81.
皆様、ごきげんよう。私はルーシェ・リナ・リスティルですわ。また似たような夢を見る羽目になった。
(内容が変わってないわ。つまり、先日のことでは解決していない。あの二人の間に何があったのよ・・・・・・)
「もう・・・・・・」
少しばかり寝不足である。
「むー」
背伸びをして、体の筋を伸ばす。
「お嬢様、おはようございます」
ノックと共に入ってきたのはルカだ。
「うん。おはよう」
「お嬢様、大丈夫ですか? だいぶ眠そうですよ」
「問題ないわよ」
「眠気覚ましのお茶をお入れしますよ」
「お願い。それより、そろそろ子どもたちからもらった花冠をどうにかしないといけないわねえ・・・・・・」
私は机の上に置かれた花冠に目を向けた。やはり生花はすぐに枯れてしまう。もう、枯れて花がしわしわになっていた。
「そうですね。さすがに生花ばかりはどうしようもなかったですから・・・・・・」
ルカは捨てるという言葉は使わなかったが、こればかりは仕方ない。
私はしおれた花冠を持ち上げた。本当に綺麗に編みこまれてよくできていたと思う。
その時だった。
(あれ?)
花冠を持つ手から、不思議な感触がした。
(紙?)
編みこまれた茎に絡みつくように細い紙がはさまれていた。
私はルカにばれないようにこそっと紙を抜き取った。そしてルカにしおれた花冠を渡した。
「よろしくね」
「ちゃんと肥料にします」
「そう・・・・・・。よろしく」
なんで肥料・・・・・・。まあ、いいわ。
***
私は朝食を済ませた後、こそっとその紙を開いた。
「っ!!」
私は叫びそうになった口を何とか閉じた。
(危なかった・・・・・・)
そこには達筆な文字で、こう書かれていた。
邪魔が入らないところで、一度、話がしたい。満月の日十六時、アーネンブルク伯爵領の慰霊碑で待つ。来なかったら、あなたの大切なものが、一人ずつ消えていく。
誰が書いたものか、すぐにわかった。疑いようがなかった。
なぜこれが花冠の中に編み込まれているのか、非常に気になるところだ。気味が悪い。これをくれた子どもは、なんだったのだろうか。
(話をしたい、ね。脅し文句までつけてくれて・・・・・・。ご苦労なことだわ!)
普通この状況で行くのはおバカのすることだろう。お父様にすぐにでも相談して・・・・・・。
(いや、一人ずつ消えていくというのは、事実だわ)
ガルディア皇帝はそれくらい平気でする男だ。
「・・・・・・」
婚姻の答えを出すまでに一ヵ月の猶予が与えられた。しかしそれももうほんのわずかな時しか残されていない。お父様は私には何も言わなかった。
(正直、どうなるのか読めないわ)
お父様は私にとてもやさしいけど、それを天秤にかけたときに戦公爵として、何を選ぶだろう。普通は王女が嫁ぐものだけど、ガルディア帝国は私を望んでいるわけだものね。
「・・・・・・」
もし私があの国に嫁いだら、未来は変わるのだろうか。そもそも私は、あの残酷な未来を変えるために家出を考えているのだ。だとしたら、私がガルディア帝国に嫁げば、それで未来が変わったことになるのではないか。ガルディア帝国では私の力はきっと貴重なものだ。だとしたら殺されはしないだろう。
(何より・・・・・・)
『じゃあ、この世界にいる自分に、力に違和感を覚えたことはないの?』
あの言葉に私は詰まってしまった。
思い当たることはあるのだ。
ただ、前にイリシャはこう言っていた。
『そなたは前の世で死に、魂は輪廻を巡り、ここに新たに生を受けた。まぎれもなくこの世界の理に生きている。正しい流れの中にいる』
『そなたはその力を気にしているが、別に異端ではない。古代には先読みの巫女たちが確かに存在した。そなたが今、その力を持っているのはこの世界の理が、必要と思ったからだろう。異界の記憶も同じだ』
ならば、違和感があったとしても、問題ないと思っていたけど・・・・・・。
(ガルディア皇帝も私と同じで、何か違和感を覚えている? 私と同じ、前世の記憶を持っているとか?)
分からないことが多すぎる以上、一度、会ってみるというのは必要な気がした。彼が何を考えているのか、知りたい。
会うか、会わないか。究極の選択だ。
「これ私がいつ見るかわからないじゃない・・・・・・。どうするのよ。・・・・・・え、ちょっと待って、満月の日って、今日じゃない!!」
よく考えたら今日は満月の日だ。考えている時間がない。
「ああ、もう!!」
私はパチンと頬を叩いた。
(このままだと、ただ思考が空回りだわ・・・・・・。もう、行動あるのみ!!)
私は部屋を飛び出した。
***
「お嬢様?」
私が部屋から飛び出ると、ルカとぶつかってしまった。
「ごめんなさい、ルカ!!」
私は謝罪もそこそこに駆け出す。
「お嬢様、どちらへ?」
「内緒!! そうだ、ルカ!」
私は一度止まると、ルカへ振り返った。
「はい?」
「また、あとでね」
ちゃんと戻ってくるから、許してね。
私は屋敷の外に飛び出した。




