コップの中
仲間と飯を食っているときだった。
コップに注いだ水に、知らない男の顔が映った。
振り返ってみるが、後ろから覗きこんでくる不審者はいない。
俺は食い終わった器に水を捨てて、新しい水を注ぎ直した。
やはり顔が映る。しかも俺を見て笑う。
それでピンときた。
これはあれだ、子どもの頃に読んだ怪談と同じだ。
怪談の内容はたしかこんな感じだった。
ある侍が茶を飲もうとするとそこに幽霊の顔が映った。
侍は茶を捨てて注ぎ直すが幽霊はそこにも出てきて侍を嘲笑う。
キレた侍は茶ごと幽霊を飲み込んでしまう。
すると侍の前に幽霊の家来を名乗る連中が現れ、主の敵を討つと宣言してくるのだ。
俺は改めてコップを見た。
水面に映った顔はワクワクした目で俺を見てくる。
なにやら期待されているようだが、俺はこいつを満足させられるほどのユーモアを持ち合わせていない。
面倒だから放っておくか。
思案していると、隣のやつの手がニュッとのびてきて、俺のコップをつかんだ。
「あ」
「あっ」
俺と誰かの声が重なる。
幽霊は驚いた顔のまま飲み込まれた。
「おっ、すまん間違えた」
隣のやつは自分が飲み込んだものに気づいていないようだ。
果たして家来は敵討ちに来るのだろうか。
できれば不幸な事故として水に流して欲しい。
引用:小泉八雲「怪談:茶碗の中」




