守護霊
友の白川と飲んでいるときだった。
気になるヤツがいると、白川が言い出した。
気になると言っても色っぽい話じゃない。
知り合いに、おそろしく悪運が強い男がいるらしい。
そいつは、白川でもしないような無茶をやらかして、毎回無事に戻ってくる。怪我をしてもせいぜいかすり傷程度だという。
こいつが無茶と言うのだから余程だろう。命知らずなやつだ。
「きっと守護霊か何か凄いヤツがついていると思うんだ。お前、一度見てくれよ」
「断る」
霊視など冗談じゃない。そもそもできない。俺は霊能者じゃない。
だが白川は引き下がらなかった。
気になることに首を突っ込まずにいられないのは、こいつの悪い癖だ。
結局、その知り合いに俺が「見える」ことは言わないこと、成果がなくても俺は責任を負わないこと、何がついていても本人に言わないこと、この三つを条件に、引き受けることにした。
奢ってくれると言うし、会ってみるだけならまぁいいだろうと思った。
しかし俺は引き受けたことを後悔した。
待ち合わせの店に入った瞬間、すげぇ臭いがした。何かが腐ったような強烈な臭いだ。
白川が俺に気づいて手招きする。
まさかと思ったが、臭いの元は白川の向かいに座っていた男だった。
それからは散々だった。
臭いは凄いし、男の背後にいるやつが気になってしかたがない。
たぶん女だろう。男の体にガシッと腕を回して、離れるものかと言わんばかりにしがみついている。
あの様子だと興味が俺に向くことはないだろうが、変な誤解をされてはかなわない。
俺はそいつと目を合わせないように、ずっとうつむいていた。
「おい、どうだった?」
店を出て男と別れた後、白川が期待した顔で聞いてきた。
俺は見たままを話した。
「へぇ。お前の様子がおかしいから何かあると思っていたが、まさか悪霊とはな」
げっそりした俺の隣で白川は面白そうにニヤニヤしている。
「それにしても、そんなのが憑いているのにどうしてあいつは強運なんだ?」
「俺が知るかよ」
何度も言うが、俺は霊能者じゃない。
「関わらない方がいいぞ。あれはヤバイ」
下手に関わればこちらが取り込まれる。そのくらいは俺でも分かる。
「べつに何もしないさ」
白川はあっさりそう答えた。
「女にだらしないやつだからな。怨霊になる女の一人や二人いてもおかしくない。自業自得だ」
「……そうか」
こういう時のこいつの見切りの早さには感心する。
どんなに無茶をしても本当にヤバいギリギリのラインは踏み越えない。そういうやつだ。
あの女も、白川の十分の一、いや、百分の一でも割りきりがよければ、あんな有り様になっていなかったかもしれない。
「守護霊見物のつもりがとんだ事になっちまったな。飲み直すか」
白川の一言で、俺は腹が減っていることを思い出した。
さっきは気持ち悪くて折角のただ飯がほとんど喉を通らなかった。
「次もお前の奢りだからな」
詫びのつもりだろう。白川は文句も言わずに了承した。
こいつが青ざめるくらい食って飲んでやる。
そう心に決めた。
それからしばらくして、あの悪霊憑きの男が警察に捕まったと白川から聞いた。
男は車で逃走中にトラックと衝突したが、かすり傷ひとつ負わなかったらしい。
H30年9月13日 一部改稿




