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83.

私は今、目の前で起きたことに目を瞬いた。

「ラルム?」

私はいろいろなことが起こりすぎて状況をよく理解できていなかった。

(何があった・・・・・・?)

立ち尽くしているラルムの前には、ゴウエンが倒れている。

ラルムがゴウエンを、斬った? 夢と逆だし、そもそも、どうして。

(いや、助かったけれど、素直に喜べない)

ラルムはあれほどまでにゴウエンを慕っていたのに、斬らせてしまった。私はゴウエンに駆け寄った。

「ゴウエン! しっかりなさい!」

ゴウエンは後ろから背中をバッサリ斬られていた。私は傷口を押さえて出血を止めようとした。

(止まれ止まれ止まれ・・・・・・)

国王陛下から、力を見せてはいけないと言われていたけれど、そもそも私は自由自在に操れるわけではないし、何より、人が死にかけているのに何もしないなんてできない。それが自分の命を狙った人であっても。ゴウエンの傷はわずかにふさがったように見えるが、力が弱いのか完全ではない。

「ラルム!」

「姫さま・・・・・・ごめん」

ラルムの顔は泣きそうに歪んでいた。

(そんな顔をさせてしまったのは私のせいだ・・・・・・)

「謝らないで! 早く・・・・・・」

『神の力』は完全には発動しなかった。そのせいで、どんどんゴウエンの顔色が悪くなっていく。

「その剣を置いて、助けを呼んできて」そう言おうとしたが、言うことができなかった。

「おやおや、自分を殺そうとした人を助けようとするなんて、優しいねえ。お姫様」

「う、そ・・・・・・」

その声が聞こえた瞬間、姿が見えた瞬間、私はただただ、呆然とするしかなかった。

「ガルディア皇帝・・・・・・」

「やあ、お姫様」

私と同じ銀の髪を持った少年は、にいっと冷酷に笑って見せた。

「なぜ、ここに・・・・・・」

あの手紙はゴウエンが私を呼び出すための偽物だったのに。

「教えてもらったからねえ」

「誰に・・・・・・」

「お姫様の目の前にいるじゃないか」

「目の前って・・・・・・」

私の目の前にいるのは、剣を持って立ち尽くすラルムしかいない。

「ラルム・・・・・・?」

ラルムがガルディア皇帝に教えたというのか。

「ラルム、あなたは誰?」

「・・・・・・」

ラルムは泣きそうに顔をしかめたまま、何も答えない。

「教えてあげなよ。自分はガルディア帝国の人で、ずっとスパイをしていましたって・・・・・・」

「え・・・・・・」

何を言われたのか、理解できなかった。

「だって・・・・・・、拾われたって・・・・・・」

「そうだよ。ゴウエンに拾わせたんだ。立派なスパイになってもらうために」

「なんですって・・・・・・」

「スパイ教育をした子どもに暗示をかけて、スパイということを忘れさせる。そのまま大人になり、要職に就いた瞬間に暗示を解く。この方法が結構使えるんだよねえ。何せ自分がスパイって自覚がないから、怪しい行動を一切しないし」

ラルムは幼いころにゴウエンに拾われたと言っていた。それが罠だったというのか。

「ラルム・・・・・・。あなた、ゴウエンのことをとても慕っていたじゃない」

「それはそうだ。だって記憶がなかったんだもの」

そう言ってガルディア皇帝は、ラルムの青色の髪をガッとつかむと、そのまま引き倒した。

「何をしているの!?」

「こうやって引き倒しても、抵抗もしないでしょう? つまり、そういうことだよ」

そのままラルムの背中を踏みつけた。ラルムは痛みで顔をしかめているが、一切の抵抗をしない。

「いつからなの・・・・・・。いつから私たちを裏切っていたの?」

「あの慰霊碑を見てしまったから・・・・・・」

ラルムは眉間にしわを寄せて、苦しそうに答えた。

「あの石碑を見たら完全に記憶を思い出すように暗示をかけていたんだよ」

「・・・・・・」

(そういえば、あの時、泣いてた・・・・・・)

「ラ、ラルム・・・・・・」

その時、消え入りそうにゴウエンが声を発した。その顔色はあまりにも悪く、背中からバッサリ斬られた傷からはとめどなく赤い血が流れている。

「ゴウエン!? あなた、大丈夫なの!?」

「ルーシェ様・・・・・・。お逃げください・・・・・・」

ゴウエンは息も絶え絶えに言った。

「何を言っているの!?」

「私は・・・・・・あなた自身が、憎いわけでは・・・・・・ありません」

そう言うと体を震えさせながら起き上がった。

「私は、あのガルディア帝国を・・・・・・潰すため・・・・・・生きてきたので・・・・・・す。こうなって・・・・・・しまった、ら・・・・・・。あなたを・・・・・・」

「しゃべらなくていいから! 黙りなさい! 傷がこれ以上開いたらどうするの!?」

(正直言って、切り抜けられる名案が浮かばないんですけど!?)

「ラルム・・・・・・」

ゴウエンは私の言葉など聞こえていないかのように、ラルムに向かって呼びかけた。

「ゴウエン隊、長・・・・・・申し訳ありません。・・・・・・どうか、姫様を・・・・・・」

ラルムは踏みつけられた状態で、ゴウエンの方を向いていた。

「お前は・・・・・・」

ゴウエンは泣きそうに顔を歪めた。

「ふーん。お前、お姫様やゴウエンに情でも移った? 本当の主みたいに? 父親みたいに? 俺の言葉一つ逆らえない奴隷の癖に・・・・・・」

「ぐあっ」

ガルディア皇帝はラルムの頭をぐりぐり踏みつけた。ラルムは苦しそうに呻く。

「やめなさい!! 何をしているの!? ラルムから離れなさい!!」

ガルディア皇帝は心底意外だと言う表情をした。

「お姫様は本当に優しいよね。戦場で子どもも斬って捨てる鬼姫や他のリスティル一族とはえらい違いだ。片や自分を殺そうとした男、僕の下のは君を、君たち一族を裏切った男。両方助けるつもり? 馬鹿なの?」

「うるさいわよ! 彼らをどうするのかなんて私の勝手だわ!」

「まあ、このままだとそっちのひげ面は死ぬだろうけどね」

「ゴウエン・・・・・・」

確かにこのままではゴウエンは失血死する。

「ルーシェ・・・・・・様・・・・・・お逃げ・・・・・・くださ・・・・・・。このままでは・・・・・・」

(どうしよう・・・・・・)

「ははは。ねえ、お姫様、前に俺が、『じゃあ、この世界にいる自分に、力に違和感を覚えたことはないの?』って言った時さあ、答えられなかったよね」

「・・・・・・」

嫌なところを突いてくる。自分でも折り合いがはっきりとつけられていないところなのに。

「僕も同じだよ」

「どういうことよ・・・・・・」

やはり彼にも、何か記憶があるのだろうか。

「生まれたときから、違和感があった。何かが足りないんだ。ずっと足りないんだ。寂しかった・・・・・・」

「・・・・・・」

「お姫様が僕と同じ『発現者』と知った時、本当にうれしかったんだよ」

それは、とても美しい笑みで、残酷なことをしてきた人には到底思えなかった。

「『発現者』って、何」

「ガルディア皇族にまれに発現する『力』を持った人のことだよ。今は僕とお姫様しかいないんだよ・・・・・・」

「そんなに少ないの・・・・・・」

「だから、きっと、お姫様といたら、僕も普通になれる気がするんだ。僕の国においで。『神の力』も『空間を操る力』も自由に使えるようにしてあげる。この国に侵攻をしないであげる」

「・・・・・・」

「ルー、シェ、様・・・・・・。私、気に・・・・・・せずに・・・・・・。お逃げ・・・・・・くださ・・・・・・」

ゴウエンが呻きながら私を逃がそうとする。

「嫌よ。皆で、逃げるの・・・・・・」

「お姫様、聞き分けのない子は嫌いだよ。あれも、嫌、これも嫌。そんなんじゃ誰も守れない。何も捨てることができないものは、何も守れやしないんだよ」

そう言って彼は静かに近づいてきた。

(そういえば、誰かが言っていたわ。鬼姫、悪魔と呼ばれるおばあ様は、アステリア王国を守るために、味方やおじい様、クラウス師匠すらも囮にして、絶対に敵国に領土侵入をさせなかったと。領土に侵攻されたのは、一三年前のあの戦争だけ)

みんな、おばあ様を「ひどい」という言葉で片付ける。でもおじい様までも囮にして、アステリア王国を守ろうとしたおばあ様は、自分の大切なものを捨ててまで、戦公爵としてこの国を守ろうとしたんだ。自分が守らなければならないものを守るために。

(私も何かを捨てるべきなの・・・・・・?)

私の脳裏にはお父様やお母様、おじい様おばあ様、今まで出会ってきた人たちの顔が思い浮かんだ。

大人たちがしてきた残酷な選択を、私もしなければならないのだろうか。

「・・・・・・」

ガルディア皇帝はいつのまにか、私の目の前までやってきた。

(私が捨てるべきは、きっと・・・・・・)

「この世界で最も高貴な血筋を引いたお姫様。自分がいるべき場所に戻ろうね?」

そう言って私の前にひざまずくと、彼は私に手を差し出して、うっそりと笑った。



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