76話 聞こえちゃったんだよね
「牛~♪ 牛牛~……」
一択しかないけどお昼ご飯の献立を考えながら、三層目へ続く階段を塞いでいる結界に手を添え、前に来た時と同じく魔力を込めて結界を解除する前に一度ウルズさんを伺ってみる。
「牛ぃ~」
「ん? 進まんのか?」
斜め後ろに立って居るウルズさんは、僕の視線を感じたのか魔剣なにがしをプラプラと振り回しつつ特に何をするでもなく、僕が結界を解除するのを待って居てくれてる。
「……牛っ!」
「何だ? さっきから牛牛と、さっさと結界を解除して進まんか。 あれか? この間はデブゴンとか言ったのを根に持っているのか? 事実を言っただけなのにいちいち気にするな」
「サラッと酷い事を言われた気がするけど、そうでは無くてですね……」
僕が結界を解除しない理由は他にある。耳を澄まさなくても聞こえる、二層目に降りて来た時とは違いそこそこ近そうな場所から響いて来る戦いの音と、流石にかすれて聞こえるせいで意味までは聞き取れないけど叫び声。
「二層目に降りてからずっと誰かが戦っているみたいですけど、困っていたりするんでしょうかねぇ。 それとも、何か別の目的でずっと戦闘を続けているだけでしょうか」
「石人形共からは一層目のネズミだとコウモリと違い、肉も骨も獲れんからな。 恐らく逃げ場が見つからず応戦しているだけだろう」
「採石業者の人が石を獲りに来たりとかは……はい、無いですよね」
珍しくウルズさんに無言で睨まれた。なんとなく思った事を口に出しただけですので、そんな圧力をかけて来ないで下さい。でも、あの魔導人形に使われている石はそこら辺に落ちている石よりも、綺麗ですべすべしているので、チャンスがあったら持ち帰って土嚢の周りに配置して花壇の枠として使いたいなとか思っちゃったりしているんですけどね。
「じゃあ、あの人達はこのままだと、残念な事になっちゃうわけですよね?」
「憶測でしかものは言えんが、そう言う事だな」
「……、そう言う事ですか」
どうしよう、助けに行った方が良いのかな?流石にこんな所まで来る人達はそれ相応の覚悟を持って来ているだろうから、今みたいなことになっても仕方のない事だと思う。それに、僕にだってやらないといけない事があるし、そもそも行ったところでどうにかなるかもわからないし、昨日から冒険者にちょっかいをかけまくっているウルズさんは妙にそっけないし、本当にどうしよう。
「ウルズさん」
「何だ?」
「そのっ、助けに行くぞーとか言わないんですか?」
「何を言っているんだ小娘? 吾輩は上の階で言っただろうに、我を通させて貰った以上キサマの邪魔をするつもりは無いと」
「そっ、そうですよねー」
残念だけど、冒険者の人達にはご縁が無かったという事で、御愁傷様です。……なんて事、簡単に切り替えられるわけないじゃない。多分、探せばそんなに時間が掛からない所で、見ず知らずの人とは言え人の命が尽きようとしているのに、見殺しにするのもちょっと気が引けてしまう。時間が掛からないようなら寄り道をするのも問題はないかな。
「ウルズさん。 もし、もしもなんですけど助けに行くとしたらどのくらいの時間が掛かると思います?」
「ふむ、そうだな。 楽観的に考えるか? それとも、悲観的に考えるか? 考えによって全く異なる」
「じゃあ、楽観的でお願いします」
とりあえず、ポジティブに!
「ふむ、救出対象まで移動して吾輩が石人形共を相手にしつつ、キサマが怪我人を回復。 あとは退路を切り開いてやって逃がしておしまいと言ったところか」
「おぉ、それならあまり時間が掛からないんじゃないんですか?」
「そうだな、全てが旨くこちらの考え通りに運べばそんなに掛からんな」
これなら、お昼ご飯をちょっと我慢する事になるけど、今日中には四層目に間違いなく到着できる。いくら目標を優先したいからって、助けられそうな人を見殺しにしてまで進むのは寝覚めが悪い。あと良い事したって言う、自己満足感も得られてお昼もさぞかし美味しく頂けるだろう。
「一応、悲観的な方も説明するか?」
「うーん、聞いちゃうと助けに行きたくなくなっちゃうかも」
「まぁ、そうだな。 聞いたら助ける気など起きないだろう」
「そこまでっ?」
キッパリと言い切られると、ちょっと気になっちゃう。
「あの、かるーーーーーーーーーーーーーーーーくでい良いので、非常にマイルドな感じで、僕のやる気を削がない程度で悲観的な考えの説明って出来ます?」
「軽くか? 二層目全ての石人形共を破壊する事になり、足手纏いをを庇いながら一層目……いや、神殿の入り口まで吾輩達も戻る事になるな」
そ、それってつまりは、今日はどう考えても四層は無理ですコースじゃないかな?
「……ひ、酷い、軽くマイルドでお願いしますって言ったのに、何でそんな僕のやる気を削ぐの? そんなことしたら今日中に四層まで行けなくなっちゃうから、助けに行く気が無くなっちゃったじゃないですか」
「知るか、第一に約束の期日は明日までなのだろう? 別に今日だどりつかなかったからって、明日も無理と言う訳で無いだろうに? 二日連続で問題があったからって、三日目も問題があるとは限らんだろうに。 ほれ、三度目の正直と言う奴だ」
世の中には、二度あることは三度あるなんて言葉もある。三度あるのと、三度の正直はどっちが強いんだろう?きっと決着なんて付かないか。ちなみに今の僕は、三度ある派です。
「で、どうする小娘?」
「え? あっそうですね、冒険者の人達には申し訳ないですが、この度はご縁が無かったという事で……」
後ろ髪は引かれるけど、今日一日を潰してしまう様なリスクを負う気は無い。自己満足というスパイスは無くなってしまったけど、美味しい牛が待っててくれるんだ。さぁ、前へ進もうじゃないか。
「牛~♪牛牛~うしぃぃ~♪ うっ!!」
気持ちを高ぶらせる歌を歌いつつ、結界に手を添えた瞬間。今まではかすれて音としか認識できなかった声が、初めて言葉として耳に届いたせいで膝から力が抜けて思わず尻餅をついてしまった。
「小娘ッ?」
「……ウルズさん。 冒険者の人達はどこらへんにるんでしょうか?」
「ぬっ? ここからだと吾輩が全力で走って5分程度で辿り着ける大部屋だが?」
「……良くそこまで分かりますね。 最初から助ける気満々でした?」
「うむ。 小娘の言葉一つでいつでも急行出来る様にはしてある」
そうでしたか。あーそうか、僕の邪魔はしないって約束をずっと守ってくれていたんですね。
「急にどうした? 先に進まんのか?」
「聞こえちゃったんですよね。 さっきまでは、ここまで響いてくる声ってかすれているせいで何を喋っているか分からなかったんですけどね、今『助けて』って耳に届いちゃったんですよ」
さっきからコロコロと考えを変えて一貫性が無いな、僕は何をやっているんだろう。声がしっかり届くまでは心のどこかで、何とか逃げる事が出来るんじゃないかなとか考えていたんだけどね、実際に理解できる言葉が届いちゃうと、流石に駄目だ。
「で、『助けて』って耳に届いたからどうするのだ?」
「分かってて聞いてますよね?」
「うむ、邪魔をする気は無いからな。 キサマの選択を尊重するぞ」
選択? もう決まっちゃってるじゃないですか……
「……助けに行きましょう」
「よし来た、任せるが良い」
「えっ?」
言うや否や、ウルズさんが駆け寄って僕を脇に抱えると一気に加速する。またこれ?なんかここ一番の時は必ず誰かに抱えられている気がするんですけどっ!てか早い、目が回る。
「ウルズさん、は、速過ぎですっ。 もうちょっとデリケートに!」
「フハハハハハ、無理だ。 間に合う物も間に合わなくなるぞっ、とりあえず舌を噛まない様に歯を食いしばっていろっ」
「あっ、いつものウルズさんだ」
急に、テンションが上がったウルズさんに抱えられ一路、大部屋と言う所へ。




