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11話 遅くなったお別れ

母さんの巣の麓にある村、その宿屋に併設されている食堂で僕は朝ご飯を食べる。

一年くらい前に一度だけ来ただけなのに、おばちゃんは僕の事を覚えてくれていた。

覚えてくれていた事にビックリして聞いたら、商売柄人を覚えるのが得意な上に、僕の見た目も特徴的だったから記憶に残っていたらしい。


「ご馳走様でした。 お代はここに置いて置きますね」

「まいどー 今度はまた、お母ちゃんと一緒に来てねー」

「はい!」


食堂を出てふと思う。

そう言えば、生まれ変わった僕が初めて話した人間は、あのおばちゃんだった様な気が。

村の広場に移動して周りを見ると、今日はキャラバンが居ないので閑散としていて少し寂しく感じてしまう。

今、髪に付けている髪留めはここで買ったんだっけ。


村から出て街道を暫くの間のんびり歩き、周りに人が居ない事を確認したら街道から外れて森の中へ。

暫く周りを観察しても誰も来ないのを確認して竜に戻る。


見上げると母さんの巣がある山、母さんの尻尾を咥えて引っ張って貰って初めて体験したあの速さに、体が震えたっけ。

今なら分かるけど、母さんはちゃんと僕を気遣って、咥えていられる速さで飛んでいてくれたんだなぁ。

いつも雲が山頂を隠しているけど、あの雲は人を遠ざける為の魔法か何かなのだろうか。

今度、母さんに合った時に聞いて見よう。


巣から離れる様に海岸線に沿って飛び、グングン速度を上げて行く。

始めてここを飛んだときは休憩を入れつつ一日以上掛かって母さんの巣まで飛んだ記憶があるけど、今は休憩もせずに数時間で初めて海を見た場所まで移動出来た。

ちゃんと竜として成長出来ている事を改めて実感。


翼を翻し海岸線から離れ森の方へ。

太陽が頂上に登る頃まで飛んでいると目的地が見える。

その手前にある池の周りでお昼ごはんにしよう。


手頃なお昼ごはんに目標を定め、翼を窄め一気に急降下。

地面すれすれで翼を広げて速度を殺し四本の足でしっかりと着地の衝撃を受け止めつつ、お昼ごはんに喰らい付く。

お腹を満たした後、目的地の洞窟の前まで移動して、始めて来た時は絶望と恐怖しかなかった洞窟に、僕は決意を持って入る。


暫く歩くとその先には深い、人の目では底の見えないとても深い縦穴。

底からここまで昇って来るだけで、ヘトヘトになったっけ。

でも、母さんは休ませてくれなくて直ぐにここから離れたんだよね。

さっきお昼ごはんを食べた所の近くにあった池は、初めて水浴びした場所だったのかな、流石に思い出せないや。


着地の衝撃で地面に風を巻き起こさせない様にゆっくりと穴を降りる。

降りるにつれ、底の様子が鮮明に見えて来た。

僕が入っていた卵の殻と……



ゆっくりと慎重に着地した後、人化して数歩進んだところで足を止め下を向く。

人だった頃の僕の躰、もう一年以上経っているせいで骨しかない。

あの時はまともに見る事が出来なかったけど、こうやって見ると凄い衝撃だったんだね。

骨がバラバラに砕けてるや。


「ごめんなさい。 来るのが遅くなってしまいました」


飛び散っている骨を纏める為に手を動かす。


「僕が、僕に向かって話しかけるのも、何か可笑しな感じがしますね。

 きっと、周りから見たら滑稽な事をしていると思われるかもしれませんね」


手で拾えない細かい骨は両手で土と一緒に掬い上げる。


「今の生活は、とても充実しています。 とても暖かい家族が居ます。

 もっと早く来るべきだったのに、僕はすっかり忘れていました」


纏めた骨から一欠片を摘み、油紙に包んで懐にしまう。


「上手く使ってあげる事が出来なくて、ごめんなさい。

 沢山、痛くて苦しい思いをさせてしまって、ごめんなさい」


腰に携えたダガーを抜き、近くに穴を掘りその穴に纏めた骨を埋める。


「それと……さようなら」


しっかりと土を被せ、竜に戻る。


「これが、今の僕の躰です。

 これからは、この躰で生きて行きます」


こんな事をしても何かが変わる訳じゃない事は分かっているけど、さよならは言っておきたかった。

人として生きる事を捨て、竜として生きる事を決めた自分へのケジメ。


「12年間一緒に居てくれて、ありがとう御座いました」


さぁ、帰ろう……



外に出たらもう日が傾いている。

そんなに長く居たつもりはなかったのに。

来た時と同じルートで帰ろうと思ったけど、それをやったら夜が明けてしまいそうだ。

仕方が無いけど、直線距離で帰ろう。


勢いよく翼をはためかせ、加速して巣に向かって飛ぶ。

自己満足なのだろうけど、胸の中につかえていたものがスッと消えたような爽快感がある。

気分良く、何も考えずに飛んでいるとルートがずれている事に気が付く。

帰巣本能なのかな、長く住んでいた方へ無意識に行き先が向いてしまう。

慣れるまではもうちょっとかかりそうだ。


折角だし、夜ご飯もあの食堂で食べて帰ろう。


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