電車の男
電車に異様なヤツがいた。
姿は地味なサラリーマンだが、そいつの周りだけ空気が澱んでいる。
明らかにこの世のものではない。
俺はそいつから目をそらし、見なかったことにした。
下手に車両を移動したりすると逆に目をつけられかねない。
ああいうのは無視が一番だ。
ふと前を見ると、向かいに座っているOL風の若い女が、ヤツを凝視して固まっていた。
見るな。
俺のテレパシーが届いたのか(そんな能力は持っちゃいないが)、OLははっとしたように俺を見た。
見ない方がいい。
俺が小さく首を横にふると、OLは微かに頷いて目をそらした。
ヤツが俺たちに興味を示す様子はない。
俺が肩の力を抜いたときだった。
「ねぇ、あの人キモくない?」
女子高生の無邪気過ぎる声が車両に響いた。
「ちょっと、声大きいよ」
もう一人の女子高生が慌てている。
「聞こえないって」
聞こえているぞ、女子高生。むしろ車両中に響き渡っている。もう少し自分の声のデカさを自覚した方がいい。
空気が読めない女子高生は、どうしても自分が正しいことを認めさせたいらしい。ツレの女子高生が話題を変えようとするのに構わず、ムキになってヤツのことを言い続けている。
ツレの女子高生よ、もういい、お前だけでも逃げろ。
そいつは今無事に済んだとしてもいずれ何かに巻き込まれる。
巻き添えを食う前に逃げろ。
俺がそう思って顔をあげたときだった。
「うわっこっち見た」
声のデカイ女子高生が焦ったように半歩引いた。
「……」
横目でうかがってみるが、ヤツは女子高生を見ていない。
「……」
俺か。
なるほど、あの女子高生にはヤツが見えていないようだ。
それなら俺がOLにとった行動は変に見えたに違いない。
そうに違いない。
俺は居心地の悪さを誤魔化すように咳払いして座り直した。
目の端で、ヤツがニヤっと笑ってこちらを見るのが見えた気がした。
H30年9月13日 一部改稿