冬の女王と幸せの庭
2017. 1. 16
その国は、もう長く雪に閉ざされていました。
国の端にある森の中。そこに立派な塔があります。春、夏、秋、冬の季節を司る女王達が滞在する塔です。
それぞれの女王が同じ順に来訪する事で、この国に季節が巡るのです。
しかし、冬の女王の到来を告げてから、とうに春の女王が来るべき時を過ぎても季節が変わらないのです。
困った王はお触れを出しました。
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冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
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多くの人々が、褒美を求めて冬の女王を外へ出そうと塔を訪ねました。
ある者は乱暴に塔の扉を叩き、ある者は誘い出す為の貢ぎ物を用意する。しかし、何日経っても誰一人として女王の姿さえ見る事は出来なかったのです。
そして、それは他の春、夏、秋の女王様達も同じでした。
「冬お姉様……どこへ行ってしまったの?」
末の春の女王は、大好きな姉が消えた事に胸を痛めていた。
「冬姉様が何も言わずに消えるなんて」
三番目の夏の女王は、らしくない冬の女王の行動に顔をしかめていた。
「お姉様に何かあったんだわ……」
二番目の秋の女王は、不安そうに部屋を見て回っていた。
やがて、王のお触れのせいだと怒り、夏の女王は王城へと向かいました。
冬の女王の力が消えていない今、春の女王が居たところで状況は変わりません。
春の女王と秋の女王は、冬の女王を探す為に再び塔の外に出て行ったのでした。
◆◆◆◆◆
国の片隅に、その青年は住んでいた。
その青年は、花や野菜を育てる事に長けていました。
「よぉし。これはもう食べ頃だな」
青年は大きく実り、寒さで引き締まった野菜を収穫し、満足気に笑います。
青年は、売りに出さないと決めた一つを家の中へ持っていきました。
ホカホカと温かい野菜のスープが出来上がる頃、家に一人の少女が駆け込んできました。
「パン、買ってきたよ」
白銀に輝く髪と金の瞳。その珍しい色が見えないように、外に出る時は灰色の少々大きいローブのフードを被っていました。
少女は快活に笑い、嬉しそうにパンの入った袋をテーブルに置きました。
「知ってる人はいなかったか?」
「いなかった」
少女は、ある夜。森の中で呆然と立ち尽くしていたのです。
記憶がないというその少女を、青年は世話する事にしました。そうして、少女と青年の奇妙な生活が始まったのです。
「雪が真っ白だから、私の記憶も真っ白になったんだよ」
明るく、記憶がなくても問題ないという少女。しかし、青年は少女が時折寂しそうに外を見るのを知っています。
この少女の記憶が戻るよう、青年は毎日祈るのです。
◆◆◆◆◆
真っ白な髪と金の瞳を持つ少女は、何日も青年と楽しく暮らしました。
しかし、そんな日々は、記憶がなくても、自分の今までの生活がとても寂しいものだったと感じさせるのです。
そんなある日、青年と少女が町に野菜を売りに出かけると、国王からのお触れを目にしました。
それまで青年も少女も大きな町へ立ち寄った事がなかったのです。
それを見た少女は、なぜかとても怖くなりました。真っ白な珍しい髪は灰色のローブで隠しています。それでももっと隠さなくてはと思ったのです。
「早くかえらなくちゃ……」
そんな言葉が出てくるのです。
少女は青年の陰に隠れ、帰る時を待ちました。すると、町の人の会話が聞こえてきます。
「さっさと冬なんて終わってほしいよ」
「寒くなると足の古傷が痛むんだよ」
「冬なんてなければいいのに」
それを聞いた時、少女は記憶を唐突に思い出しました。
「私が……冬の女王……」
冬の女王は、春の女王と交代する日を間近に控えた頃。この国も今年も見納めだと、少女の姿になって国を見て回っていたのです。
毎年、去る前には国を見て回ります。雪をかぶった木々や、春を待つ硬くなった花の蕾を見て回るのです。
しかし、今回はなぜか町を見てみたいと思いました。そして、人々の冬に関する不満を聞いてしまったのです。
きっと冬を良く思ってくれている人もいると思い、国の隅々まで見て回りました。
ですが、だれも冬が好きだと言ってくれなかったのです。
冬の女王の心は凍ってしまいました。国を彷徨ううちに、自分が皆が嫌っている冬の女王ではないと思い込もうとしたのです。
記憶をなくした冬の女王は、最後に彼に会いました。彼は言ってくれたのです。
「冬は冬で野菜や花には必要な季節なんだ。だから、俺は冬が好きなんだ」
冬の女王は時を止めました。記憶が戻らないように、青年のそばにいたいと思ったのです。
「でも……だめなのね……」
帰らなくてはならない。冬を終わらせなくてはならないのです。
◆◆◆◆◆
青年と家に帰ってから、冬の女王は正体を明かしました。
「ごめんなさい。私は帰って、冬を終わらせてきます……」
そう言えば、青年は心配そうに言いました。
「もう良いのかい?」
「……皆が冬を嫌いなのは分かりました。私は必要ないのです」
それは、冬の女王が出した答えだった。
皆が嫌いな季節を運ぶ必要はない。そう思ったのです。
青年はふと立ち上がり、何も言わずに冬の女王の手を取って家の外へ連れて行きました。
「ここにあるのは、冬に咲くように改良した花達だ」
「冬に?」
今まで、冬に咲く花はありませんでした。冬の女王は、春や夏、秋の季節とは違い、白しかない世界を見てきたのです。
「きっと咲かせるから、待っていて欲しい」
冬の女王は美しい涙を流しました。
望んでくれる者などいないと知ったけれど、こうして、また来てくれと言ってくれる人がいる事が嬉しかったのです。
冬の女王は、青年と一緒に塔へ向かいました。
その道中、人々の声を聞きました。
「やっぱり、冬の野菜は甘くていいなぁ」
「冬の間、家族と過ごせるのは嬉しいよ」
「暖炉の火で暖まると、何だか幸せに思えるわ」
先とは違う声に、冬の女王は少しだけ笑みを浮かべました。
塔に戻ってくると、春、夏、秋の女王達が待っていました。
三人は小さな体の姉を抱きしめると喜びました。
「冬お姉様……ご無事で良かった」
春の女王は、涙を流していました。
「私、王に言いましたのよ? あのようなお触れを出すなんて許せませんでしたもの」
夏の女王は、国王にお触れを取り下げるように言ったようだ。今はもう、取り下げられていました。
「夏は乱暴です。塔を囲んでいた人々を追い払ってしまったのです」
秋の女王は呆れながら言いました。
「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ」
そうして、冬の女王は本来の姿へと変わりました。
「ありがとう。あなたのおかげです」
冬の女王は青年に言いました。
すると青年は笑みを浮かべながら、塔の下に広がる庭を指して言いました。
「この庭のお世話をさせてください。あなたが美しいと思える庭を作ってみせます。誰もが冬を待ち遠しく思えるような花を咲かせてみせましょう」
そして、青年は塔の下に広がる庭を見て言いました。
「この庭のお世話をさせてください」
その申し出を快く女王達は受け入れました。
◆◆◆◆◆
こうして季節がまた巡るようになりました。
塔を囲うように広がる庭は、王からの褒美として、正式に青年が管理する事になったのです。
青年が亡くなっても、青年の子孫が守り続けました。
何年も美しく整えられ、一年中草花が咲き乱れます。
冬の女王は白い世界だけではなく、花で彩られた冬を見る事が出来たのです。
人々はこの庭を世界で最も美しい庭と称え、その庭を見る為に多くの人が季節関係なく訪れるようになりました。
もう誰も冬を厭う事はしません。
そして、多くの笑みの花をも咲かせる庭……『幸せの庭』と呼び、愛される事になったといいます。
読んでくださりありがとうございます◎