49話 独り言、だったんだけどなぁ……
ルインさんから聞いた話では母さんの噂が囁かれるようになったのは二週間程度前。
そう、たった二週間前でしかない。
有力な冒険者や国が噂の吟味をし準備を完了させ、そしてこの街に移動を完了するには短い時間な気がする。
多分、これから大勢の力を持った人達がこの街に到着し、地下の調査を行うだろう。
そうなれば、二層へ続く階段の埃の上にも沢山の足跡が付くはず。
焦る必要は無い、二層の人口が増えれば増える程それだけ僕の危険が減るのだ。
だからまずは危険の少ない一層目の地図を作る事に注力するべきだ。
これは逃げではない、戦略と言うものだ。
だから、どこぞの冒険者だろうが国だろうが何でも良いので頑張って下さい、お願いします。
と、願望だか言い訳だかを頭の中で反芻しながら、午後の食堂でバターとメープルたっぷりのパンケーキを頬張って居たのは四日前の事だった。
そして今日も僕は二層目へ続く階段を見下ろし、足跡が増えて居ない事に落胆しつつ溜息を吐く。
「……はぁ。 今日も変化なしか、もう少し待ってみようと思うけど何か別の方法を考えなければいけない気がして来たよ、まぁ君にこんな愚痴をこぼしても何か変わる訳じゃないだろうけどね」
階段の横に転がっている冒険者の死体(骨)に語り掛ける。
誰も来ない地下の通路に転がっている死体に話しかける少女……きっと傍から見ればこの街に新しい噂が立ってしまいそうな光景だけど誰も来ないんだから気にしない。
「これが見えるかい、骨くん。 これはね僕が母さんに言われて作り始めたこの神殿の地図なんだ」
手にした紙を冒険者の死体(骨)の顔に近づける。
地図を作って居ればそれなりな時間が経つと思っていたのだけど、残念ながら広いとは言え元物資の保管庫、直線的な間取りはモンスターさえ襲って来なければ障害らしいものは何も無くあっと言う間に完成してしまった。
唯一おや?っと思ったのはモンスターが湧き出る魔法陣が所々に配置されているくらい。
ついでに骨くん、君もこの地図に載せてあげてるよ。
「これから二層目の地図も作りたいんだけどね、この先のモンスターは怖くてね。 ここで僕に戦闘の経験を積ませるつもりは無いって母さんが言うって事は多分……本当に多分なんだけど、僕の力があれば問題無く進めるんじゃないかなとか思っているんだよね」
地図を鞄にしまって、骨くんの横に腰を降ろす。
益々誰かに見られたら騒ぎになりそうだけど、誰も来ないったら誰も来ない。
「でも、怖いんだ。 人……ううん、人の形をしたものと対峙すると頭の中がグルグル回って体が固まって何をどうして良いのかが分からなくなっちゃうんだ。 昔、訓練だって言われながら一杯叩かれたせいでね……どうしてもダメなんだ」
まずい、こんな場所で一人で骨になんか話し掛けていたせいで変な事を思い出してしまった。
気を紛らわせる為に呟いていたのに、余計気分が沈んでしまった。
いや、骨くんのせいにしてはいけないな、何か話題を変えないと。
「そう言えば骨くん。 君はどうしてこんなところに居るんだい? 生きていたころはやっぱり冒険者だったの? それに名前は?」
応えはない、只の屍……そりゃ当然。
外に出ても特にする事も無いし、お昼までここでボーっとしてるかな。
ついでに、地図の見直しもしておくか、変な所があったら今日はそこの散策に行こう。
「……ウ……ルズ」
ん? どこかから声? 誰か来た!?
慌てて地図から顔を上げて周りを見回すが誰も居ない。
遠くの曲がり角の先に居るのかと耳を澄ますけど、足音も聞こえない。
「ウル……ズ……、我が名は……ウルズ……」
耳を澄ませていたせいで、声の発生源を直ぐに特定できた。
その瞬間、体中が粟立ち冷や汗が噴き出て来る。
大きく目を見開き、震えの止まらない体を必死に抑え、首を曲げる。
「小……娘……、キサ……マは、何者……だ……」
何者って、貴方が何者ですか骨くん。
だ、駄目だ! 驚きすぎて腰が抜けて立てないし、杖を持とうにも震えすぎて上手く力が入らない。
どうしよう、骨がっ骨がカタカタ震えながら喋り始めた。
「あ、あの……ク、クリスです……」
相手も名乗ったのだし、こちらも名乗り返さないのは礼儀に反する。
違う、そういう場合じゃない。
逃げないと、腰が……腰がぁぁぁぁぁ
「悠久の……眠りに付いた……、吾輩を目覚めさせた……理由を言え……」
嫌ぁ、だんだん声がはっきりして来たぁ。
目覚めさせてません、決して目覚めさせてませんよぉ。
そのままお眠りください、なんなら灰になるまで火葬だってしますよ。
「どうし……た? 理由を言え……」
死んだ人間を生き返らせる、そんな非現実的な事出来る訳ないでしょ。
そんな事、御伽噺の中だけで実際にある訳、ある訳……
今更過ぎる現実に気が付き、頭を抱えて前のめりになる。
「僕が、そんな御伽噺の中のような存在だったぁ」
「大……丈夫か……?」
「ご、ごめん骨くん。 少しだけ、少しだけ頭の中を整理する時間をっ!」
「分かった……が、吾輩の名はウルズ……だ……」
落ち着け、落ち着くんだ兎に角落ち着いて。
まずは会話をしよう、きっと骨くんに悪意があるなら名乗る前に襲って来たはず。
それが無かったという事は、この骨くんは悪い骨くんでは無いはず。
こうして、見る人が見たら恐怖しか沸かないであろう似つかわしくない場所で一人座る少女と、骨との会話が始まる。
僕が第三者でこの場に居合わせてしまったら、脇目も振らずに逃げるね。




