88話 食欲は力、らしい?
「小娘、キサマ……肉と言い果実と言い先程から吾輩に吹き付けてきおって…… あれか、牛が喰えない腹いせに吾輩の骨でも齧るつもりで下拵えでもしているのか? ん?」
「ご、ごめんなさい。 そうじゃなくてですね、世の中って思いの他狭いなーってのを実感させられることがありまして、それで思わず吹き出しちゃったんです。 いくら僕でも、ウルズさんに齧りつきたくなるような非常事態はそうそう起きる訳ないですよ、多分?」
「おい、それは裏を返せば…… いや、起きる訳ない…… うむ」
自分のしでかした事とは言え、非常にフルーティーな香りを漂わせるウルズさんに詰め寄られるのも結構きつい物がある。ウルズさんって水洗い大丈夫だよね?後でいろいろ吹き付けてしまったお詫びとしてしっかり丸洗いしてあげよう。
「で、噴き出して問題無い程度には腹は満ちたのか? デブゴンとの遭遇の心配がなくなったのならば先に進むぞ」
「正直言うともうちょっと詰め込める余裕がありますが、この位なら自制を聞かせる事は出来るんじゃないかなーと思いますよ?」
食べたり無いけど、今はさっさと帰って母さんに姉さんの事を問い質してみたいのが先決かな。それに僕のせいでこれ以上進行を遅らせるのは、イエーガーさん達に申し訳ない。姉妹揃ってホントすみません。
「ならば行くか。 爺、お前たちの方も問題無いな?」
「うむ、おかげで休息は十分じゃ」
「そうか、ならばまずは手すりの方まで移動しながら今後の話を詰めよう」
お尻に付いた埃を払いつつ、皆の後ろに付いて行こう。今後とか言ってるけど、牛はウルズさんが戦うって言ってたから僕も皆と一緒に高みの見物でもしてのんびりしよう。
「ならば、この下に居るモンスターなのだが……」
「ウルズ殿、ここにモンスターが上がってこないのならば怪我人をこの場に置いて、儂等もそこの下に居るモンスター退治の手伝いをしますぞ」
グッとこぶしを握って意気込みを語るイエーガーさんに続くように、ヘルフェさんとルインさんもうなずいている。けど、恐らく今日一番の見せ場を奪われない為にもウルズさんは首を縦に振ってくれないだろうな。
「手伝いなど、いらん。 むしろ爺共が戦闘に加わると小娘の仕事が増えるだけでなく、吾輩の華麗で鮮やかな立ち回りに喝采と称賛を送る者が居なくなってしまうではないか。 大人しくこの先の手すりから下を覗き込んで、吾輩が如何に素晴らしい戦いをするのか目に焼き付け称賛の言葉を考えているが良い」
やっぱり。
「しかし、一人ではあまりにも危険では?」
「二層目の石人形如きに死に掛けている者が近くに居る方が危険だ」
「ぐぬっ」
「この下に居る奴は一層目のネズミやコウモリの様な俊敏性と、二層目の石人形の強靭さを足して二で掛けた様な奴らだ」
え?そんな強いのこの牛?この前はいつの間にやら殺しちゃってたので、そんなイメージ無かったんだけどなぁ。あと、紹介に美味しいが入ってませんよ一番重要な事なのに。
「それを逃げ場も隠れる場所も無い空間で複数同時に相手をせねばならん。 大人しくそこら辺で観戦しているがいい」
「……そうでしたか。 情けないが、足手纏いと言うのならそうさせて頂こう。 しかし、もしもの事態が起こったのなら直ぐに我らを呼んで下され」
「爺よ、お前の誇りを砕くような言い方をしてすまんが、万が一いや億が一もしもの事が起こっても呼ぶ事は無い。 残念だが、お前達三人よりもそこの小娘一人の方が実力は遥かに上だからな。 事が起これば小娘に救援を頼むさ」
「なっ!?」
うわっ、凄い形相でみんなが見て来る。ウルズさん、僕これからこの人達と上に残ってのんびり観戦する予定なんですよ?それなのにこのギスギス感、どうしてくれるんですか?ルインさんだってそれは無いなーって顔しちゃってるし。
「ウ、ウルズ殿! 確かにクリス君はウルズ殿を使役するほどの魔力は勿論、結界や回復魔法の扱いに長けている様じゃが、この様な少女に戦闘力があるとは……」
そうですよ、イエーガーさんの言う通りです!僕に戦いを求めるとか頭がおかしい人だって思われますよ。あ、しまった骨だ。
「ふむ、確かに普段はチンチクリンだからそう見えるがな。 特定の条件さえ揃えば、吾輩と同等かそれ以上だぞこいつは」
「ま、まさか……そのような事……」
「条件が揃った時限定だから、そう見えても仕方が無いがな」
チンチクリンはちょっと酷いんじゃないかなぁ、まだポヤヤンの方が良いな。の前に、僕がウルズさんと同等かそれ以上?そりゃあ、確かに全力でロッドを振って当たればウルズさんを壊せそうな気もするけど、まず当たる訳が無いです。魔法だって一番得意な炎はグングン吸っちゃうし、他も当てる自信もロッドと同じで無理そう。
「ねぇねぇ、ウルズさん。 僕が聞くのもなんか変な気がしますが、条件って? すっごい狭い所で戦うとか?」
「条件か、口で説明するのは少々面倒だな。 説明よりもキサマの力の一端を体感させてやろう。 小娘よ、ちょっと耳を貸せ」
「何です?」
フルーティーなウルズさんに耳を傾ける。珍しく小声?聞かれちゃまずい事でもあるのかな?
「まだ、腹は八分と言ったところか?」
「へっ? えっと、八分……六分位ですかね。 って、急に何です? これ小声で話す事です?」
「少々貴様にはここまでの道で無理をさせていたからな、腹をしっかり満たす機会を作ろうかと思ってな。 吾輩が先導して四層目に降りて行き、キサマは一人残って腹を満たせ。 ブレスレッドに入れて持ち帰る分も含めたら今日はこれから牛祭りだぞ」
「なん……ですって……」
そんな事、して良いの?そりゃあ、食べて良いと言うのでしたら遠慮なく頂きたいですけど、そんな余裕無いと思うけど。
「食べてる時に、僕が居ないって分かれば誰かしら戻って来ちゃうんじゃ?」
「吾輩がそれなりな理由を付けて引き留めておいてやる。 だからそんな心配は無用だ、キサマはただ牛の事だけを考えるが良い。 程よく焼けた肉の香ばしい匂い……滴る肉汁……噛み付いたときの歯ざわり……舌に絡みつく油……」
「……、……牛ぃ」
お昼ご飯二回戦に牛、夜も牛、母さんに一頭おすそ分けしても、明日の朝も牛。……ウルズさん言う通り牛祭りじゃないですか。サイコーですっ!!折角だし帰ったらどこかでお肉に合うハーブと岩塩を手に入れよう、母さんに聞けば何かしらおススメを教えてくれるかな。
「ふむ、想像以上に単純な思考回路で、吾輩ビックリだ。 小娘よ、戻って来い! ソイッ!!」
「あ痛っ!」
折角の牛三昧な素敵な妄想中だったのに、ウルズさんに頭を叩かれたせいで中断せざるを得なくなってしまった。もうちょっと浸りたかったのに、残念です。あれ?そう言えば何でこんな話になったんだっけ、確かウルズさんと同等かそれ以上の力があるとか何とかの条件を聞いていたはずだったのに。
「ウルズさん、何で牛? 僕、ご飯の話なんて聞いた覚え無いんですけど?」
「うむ、条件を発動させるのに必要だったかなら。 爺共を見て見ろ」
「ん?」
見回してみると、皆呆けたように目を見開き口を開けて硬直しているけど、どうしたの?さっきまでの僕に向けてたそんな事ないだろうって視線はどこに行ったのだろう、僕何もまだやってないよ?
「ウルズさん、何か皆が怖いです」
「怯えるな、こいつらは呆気に取られて硬直しているだけだ」
「呆気に? 何で?」
「覚えているかどうか知らんが、吾輩何度かキサマにドス黒い物が出ていると言ったことがあるだろう?」
え?
「あれを爺共に見せただけだ。 幾ら実力者と言え、先程のキサマの姿を見たら硬直するのも当然だ」
え?
「まさかぁ、そんな事ないですよ」
「理性が飛んだキサマは、冗談抜きで禍々しく吾輩でも抑えられる自信がせんぞ。 どうだ、これがキサマの実力だ。 案の定、自分の力に気がついて居なかったか。 ま、吾輩のサポートなしにその力を引き出せない様だからな、自分でも気が付いていない力の一端を知る事が出来た事に感謝するが良い」
僕の力か……力が欲しいと思った事は何度もあったけど、今の自分の力についてはしっかり考えた事なかったな。ま、使った事も覚えていなければ使い方も分からない様な力よりも、ウルズさんがピンチの時は上から炙ってあげた方が効率が良さそうだから、そっちで援護しよう。




