休憩に入ってから二〇分も経っていない。ずいぶんと早い戻りだった。理由は大体察しがつくけれど。


「はい、お茶どーぞ。何か軽く食べられるものでも買ってこようか?」

「ありがと……。でも何も喉を通らなそうだから遠慮するわ。っていうか、すずはあんなシーン見てなんともないの? よく平気ね……。私はあれからずっと食欲湧かない……」


 そうぼやく瀧波さんは二葉さんからお茶を受け取ると、それに口をつけることなく、机に突っ伏した。

 昨日の僕と兵藤さんの記憶捜査をモニター越しで見ていた瀧波さんは、あの萩原重明による惨殺シーンを見てトイレに直行し、吐いてしまったらしい。相当滅入っているのが目に見えてわかり、あれからずっとグロッキーで、今朝になっても顔色が悪かった。話から察するに、昨日からずっと、ほとんど何も口にしていないのだろう。


「百花殿ー!」


 ドドドドッ、と猛獣のような足音が近づいてくる。その口調と声だけで、誰なのかは目で確かめるまでもなくわかった。


「食堂で倒れて運ばれたと聞いたでござる! 大丈夫でござるか百花殿!?」

「そんな大袈裟なことになってないわよ……。尾ひれ付けすぎ」

「でも朝より具合悪そうでござるぞ! 拙者に何か出来ることがあればお申しつけ下され!」

「じゃあ黙ってて」


 出来ることが黙ってることしかないなんて、なかなか酷な一言だった。しかしさすがはござるさん。彼はめげない。「御意!」と勢良く答えて、何をするのかと思えば、彼はその場に正座した。瀧波さんの真横で、だ。その様はまさしく「待て」と命ぜられた忠犬そのもの。うるうるとした瞳で心配そうに瀧波さんを見上げている。でも、残念ながら彼は可愛い犬ではない。ただのもじゃもじゃ頭だ。あれでは逆に精神汚染攻撃にしかならない。瀧波さんも呆れて溜め息をこぼしていた。


「悪いけど、本気で気分悪いからアンタの相手をしていられないの」

「確かに、元気がないせいか心なしかいつもより胸が小さはぁあん!」


 全てを言い切る前に瀧波さんの無言の股間蹴りが炸裂して、ござるさんは嬉し苦しそうに悶え始めた。


「その粗末なモノを踏み潰されたくなかったら、さっさと自分のデスクに戻りなさい。いつもみたいにアンタの好きなオモチャで遊んでればいいじゃない」

「な……ッ!? また馬鹿にするでござるか! 『ガウス零式』はオモチャではござらん! 男のロマンでござるぞ!」


 悶えながらも瀧波さんに食ってかかったござるさんのデスクへと僕は目を移す。彼のデスクには、パソコンでもなければ捜査資料でもなく、ロボットのプラモデルが列を成して並べられていた。彼は空き時間にいつもあのプラモデルを作っていて、暇さえあればうっとり顔で眺めている。恐らく、あれが『ガウス零式』とかいうロボットの模型なのだろう。


「いいでござるか! 『ガウス零式』は二〇五二年に初めて実現された戦闘型パワードスーツでござる! プロトタイプならではの荒削りで無骨なデザイン……! 戦車並みの装甲に加え、右腕には三〇ミリ機関砲、左腕にはミサイルランチャーを装備した、男のロマンが詰まった超ヘビー級のパワードスーツでござる! 実装以来、今も紛争地帯で活躍しているパワードスーツなのでござるよ! シビれるでござろう!」


 ござるさんは火が付いたように熱弁を繰り広げた。どうやらこの人はメカオタというか、ミリオタというか、突き詰めればパワードスーツオタク、ということらしい。そんな彼の話に、残念ながら瀧波さんは既に耳を塞いでいる。相手をする体力すらなさそうだ。


「はい、雨宮さんもよかったらお茶どーぞ」

「ありがとうございます」


 二葉さんにお茶を頂いて、僕はありがたくそれを受け取った。


「雨宮さんは一番間近で見てたけど、なんともないの? 大丈夫?」

「そうですね、僕はへっちゃらです」

「すごいのねぇ。私も今でこそ平気だけど、初めはああいう場面見ると、キツかったなぁ……。ところで雨宮さん、昨日も一人でご飯食べてたけど、今度からよかったら私たちと一緒に食べない? 雨宮さんといろいろお話してみたいし」

「いえ、結構です。僕は皆さんと話すことなんて何もないですし、話したいとも思ってませんから」


 僕は二葉さんに目もくれず、きっぱりと断った。いつもの余計な毒舌混じりで。


「そっか……。ごめんなさい……」


 二葉さんは胸元に抱いたお盆をぎゅっと強く握ると、哀愁の漂う背中を見せて引き下がっていった。


「ちょっと、何よ今の」


 代わりに反撃の狼煙を上げたのは、瀧波さんだった。彼女はふらふらと不安定ながらも立ち上がり、キッと僕を睨む。


「すずはアンタに気を遣って誘っただけじゃない。なのにどうしてそんな憎まれ口を叩かれなきゃならないわけ? すずがアンタに恨まれるようなことでもした?」

「いいえ、何もしてません」


 二葉さんには何も非はない。善と悪のどちらかで僕たちを分けるとしたら、二葉さんが善で、僕が悪だ。そんなことは僕だってわかっている。


「じゃあどうしてそういう言い方するのよ!?」


 どうして――どうしてだろう。表層の理由はわかっている。僕が孤独に生きることを望んでいるからだ。いや、孤独に生きなければいけない――そんな強迫観念にも似た思念が僕の心の奥底に根を張っているような気もする。

 僕はラブコメの主人公のように鈍感でも、馬鹿でもない。本当は気付いている。御堂島さんが僕にセクハラをしようとしているわけではなく、打ち解けようとしてふざけているということも、二葉さんが僕を気遣ってくれていることも。だからこそ僕は逆に、距離を置こうとして毒を吐いてしまうのだ。僕に近づかないで――と、精一杯の意思表示として。

 けれど、そんなことを瀧波さんに話したってどうにもならない。だから僕は、


「……それが僕という人間なんです。気に入らないなら放っておけばいいじゃないですか。僕を気遣う必要もありません。余計なお世話なんですよ。僕は……独りが好きなんです」


 いつものトゲのある口調で突き放す。

 瀧波さんの顔に色濃く怒りの感情が浮き出た。


「……アンタを見てるとむしゃくしゃする。アンタのその生き方も、性格も、大っ嫌い」


 いつものようなヒステリックな様子は鳴りを潜め、瀧波さんは静かに吐き捨てるように言って、ふらふらと部屋を出て行った。おろおろと戸惑う二葉さんは、僕と瀧波さんの背中とを右往左往して、最後には瀧波さんを追いかけていった。


 第二係室には、出る幕を失って気まずそうに正座を続けるござるさんと僕だけが取り残され、重い空気が漂う。僕は気にせず、メロンパンをもそもそと頬張った。


 程なくして、兵藤さんが戻ってきた。廊下の方を気にして「何かあったのか?」と首を傾げている。瀧波さんたちとすれ違ったのだろう。


「よくある、女の争いというやつです」

「そ、そうか……それは怖いな……」


 兵藤さんは『明らかにもっと重大な何かだ』と察したのだろう。彼は深く掘り下げることはせず、デスクに静かに腰を落とした。


「……ところで、雨宮」


 兵藤さんは考えるような間を空けたあと、空気を入れ換えるように話を逸らす。


「一つ仕事が入った。休憩明けに捜査だ」


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