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『勇希! ダメだよ、危ないよ!』
『でも、まだ心ノが……! 心ノたちが中に……!』
絶望に染まる瞳で燃えさかる孤児院を見上げ、銀髪の少年は運命に藻掻くように叫んだ。今にもその業火の中へと飛び込んでしまいそうな彼の、その焼けただれた右腕を、僕は必死に引っ張って引き留めた。
『ああ……そんな……! 嘘だ……こんなの嘘だ……!』
やがて、彼は現実を拒むように、その場に崩れた。燃えさかる炎は、僕たちの絶望と後悔をあざ笑いながら、闇空を明るく照らし続けた――
その悪夢の景色は、礫を投げ入れられた水面のように揺らいで消えた。そしてはたと気がつく。自分が静かな水の中を漂っていることに。
暗く深い、水の中。でも不思議と息苦しくはない。それに温かくて心地が良い。まるで胎内にいるような、遙か昔の、生まれる前の記憶を見ているような、そんな感覚がした。まだ夢の中なのだろうか。
――僕は、何をしていたんだっけ……。
必至になって思考を回転させ、これまでの経緯を思い出そうと試みる。脳裏に思い出されたのは、白く清潔な部屋で、カプセルのようなものの中に寝そべる記憶――
『安心してください。目が覚めた時には、きっと――』
優しげな男性の声まで蘇って、しかし最後まで思い出す前に、波打つようにその記憶はかき消された。
それ以降は、もう何も思い出せなかった。昨日何をしていたのかすらも、思い出せない。霧がかかったみたいになんだか頭がぼやけている。それは、眠りに落ちる直前の微睡みに似ていた。
見上げると、光が見えた。夜の海の底から満月を見上げたような淡く揺らぐ光が。
ああ、あの光に向かわなくちゃ――不思議とそう思った。
僕は泳ぎ始める。確かな水の抵抗を感じるのに全く息苦しくもない不思議な水中を漂うように。そして何かの入り口のようなその光へ、手を伸ばした。