88.
「ルーシェ!」
「お父様・・・・・・」
戦いを終えたお父様が部下を引き連れて、こちらに走ってきた。
「ガルディア皇帝は帰ったな」
「はい、ラスミア殿下が追い払ってくれました」
お父様と話していたとき、背後でガッと何かが殴られる音がした。
「ゴウエン・・・・・・」
ゴウエンがラルムを思いっきり殴っていた。ラルムは一切抵抗していない。ラルムの口の端から、つーっと血が流れる。
「・・・・・・」
(あ・・・・・・)
私はふと気が付いた。
これはあの時の夢の始まりだ。
「ゴウエン隊長・・・・・・」
ラルムは土で汚れたその顔に、一筋の涙を流した。
「お前を、お前のことを、息子だと、思っていた。お前のしたことの罪は、取り返しがつかない」
「はい・・・・・・」
ラルムは覚悟を決めているようだった。
(このままじゃ、ラルムの首が、落ちる・・・・・・)
「俺も、すぐに同じところに逝く。だから・・・・・・」
そう言うとゴウエンは持っていた剣を振り上げた。
「やめて!!!」
私はありったけの力で叫んだ。
「姫様・・・・・・」
「やめて、ゴウエンがラルムを殺したらいけない! 息子を殺さないで!」
(助かる方法が浮かばない。キルたちみたいに、私を殺そうとしたことをなかったことにはできない。ラルムはこの国そのものを裏切ってしまったんだもの。それは私の命とは比べものにならない。ただ、ゴウエンにはラルムを殺してほしくない。あの先視の通りになんて冗談じゃないわ)
一度、ガルディア帝国のせいで家族を失っているゴウエンに、また失わせて、しかも今度は自分の手で失わせるなんて、冗談じゃない。
「ルーシェ」
「お父様! ラルムは・・・・・・」
「だめなんだよ、ルーシェ」
お父様は私をなだめるかのように頭を撫でた。
(ああ、もう!)
私の職権乱用具合は最近酷い気がする。これぞ目上の者の横暴と呼ばれるのだろう。
「ラルム!」
「はい!」
「あなた、私の部下になりなさい!!」
「はい! ・・・・・・はい!?」
私の剣幕に押されて頷いたラルムだが、内容を理解した途端、不思議な顔をした。
「ルーシェ!? 何を言っているんだ」
「ガルディア帝国のことを知っている部下って素敵だと思わない、お父様。それにラルム。あなた、さっき自分の主人は私って言ったでしょ!? 前に、私の部下になったら楽しそうだって言っていたし。勝手に死んでもらっては困るのよ!」
「え? いや、その?」
ラルムは目を白黒させる。
「ルーシェ、お前・・・・・・。お前を殺そうとしたんだぞ、こいつは。いいのか?」
ラスミア殿下は信じられないという顔をした。
「よくなかったら、わざわざ殺されるのを止めませんわよ」
(それに・・・・・・)
「ルーシェ」
「お父様、わがままを言いますわ。ラルムを私にくださいませ。将来、きっと役に立つわ」
「ラルムは危険だ。ヨシュアのように・・・・・・」
「彼は乗っ取られたわけじゃないわ。それに、彼は今まで自分自身で選択なんてできなかったの。今やっと、私を選んでくれたの。そのまま失うなんて悲しい」
お父様と私は見つめあった。
「それにさっきも言ったけど、ラルムは私を主人にするって言ってくれたの・・・・・・。そうなんでしょ!? ラルム!?」
「は、はい!! 言いました!!」
ラルムは直立不動で応えた。
「その言葉に二言は!?」
「ありません!!」
「私を殺す気は!?」
「ありません!!」
まるでどこかの体育会系の挨拶である。
私は見ての通りだと、お父様を見つめ続けた。
「・・・・・・・」
先に目を反らしたのはお父様だった。その表情は苦虫をかみつぶしたような、そんな顔である。
「・・・・・・とりあえず、今は殺さない、とだけ言っておく」
かなり間があった。
「ありがとうございます、お父様」
そして、お次は・・・・・・。
「ゴウエン!!」
剣を持ったまま固まっているゴウエンを呼びつけた。
「あなた、ちょっとここにしゃがみなさい!!」
そう言うと、ゴウエンもおっかなビックリ私のところにやってきて、しゃがみこむ。
ふーっと私は大きく息を吐いた。そして・・・・・・。
「歯ァ食いしばれええええ!!!!!!」
その大声と共に、私は大きく拳を振り上げた。
ゴスッ!!!!!
「うごぉ!」
ゴウエンの頬を思いっきり殴った。
「あー、すっきりしたわ! よくも狙ってくれたわね」
(結構よい音が出た。私って割と力持ち?)
なぜだか、お父様やラスミア殿下が顔を青ざめさせている
「ル、ルーシェ様」
ゴウエンは殴られた頬をさすった。
「今回のこと、悪いと思っている?」
「はい」
半分涙目である。
「そう。あなた、このまま死ぬのと、未来永劫リスティル公爵家の役に立つのと、どっちがいい?」
「え?」
ゴウエンが目を丸くした。私の提案が予想外だったようだ。
「どっちが正解だと思う? どっちがあなたのやったことと釣り合うと思う?」
ラルムの時とは違って、私は選択肢を用意した。
「・・・・・・」
ゴウエンは困ったような顔をした。
私がそんなことを言った理由は簡単、ラルムの場合は多分死を選ぶが、ゴウエンは選ばないと思ったからだ。だって、ガルディア帝国と戦争が起こりそうなのだ。彼は戦争を望んでいるのだから、死ぬことはないだろう。それに裏切らないだろうし。もし、私が未来を変えて戦争が起こらなかったら、は考えないことにする。
(使える兵士を殺すなんてもったいなさすぎる。殺してしまうのは簡単だけど、それで戦力が減るのはいただけないわ)
この二人を助けた理由の半分はかわいそうだったからだけど、もう半分は素直にもったいないからだ。これ以上、ガルディア帝国とまともに戦えそうな戦力を減らしてたまるか。
「どうなの?」
「私は・・・・・・、戦いたいです」
「そう。よかったわね。たまたま、私達がこれから超特急でしなければならないガルディア帝国対策と、これまた、たまたま、あなたが役に立てそうな分野が一致しているわ。あなたがやりたいガルディア帝国をぶっ潰すことにも通じているわ。今まで以上に働きなさい! ま、お父様が許せばだけど?」
白々しくお父様を巻き込んだ。お父様はこめかみを押さえて考え込んでいる。どうしたものかと考えているようだ。仕方がないことだ。法を守るならばゴウエンだって厳罰だ。それを、私がひっくり返そうとしているのだから。
「ルーシェ・・・・・・」
「長年こちらに仕えてくれているなら、戦い方もよくわかっているわ。こちらにこれだけ損害を与えているのに、殺して『はい、さよなら』なんて無駄もいいところでしょ」
「ルーシェ・・・・・・。ああもういい!! ただし、今まで以上に働いてもらう。覚悟しておけ」
「はい!!」
(これで片付いたわ!!)
私は心の中でガッツポーズを決めた。かなり強引にことを進めた認識はある。でも、それくらいしないと、多分二人は助からなかった。私が他の人たちから、多少地位を利用した横暴だと思われても、私の中でしこりとなるくらいなら、ずっとこの方がよい。
(これで何とか・・・・・・)
と思った時、視界が歪んだ。それと同時に気持ちの悪さも襲い掛かってきた。
「うっ・・・・・・」
私は口を押さえた。何かがせりあがってきそうだ。
「ルーシェ!?」
「姫様!!!」
「しっかりしろ!!」
私はそのまま膝をつく。誰かに支えられたが、気にしている余裕はない。
いろんな人の声が聞こえる。大丈夫だ、と言おうとしても、気持ち悪さに声が出ない。
「ルーシェ!!」
そのまま意識が無くなった。




