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Memory 4 妙な違和感

 その後、クローゼットの物色を終えると、隣の寝室へと足を進め注意深く周囲を見て回る。次に浴室、トイレと回って、一通りの部屋を見終えた。


「どうだ? 何か気になることでも見つけられたか?」

「いえ、今のところは」

「ま、そんなに気負いしなくてもいいぜ。この事件は俺も捜査を手伝ったんだが、正直何もわからなかったからな。そもそもこの記憶世界(メモリー・ワールド)に手掛かりがあるのかも定かじゃねぇし、見つけられなくっても悔しがる必要は無い。成り行きで瀧波との勝負みたいな形になっちまったが、意地にはなるなよ」

「べつに僕は意地になんてなりませんよ。勝負なんて眼中にないので。仕事として処理するだけです」


 こんなことを言うと、現実世界で僕たちを見ている瀧波さんがまた火を噴くのだろう。角を生やし、モニターに向かって僕に文句を投げる彼女の姿が容易に想像できる。


 淡々と物色を進め、被害者の持っていたバッグを漁り、最後に今もなお被害者が握る板きれ状のケータイを手に取った。


「……質問なんですが、記憶世界(メモリー・ワールド)ってどこまで再現可能なんですか?」

「脳に蓄積された情報全てだ。人間の脳には今まで見たもの、記憶したものが一つ残らず蓄積されている。ただ、俺たちはそれらの情報を上手く引き出すことができないから〝忘れる〟んだ。つまり、忘れていても情報自体はしっかり脳に残っているってことだな。メモリーエクストラクションでは脳が損傷したりしていない限り、それら全ての情報を引き出すことができる。極論を言えば、その人の送ってきた人生全てを再現可能ってわけだ」

「なら彼女の過去も見れるんでしょうか?」

「それは無理だな」


 御堂島さんはきっぱりと首を横に振った。


「脳に蓄積された情報全てとは言っても、それは生きている人間の脳から記憶世界(メモリー・ワールド)を創り出した場合の話だ。さっきも言ったが、脳細胞の死滅から時間が経てば経つほどメモリーエクストラクションは難しくなる。発見当時、この被害者は死後二十時間が経過していた。取り出せた情報は死亡直前のほんの僅かな記憶だけだ」


 今回に限っては、被害者の過去が見れなかった。だから捜査も難航した、というわけか。


「では、この事件に誰かしら容疑者は浮かび上がっていますか?」

「いや、まったく。それらしい影すら掴めていない」


 この時点で僕はほぼ確信を得ていた。その確信の外堀を固めるため、僕は被害者の情報について御堂島さんに矢継ぎ早に質問攻めをした。彼はそれらに全て即答してくれた。

 その情報をまとめると、この被害女性の人間関係において特に問題を抱えた様子はなかったらしい。彼女の友人らの証言によると、それほど派手な人付き合いをしていた様子もなかったそうだ。それに、恋人や、それに近い存在もいなかった。

 彼女の職業はアパレルショップの社員で、年収は三百万弱。借金や、過去に金融機関の利用歴もない。親がお金持ちというわけでもなく、ごく一般的な家庭で育っている。

 それらの情報を踏まえた上で、僕は「では最後の質問です」と御堂島さんへ投げかける。


「現実世界でも彼女のこのケータイはそのまま残っていたんでしょうか? つまり、殺害現場に残された遺留品として」


 僕はキラキラした可愛げなストラップのついた被害者のケータイを軽く振って見せた。すると御堂島さんは、左腕の腕時計型デバイスからホログラム化して呼び起こした資料を指で弾き、「ああ、しっかり残っていたようだな」と頷いた。


「そうですか」

「なんだよ急に? 何かわかったのか?」

「そうですね、恐らく事件を解決しました」

「えっ、マジで!?」


 素直に驚くリアクションを取る御堂島さんを置いて、僕は外に出た。外は明るく、昼時の陽気だった。

 間取りから予想はついていたが、ここは高層集合住宅の一室だった。外通路にいくつも部屋の扉が並んでいる。

 下を覗いてみると、遙か下に地上が見えた。植木が点に見える。かなり上層階だ。見上げてみれば、すぐ上はもう屋上のようだ。


 僕は階段を上り、屋上に出る。そこから見渡すコンクリートの街並みは、なかなかどうして、絶景だった。

 道路には車が行き交い、街には人々が往来している。さらには風まで吹いてきて僕の髪を弄んだ。現実世界と変わらない景色と情緒が、そこにはあった。


「おい、どうしたんだよ外になんて出て」


 御堂島さんが僕を追って屋上に顔を出した。


「御堂島さん。人ってなんで人を殺すんでしょうか」

「はあ? なんだそれ?」

「いえ、ふとした疑問です」

「そんなこと訊かれても知らねぇけどよ……。でも、まあ、アレだろ。金と愛と憎しみ。人が人を殺す理由なんて、だいたいそんなもんじゃねぇかな」


 金と愛と憎しみ――それは、妙に納得のできる要素だった。


「確かに、その通りかも知れませんね」


 僕は手に持っていた、被害女性――駒場麗香のケータイを御堂島さんに投げる。彼はそれを落とすなんてドジなマネをせず、難なく受け取った。


「駒場麗香さんの部屋のクローゼットの中身、見事に高級ブランド品ばかりでした。化粧品も高級品だらけ。とてもじゃありませんが、年収三百万程度のただのアパレルショップ社員に買い揃えられる数じゃありません。かと言って親がお金持ちというわけでもない。それなのに、金融機関の利用歴もゼロ。明らかに変です」

「……それとこのケータイがどう関係あるんだ?」

「見ればわかります」


 すぐに御堂島さんもその真実を目にしたのだろう。飛び出そうなくらいに彼の目がひん剥かれた。


「なんだよこれ……! でも、捜査報告書にはこんなこと一言も……!」

「現実世界のケータイにはその証拠は残っていないでしょうね。残っていればとっくに事件が解決していたはずですから。でも駒場麗香さんの記憶から復元したこの世界では話が違う。ここでは彼女が最後に見た、あるいは記憶したケータイがそのまま復元される。現実世界と記憶世界(メモリー・ワールド)でケータイの中身に差異が生じているということは、つまり、犯人は彼女を殺害後、そのケータイから自分に繋がる恐れのある情報を全て消去したということでしょう」


 簡単な話だった。

 駒場麗香のケータイには、阿藤(あとう)浩二(こうじ)という一人の男とのメッセージのやり取りが残っていた。それを簡単に要約すれば、阿藤浩二は駒場麗香に熱い想いを寄せていて、大金を貢いでいた。けれど駒場麗香は貢がせるだけ貢がせて、阿藤浩二を捨てたのだ。最後の方のメッセージは、逆上した阿藤浩二からの「裏切り者」だの「金を返せ」だのという明らかな憎しみの表れた罵倒の嵐だった。


「その気があるフリをされて、必死に振り向かせようとして貢いで、最後には『勘違いしないで。アンタなんて興味ないのよ』と捨てられた……。そうして、阿藤浩二という男は〝コレ〟になったんでしょう」

「……お前それ気に入ってんのか?」

「……べつに」


 頭上で両手の人差し指をピコピコと立てていた僕は、急に羞恥心が込み上げて顔がほんのり熱くなり、そっと手を下ろした。実はちょっと気に入っていたりする。


 何はともあれ、現実世界でのケータイにもこんなメッセージが残っていたのなら、まず真っ先に捜査線上にこの男の存在が浮かび上がったはずだ。でも御堂島さんの話によれば容疑者は浮かんでおらず、さらには駒場麗香の友人らは、人間関係に問題はなく恋人もいなかったと証言したと言う。もう、これは黒としか言いようがない。


「ケータイを壊したり捨てたりせず、情報の削除という最小限の偽装に徹したところがこの犯人の小賢(こざか)しいところです。被害者のケータイが紛失したとなれば記憶捜査で真っ先にケータイを確認されてしまうでしょうけれど、現実にあるものならわざわざ記憶捜査で確認する必要もありませんから、見落とす可能性があります」


 駒場麗香に姿を見られないよう殺害した点といい、徹底的に記憶捜査を意識していたことが伺える犯行だ。


「でも、だからってどうして捜査線上にこの男の影すら出てこなかったんだ? こんな熱心なアプローチをしてたんなら、たとえケータイの証拠に気付かなくても友人らへの聞き取り調査で出てきそうなもんだが……」

「駒場麗香さんの部屋は汚かったし、冷蔵庫も空っぽでした。かなりずぼらな性格だったと思われます。でも、身なりはかなり小綺麗にしていました。そしてあのブランド品の数々。多分、彼女は外で見栄を張るタイプです。だから男に貢がせているということを知られたくなくて、阿藤浩二の存在をひた隠しにしていたんでしょう」


 彼女の過去を見れたなら一発解決な簡単事件だっただろう。きっと、阿藤浩二との〝密会〟の様子が見れたはずだ。


 ……けれど、ちょっと変だ。


「……御堂島さん」

「今度は何だ?」

「つかぬ事をお訊きしますが、この仕事を始めて何年ですか?」

「えーっと……今年で五年目だな」

「失礼ですが、階級は?」

「一応、警部補だが?」

「瀧波さんと二葉さんについてもそれぞれ教えて頂いても?」

「瀧波は二年目で巡査。すずは四年目で俺と同じく警部補だ」

「この事件はその瀧波さんと二葉さんの第二班が担当していたんですよね?」

「そうだが……どうかしたのか?」

「いえ……」


 新人の僕でも簡単に解決できたこの事件。正直言って、客観的に見ても、まったく難しい事件でもなんでもなかった。それなのに、どうしてこんな初歩的な証拠に誰も気付かなかったのだろう。この程度の犯人の小細工に欺かれるなんて……一年以上やっている捜査官なら気付いて当然どころか、気付けなければ失格じゃないだろうか。


 何か……妙だ。


 僕を試そうとしている? だとしたら、そのためだけに実際の事件を未解決のまま放置するなんてこと、あり得るだろうか。いや、常識的に考えて、まずあり得ない。


 では、どうして――


 僕はこの時既に、騙し絵を見ているような漫然とした違和感を感じ取っていた。


「……何はともあれ、御堂島さんのおっしゃる通り、金と愛と憎しみがミキサーでごちゃ混ぜにされたような事件だったというわけですね。本当に……下らない世界です」


 僕はデータによって創り出された数日前の街を見下ろして、憂う。

 人間という浅はかな生き物が跋扈する、この世界を。

 そして何より、そんな歪んだ瞳でしかこの世界を見ることができない、自分自身を。


「そうでもないさ」


 御堂島さんは僕の隣に立って言った。


「確かにそういう過ちを犯す奴らもいる。だが、そんな奴らばかりってわけじゃない。俺たち警察みたいに、悪いことをする奴らを正そうとする奴らがいる。弱い奴を守ろうとする奴らがいる。この世界はそんな温かさで溢れてんだ。捨てたもんじゃねぇと思うぜ?」


 街を見下ろすその瞳は卑屈な僕と違い、春の陽気のような穏やかな優しさに溢れていた。

 羨ましい――と心のどこかで思ってしまう自分がいた気がした。けれど僕は気付かないふりをして「そうですね、そういうことにしておいてあげましょう」と、当たり障りのない言葉を返しておく。そんな僕に、御堂島さんはニッと邪気のない笑顔を向けた。


「さて、そんじゃさっそく次のお仕事と行きますか」

「次のお仕事?」


 僕は首を傾げた。


「記憶捜査官の仕事はこれで終わりじゃないんですか?」

「まさか。今、第一係室で解析班がお前の見つけ出した証拠から犯人を絞り出しているはずだ。名前に加えてケータイの電話番号まで判明したからな。電話会社に協力を仰げば住所から何まで丸裸だ。居場所がわかったら、そっからまた俺らの出番ってわけだな」

「僕たちの?」

「現状では阿藤浩二に駒場麗香を殺害しうる動機があったってだけで、証拠を掴んだわけじゃない。だから阿藤浩二に〝事件の記憶〟があるかどうか、直接会ってその場でメモリーエクストラクションすんのさ。犯行の瞬間の記憶があれば、それが揺るがぬ証拠ってわけだ」


 聞いただけでも疲れてしまいそうなその内容に、僕は肩を落とした。


「そう嫌そうな顔すんなって。ま、一緒に頑張ろうぜ。相棒」


 御堂島さんが僕の覇気のない肩を叩こうとしてきたものだから、僕はひょいとそれを避けた。


「記憶世界(メモリー・ワールド)の中とは言え、気安く触らないで下さい。汚(けが)れます」

「ええ……今すごい良い感じだったじゃん……。親睦深まった雰囲気だったじゃん……。今の流れでそんなこと言う? さすがに俺もショックだぜ?」

「思い上がらないで下さい。親睦を深めるつもりなんて毛頭ありません。将来の御堂島さんの毛根くらい希望のない話です」

「毛頭と毛根をかけたのか……なかなかユニークじゃないか。しかし残念だったな! 俺のじいちゃんは髪の毛がふさふさだ! 俺は将来禿げねぇ!」

「では僕が責任を持って死滅させます」

「え、やめて? 勝手に責任持たないで?」


 御堂島さんは頭を押さえて震え上がってから、「でも」と続ける。


「真面目な話、俺たちはパートナーなんだ。少しくらい打ち解けてくれよ……」

「嫌です。とにかく、僕は馴れ合う気はないので。あくまで仕事上のパートナーでしかないことを忘れないで下さい」

「握手もしてくれなかったし、冷たい奴だなぁ……。だが、そこまで言われると逆に無理矢理にでも親睦を深めたくなってくるぜ……! 簡単に振り向かない女ほど振り向かせたくなっちまう……男ってのはそういう悲しい生き物なのさ」


 御堂島さんが手をわきわきさせて僕に迫ってきたものだから、僕は汚物を見る視線を彼に向けて、一歩後退った。


「な、何をする気ですか……」

「さあ、何だと思うかね?」

「下賎なブタの考える事なんて、僕にはわかりませんね……」

「ふっふっふ。なら――されるがままにされるといい!」


 獣と化した彼が襲いかかってきて、ああ僕の純潔はこんな形で失われてしまうのかと喪失感に襲われた直後――脇腹にむず痒さ。彼が仕掛けてきたのは、ただのこちょこちょだった。

 こちょこちょなんていう幼稚なことをされるのはもう何年振りかで、くすぐったさに笑い転げそうになったけれど、僕は意地でも笑うものかと堪え、息を止める。その涙を浮かべて堪える様が、どうやら彼のツボに入ったらしい。


「はっははははは! なんだよその顔!? 素直に笑えばいいのにっ……はっははははは!」


 彼の馬鹿笑いに怒りを覚えながらも、為す術なくこちょこちょの刑を受け続けた。絶対に仕返ししてやろうと心に決めたところで、電源を落とすように視界が暗くなって、魂の吸われるようなあの感覚が胸元を撫でる。そこで、僕の意識は途絶えた。


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