表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/24

Memory 16 終わりの始まり

 急いで本庁に戻った僕たちは第一係室に入った。そこには既に二係全員が部屋中央のコネクター付近に集合していた。


 僕と瀧波さんの到着を見て、中心に立つ兵藤さんは一つ咳払いをし、口を開く。


「よし、全員集まったな。召集の理由を単刀直入に言おう。渋谷区で大規模な爆発事件が起きた。目撃者の証言から推測するに、自爆テロと考えられている」

「自爆テロ……?」

「不審な男たちが突然爆発したそうだ。事件は渋谷駅前のスクランブル交差点で起きていて、今も現場は混乱に包まれている。まだ全容は掴み切れていないが、死傷者は五十人を超えていると見られ、最悪の状況だ」

「まさか、あの人だらけのスクランブル交差点の真ん中で……?」


 瀧波さんの疑問に兵藤さんは「そういうことだ」と静かに頷いた。


「目撃情報から自爆した犯人は三人いたと思われ、組織的な犯行が疑われている」

「しっかし、この日本で自爆テロなんてなぁ……。宗教的な過激派組織とか? 犯行声明とかはあったんですか?」


 御堂島さんは懐疑的に口を開いた。


「いや、犯人側から犯行声明等はなく、現状では目的も組織も不明だ」

「自爆テロだとしたら、犯行声明がないなんて妙な話ではござらんか? 普通、テロを起こすなら確固とした目的や信念があって、それを知らしめるために犯行を行うもんでござろう。それを表明しないなんて、それじゃあただの集団自殺でござる」

「そこで俺たちの出番ってわけだ」


 兵藤さんはすぐ隣のコネクターに手を置く。


「北見に頼んで、急遽、数名の目撃者の記憶と衛星カメラの映像を複合して、記憶世界(メモリー・ワールド)を創り出してもらった。この犯行が組織的なものだとしたら、再び事件が発生する可能性が考えられる。事態は深刻だ。そのため、俺たちは可及的速やかに犯人のあぶり出しを行い、目的や組織を突き止める必要がある。いつも通り、二人が記憶世界(メモリー・ワールド)に潜り、他はモニターで観察。犯人の素性と目的に繋がる手掛かりを探れ。いいな?」


 全員が重く頷いた。


「よし、北見。準備はいいか?」

「ええ、いつでもオーケーよ」

「それじゃあ……二葉、瀧波。お前ら行けるか?」

「「はい」」


 兵藤さんに指名された二人は声を揃えて返答すると、コネクターの中へと身を寝かせた。すぐに記憶世界(メモリー・ワールド)へのダイブが始まり、二人の視点の映像がモニターに映し出された。

 そこは、ビルの乱立する街の中心だった。巨大な交差点の歩行者用信号が青を示していて、道路上には無数の人で溢れ返っている。今は再生を止めている状態のため、それらの人々は全てマネキンのように停止していた。


「二葉、瀧波。まずはこのまま交差点の中心に向かってくれ。そこに立ち止まる不審な男三人がいるはずだ」

「「了解しました」」


 二人の視点が動き出し、中心を目指してマネキンをかき分け進んでいく。

 そして交差点の中心が視界に入った時、その不審な男たちはすぐに見分けがついた。

 厚手のコートを着た三人の男たちが棒立ちし、ただ真っ直ぐに前を見ていた。周りに停止している人たちは歩く動作の最中に止まっているため、その違いははっきりとわかる。その男たちだけが明らかに立ち止まっていた。

 年齢層は三人ともばらばらで、二十代から五十代ほど。三角形の陣を作って立っていた。


「北見。至急この男たちの情報を洗い出してくれ」

「はいはーい」


 北見さんは慣れた手つきでコンピュータのタッチパッドを操作し、映し出された映像から男たちの顔を切り取って解析を始めた。


「二葉。瀧波。これから記憶世界(メモリー・ワールド)の再生を開始する。かなりの衝撃と惨いシーンが予想されるが……準備はいいか?」

「大丈夫です」

「……私も、大丈夫です」


 二葉さんの二つ返事の後、覚悟を決めるような間を置いて瀧波さんは答えた。

 そこでふと疑問に思った僕は「質問なんですが」と不躾に口を開いた。


記憶世界(メモリー・ワールド)の中ってあらゆる刺激をリアルに感じますよね。確か初めて記憶世界(メモリー・ワールド)に潜った時に頬をつねってみたら痛かったですし、他にも酷い頭痛すら感じた時がありました。それってつまり、記憶世界(メモリー・ワールド)の中では痛覚もちゃんと機能しているってことですよね。こんな間近で再生を始めたら二人とも爆発をモロに受けることになりますが、大丈夫なんですか? 熱かったりしないんでしょうか?」

「それなら心配ないわよー」


 北見さんがタッチパッドのキーボードを操作する手を休めることなく軽い調子で答えてくれた。


「強い痛みとか苦しさとか、必要以上に苦痛になるような刺激はシャットアウトするようプログラムが組まれてるの。頭痛に関しては、現実の佳由良ちゃんの体が本当に頭痛を起こしていたからじゃないかしら? 記憶世界(メモリー・ワールド)の中の痛みは遮断できても、現実の痛みはそのまま記憶世界(メモリー・ワールド)の中に伝わっちゃうから。つまり、今百花ちゃんの体をつねれば記憶世界(メモリー・ワールド)の百花ちゃんは突然つねられた痛みを感じるってわけね」


 そういうことだったらしい。まあ当然と言えば当然だろう。強い痛みまで感じてしまったら、たとえそれが幻の痛みでも精神に甚大なダメージを負ってしまう。死ぬほどの痛みを負えば、最悪の場合、ショック死することだってあり得るだろう。


「それじゃあ、北見。再生を頼む」

「はいはーい」


 北見さんが同時進行で別のコンピュータのキーボードを叩くと、モニターの中の世界が息を吹き返した。

 今までマネキンだった人々が動き出し、雑多な音で溢れ返る。でも、やはりあの男たちだけは立ち尽くしたまま動かない。

 二葉さんが男たちの前に、瀧波さんが斜め後ろにそれぞれ位置を取っていた。映し出されているその二つの視点の内、僕は二葉さんの視点のモニターを凝視した。


 そして――突然の爆発音。二人の視界が一瞬にして赤橙色一色に染まる。


「「きゃあああああああ!」」


 二葉さんと瀧波さんの悲鳴。それに被さって、記憶世界(メモリー・ワールド)の人々の悲鳴が入り交じる。


「なに、これ……!」

「まさかこんな酷い状況だったなんて……」


 瀧波さんと二葉さんは懸命に周囲へ視線を巡らせた。


 男たちは跡形もなく木っ端微塵に吹き飛び、まるでそこに命を焼き付けたかのように、黒い焦げ跡だけが道路に残されていた。周囲の人々も巻き添えを食らい、原型を留めていない無残な姿の遺体へと変わり果て、あちらこちらへ転がっている。そして、路面にぶちまけられてこびり付いたおびただしい血痕。道路が一瞬にして地獄絵図へと豹変していた。それはまさに血の海と表現するにふさわしい光景だった。


「な……なんだよこれ……!」


 御堂島さんが驚愕をそのまま口に出した。いや、誰もがその惨状に愕然としていた。

 これほどの大規模爆発だとは誰も予想だにしていなかったのだ。僕自身も、今現在東京でこんな悲劇が繰り広げられているなんて信じがたい気持ちだった。


「なんだよ、この馬鹿げた爆発は……」

「なんてえげつない……。一体どこでこんな爆弾を……」


 御堂島さんに続き、兵藤さんが渋い声で唸る。でも、問題はそこじゃない。


「北見さん。二葉さんの視点で見ていた爆発が起こる直前の映像を、もう一度見せてもらうことってできますか?」

「ええ、できるわよ」


 恐らく、全ての映像はログとして残っているのだろう。僕の要望に、北見さんはすぐに別のモニターへと先ほどの映像を出力してくれた。


「そのまま顔を拡大して停止して下さい」


 僕の要望通り、三人の顔がアップで映し出され、映像が停止される。


「どうかしたのか、雨宮?」

「……兵藤さん。『萩原重明』の事件、覚えてますか?」

「ああ、もちろんだ。そんなに昔の事でもないしな」

「その時とまったく同じなんです」

「同じ?」


 兵藤さんは眉を顰めた。


「普通、死ぬとわかっていながらこんな無表情でいられるものでしょうか。全ての生き物は本能的に〝死〟を恐怖します。だから自爆テロを起こす犯人は恐怖から挙動不審になったり、異常に汗をかいたり、あるいは薬物により気持ちを高揚させてその恐怖を紛らわそうとしたりするそうです。ですが、見て下さい。三人の顔、死ぬ直前だと言うのにまったく表情が変わっていません。まるで人形のように、怒りも絶望も感じられない。かといって、薬物を投与した時に見られる瞳孔の開きも見られないし、騙されて爆発物を持たされているといった様子でもありません」

「それと萩原重明の事件、どう関係があるんだ?」

「目です」


 僕は力強くそれを答えた。


「瞳孔は開いていませんが、誰一人としてどこを見ているかわかりません。目の焦点が定まっていないんです。そしてこの感情を排斥したかのような無表情。萩原重明にもまったく同じ症状が見られました」

「確かに……。言われてみればあの男も同じような顔をしていたな……」


 兵藤さんは唸って同意の色を示した。


「北見さん。この男たちと萩原重明、何か共通点はありませんか?」

「……驚いたわ。三人とも刑事部の逮捕記録に顔が九八・八パーセント一致の該当者あり。……って、萩原重明を含めた四人全員、少し前に更生プログラムを終えて千代田更生診療所を出所したばかりの元受刑者よ!」

「なんだと……!?」


 兵藤さんは声を上げて驚きを露わにした。

 となれば、もう疑問の余地はない。


「御堂島さん。その千代田更生診療所の受刑者に何かが起きていることは明らかです。僕たちで確かめに行きましょう」


 兵藤さんは指揮官のため安易に動くわけにはいかない。ござるさんでは頼りないし、そもそも兵藤さんのペアなのだからここに残すべきだろう。そうなれば、動けるのは僕と御堂島さんしかいない。


「確かめに行くったって、どうするつもりだ?」

「ディザーガンを使って関係者全員にメモリーエクストラクションすれば、何らかの手掛かりが掴めるかも知れません。かなり手間の掛かる方法になってしまいますが、もしそこに黒幕がいれば事態を急速に沈静化できます」

「確かに骨の折れる仕事になりそうだが……やってみる価値はあるな。いいですか、兵藤さん?」

「わかった。何かあれば直ちにこちらへ連絡しろ。必要とあらば上と掛け合って増援を送る。頼んだぞ」


 迷うことなく渋い顔を頷かせた兵藤さんに見送られ、僕と御堂島さんは第一係室を後にした。並んで足早に廊下を歩き駐車場へと向かっていると、その道中、御堂島さんは何やら嬉しそうに口角をつり上げて僕を見てきた。


「……何ですか? ニヤニヤして気持ち悪い。セクハラで訴えますよ」

「いや、嬉しくってよ。自分から積極的に動くなんて、お前も成長したじゃねぇか。何があったのかは知らねぇけど、吹っ切れたって感じだ。今のお前、生き生きしてるぜ」


 そんなに顕著に変化が現れているのだろうか。自分では特に何かを変えるよう意識していたわけでもないため、少し気恥ずかしい思いが込み上げた。

 でも確かに、これほど熱意を持って何かに取り組もうとすることなど、以前の僕だったら考えられないことだったろう。全てに消極的で、生きる事にさえ執着がなかった前の僕では、あり得ない。

 それもこれも、周りの皆のお陰だ。とくに、僕を叱責してくれた瀧波さんの厳しさと、どんなにあしらってもゾンビのように蘇り僕と距離を詰めようとしてきた御堂島さんの温かさには、感謝しなくてはならない。


「……お人好しな誰かさんに感化されたのかもしれませんね」

「ん? 誰のことだ?」

「さあ、誰でしょう」


 僕は笑みを浮かべ、少し足を速めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ