タクシー
帰宅ラッシュの時間に、電車が運転見合せになった。
いつまで経っても運転は再開されない。
苛立った利用客が駅員に詰め寄っている。
だが駅員は、運転再開の目処はたっていないと繰り返すばかり。
これでは埒が明かないと駅を出ると、バス停もタクシー乗り場も長蛇の列ができていた。
行列が苦手な俺はそれを見ただけで辟易し、歩いて帰ることにした。
かなり距離があるが、日付が変わるまでには家に着くだろう。
線路沿いに歩いて、その間に電車が動き出したら乗ればいい。
軽い気持ちで歩き始めたが、想像以上にキツかった。
スマホで確認してみたが、電車はまだ運転を再開していない。
ときおり俺を追い越すバスは満員、タクシーは全て客を乗せている。
とぼとぼ歩きながら、諦めきれずにチラチラ車道を見ていると、後方に「空車」の表示になっているタクシーが見えた。
天の助け!
俺は助けを求める遭難者のように、ブンブン手を振ってタクシーを呼んだ。
タクシーはスーっと車線を変え、俺に近づいてくる。
心踊らせタクシーを待っていた俺は、運転手を見て血の気が引いた。
顔が無い。
光の加減かと思ったが、そうじゃなかった。
運転手には目も鼻も口もない。
逃げようとしたが間に合わなかった。
タクシーは俺の前に停まり、ガチャリと客席のドアを開いた。
ヤバい。
硬直していると、くたびれたスーツを着たおっさんが、さっと俺とタクシーの間に身を滑り込ませ、座席に座った。
「おいっ! それ…」
止めようとしたが間に合わなかった。
タクシーはバタンと扉を閉め、走り出した。
窓越しに見えたおっさんの澄ました横顔が、しばらく頭から離れなかった。




