86.
「アドルフ様・・・・・・」
後ろで手当てを受けていたゴウエンが立ち上がった。その顔色は悪く、今にも倒れそうなほど蒼白だった。
「ゴウエン、お前とお前の部下も含めて、何をしたのか、わかっているな」
お父様はゴウエンとラルムに冷たく言い放った。ラルムは一瞬体を震わせた。
「はい。私の部下のことも含めて、この責任は・・・・・・」
「ゴウエン、まだ、ルーシェを殺したいか」
「・・・・・・いいえ。私はただ、仇を取りたくて・・・・・・。こんなことを言うのは間違っているとは思いますが・・・・・・。私も、戦います」
ゴウエンの顔は、何か覚悟を決めた顔をしていた。
「お前はどうする」
お父様はラルムに問いかけた。
「私は、姫様を守ります」
ラルムはお父様の鋭い視線をしっかりと受け止めると、はっきりとお父様に伝えた。
「そうか、守るなら命を懸けて守れ・・・・・・」
「はい!!」
「お父様・・・・・・」
「ここにいなさい、ルーシェ」
お父様は私にそう言うと剣を抜いて、走り出した。
(すごい。お父様)
その剣の一振りで、人形数体を吹っ飛ばした。『鬼の子』、アドルフ。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
(そう言えば、ラスミア殿下は・・・・・・)
まさかのガルディア皇帝と戦っていた。
「うわ・・・・・・」
剣がぶつかり合うたびに、かなりひやひやした。戦ったからわかるが、ラスミア殿下も十分に強いのだ。
「・・・・・・」
二人とも完全に無言で戦い続けている。その空間のあまりの冷たさに身震いする。
(さすがに第一王子を矢面に立たせるわけには・・・・・・)
私は立ち上がろうとしたが、その肩を掴まれた。
「姫様・・・・・・」
「ラルム・・・・・・」
「今は割り込まない方がいい。二人とも、国家の威信をかけて戦っているから。だから、アドルフ様も手を出さない」
「そうなの・・・・・・」
「それより、手当しよう。腕を出して」
「うん」
傷ついた腕を差し出しながら、私は二人を見つめた。
二人の戦いを見ていると、どこか懐かしいような、寂しいようなそんな気がして、心が揺れる。出会ってはいけない者達が出会ってしまったような。
『やめて・・・・・・』
心のどこかで、誰かが叫んでいた。
決着は思ったよりも早く着いた。あまりにも鋭い剣戟に剣が耐え切れず、両方とも折れたのだ。
「あーあー。折れちゃった」
折れた剣を見ると、ガルディア皇帝は投げ捨てた。
「・・・・・・」
ラスミア殿下は無言で睨みつける。
「ねえ、お姫様・・・・・・」
「・・・・・・何ですか?」
「本当にこいつの下に居るつもり?」
「・・・・・・少なくとも、あなたの隣に立つことはあり得ませんわ」
「ふーん」
「ルーシェは渡さないぞ、ガルディア皇帝」
ラスミア殿下は無言で私の前に立った。
「ほんと、いつもアステリアは邪魔をしてくれる。だから嫌いなんだよ。あーあ、今度ばかりは手に入ると思ったのになあ・・・・・・。さすがにこれ以上国を空けるわけにもいかないしさあ」
パチン。
ガルディア皇帝が指を鳴らすと、人形が一斉に集まった。
「本当はお姫様に自分の意志で来てほしかったんだ。でも、だめなら、もういいや。この国ごと手に入れたらいいものねえ」
「・・・・・・」
その言葉の意味するところは、つまりは・・・・・・。
「待っていてね。そして、ラスミア殿下」
「なんだ」
「次に会うときは、もっと楽しく殺しあおうね」
そう言うとその姿は人形と共に消えた。




