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「手紙ではここだけど・・・・・・」

アーネンブルク伯爵領慰霊碑の前。

私は乗ってきた馬から降りて、息を整えた。

周りに人はいなかった。風が吹くだけの誰もいない場所は、わずかながら不気味だった。

「一六時に、なる」

しかし、何も起こらなかった。

「え? 今日は満月の日よね? 私、間違えた?」

いや、きちんと確認した。間違ったでは済まない。

「どういうこと・・・・・・」

そう呟いた時だった。

ふいに背後が暗くなった。

「えっ!?」

体が飛びのいたのは本当に反射的だった。あのままあそこに立ったら、私はきっと死んでいた。

「いっ・・・・・・」

しかし完全に避けることはできなかった。わずかながら、剣の切っ先が腕に当たったようで血が流れ出る。

「あなた・・・・・・。どうして・・・・・・」

私は呆然と呟いた。

そこに立っていたのは、ガルディア皇帝ではなかった。

「ゴウエン・・・・・・」

怖い顔ながらも、ニカッと笑いかけてくれていたゴウエンが、冷めきった眼をして立っていた。

(私を連れ戻しに来たとか、そういうわけではなさそうね)

私は血が出ている部分を押さえた。

「ゴウエン、あなたどうしてこんなことを?」

(一瞬、ガルディア皇帝に操られているのかと思ったけど、嫌な感じもない)

「ゴウエン・・・・・・」

ゴウエンは何も言わない。

「ルーシェ様、あなたにはここで、死んでいただきます」

「何を、言っているの・・・・・・」

私の目の前にいるのは、もはや私の知るゴウエンではなかった。鋭い切っ先を私に向けた。

「そもそも、どうしてここにいるの。ここには・・・・・・」

「ガルディア皇帝が、来るはず、ですか?」

「どうして・・・・・・」

「申し訳ないですが、それはあり得ません。なぜなら、あれを書いたのは私だからです」

ゴウエンが語ったことはにわかには信じ難いことだった。

「なんですって!?」

「あなたを呼び出すために」

「私を呼び出すため? ・・・・・・どうしてこんなことを?」

それが聞きたかった。おばあ様の代から仕えてくれる彼がどうして私に剣を向けるのか。

「私の望みのためです」

「え?」

それは予期せぬ答えだった。

「私の家族が、ガルディア帝国との戦争で死んだことはご存知ですよね」

「ええ。娘さんのお腹の中には、お孫さんもいたと・・・・・・」

「戦争で人が死ぬのは必然です。でも・・・・・・」

そう言うと、ぎゅっと手を握りしめた。

「納得などできはしない! なぜ、あの子らが死ななければならなかった!? もう少しで、幸せになれたのに!!」

悲しい、慟哭だった。

「そのうえで、あなたとの婚姻だと!? ふざけるな! そのようなことは絶対させない。・・・・・・あなたには申し訳なく思っております。私の勝手な都合に巻き込んでいる」

「・・・・・・」

(復讐したいんだ。自分の大切なものを奪った、あのガルディア帝国に・・・・・・)

「私を殺せば、両国で戦争になると思っていますの?」

「そんなことはない」と言いたいところだが、言えないのが今の立場だ。リスティル公爵家長子の立場はそれだけの地位なのだ。

「リスティル公爵家長子が死ねば、さすがに国民が黙ってはいないでしょう。抗戦のムードは高まり、さすがにあの気弱な国王陛下でも、動くだろう」

「気弱ですって!?」

「気弱でなくて何だというのです!? 自分の父親と姉を殺されて、なぜあのようにへらへらしていられる!? あの方はただ、突然降ってわいた王座に収まっているだけだ!! アドルフ様にしてもそうだ!! なぜ、これほどまでに我々が我慢しなければならない!! あなたが、エイダ様に似ているならばもしやと思ったが、あなたも結局優しすぎる」

「・・・・・・」

困ったところもあるけど、あの優しい国王陛下のことがルーシェは好きだ。戦争を頻発して、国を疲弊させてしまうような国王陛下より、戦争を起こさない方がずっと良いと思う。

(でも、それじゃ満足しない人もいるのね・・・・・・)

国王陛下が戦争を起こさないことについて、見方は二つある。

一つは力がないから、心がひ弱だから。

もう一つは、自分の憎しみも苦しみもすべて、この国と天秤をかけて、どちらが大切なのか、どちらの方が利益となるのか測り取って、自分の憎しみを抑える方を選んだから。

きっと私は後者なのだと思っている。国王陛下のことを知っているわけではないけれど、ありとあらゆる権力を持っているけれど、私利私欲のために使っていない。それだけで、そう思うには十分な理由だと思う。部屋を抜け出すのだって、少し困らせるのだって、きっと、精一杯のおふざけだ。私からしたら、親や姉を殺されても、弔い合戦などとして戦争を起こさない国王陛下はとても強いと思う。

(ゴウエンは、それじゃあ、だめなのね・・・・・・)

「あの国に、あのガルディア帝国にそのような弱腰では困るのです。前におっしゃっていましたね。『戦争が嫌いで、多くの兵士たちを死なせるとわかっていて、戦場に連れ出したくない』と」

確かにラスミア殿下に聞かれたときにそう答えた。戦争をしたいとは私は思わないからだ。

「言いましたわ・・・・・・」

「この世界は弱肉強食・・・・・・。弱いままでは誰も守れない・・・・・・。戦公爵とは、戦場で最も血に染まるものです。戦争は嫌いだなど、そんな甘いことを言ってどうする・・・・・・」

「戦争をすればあなたと同じ人が増えるのに・・・・・・。それでも、あなたは戦争を望むのね」

ゴウエンの思いは決して間違っていない。大切なものを壊されて、どうしてやり返さないで終われるか。彼が長年考え抜いて出した答えが、これなのだ。その思いを否定なんてしないし、することはできない。

「そうです。きっと私は地獄に落ちる。それでも、願わずにはいられない。ルーシェ様、あなたを巻き込むことになって、本当に申し訳ない」

 そう言って、剣を振りかぶった。

(さすがに死ぬわ。これ・・・・・・最悪)

最近、こんなのばっかりだ。




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