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皆様、ごきげんよう。私はルーシェ・リナ・リスティルですわ。
「昨日は災難だったわね、ラルム」
私はルカが焼いてくれたケーキを食べながら、解放されたラルムを迎え入れた。
「全くだよ、姫様。誰も信じてくれないんだぜ?」
ラルムは酷くないか? と言って、ふくれっ面をしていた。
「しかし、アドルフ様もおっかないけど、ルカの方が怖すぎる。何なのあの子? すごい睨みつけられているんだけど」
「ルカ? 私の従者よ。なんでもできてすごいのよ」
「従者って・・・・・・。あれが従者って言葉で片付けられるとは到底思えないんだけど・・・・・・」
「まあ、ルカはすごいわよねえ」
「わかってないよね!? すごい目にあったんだよ!?」
ラルムは涙目で私に訴えてくる。本当にひどい目にあったようだ。
「まあまあ・・・・・・。で? 結局、ゴウエンと何があったのよ」
「最近ちょっと疲れているのか、何かに悩まれている風でね。でも、どうしたのかと聞いても何でもないの一点張りだしさあ・・・・・・」
(まさか、ラルムがあまりにもしつこいから、何も言わないとかじゃないわよね・・・・・・。いやいや、ないない)
さすがにそれはあり得ないと首を振った。
「いつからなの?」
「んー。姫様達が王都から来る前から。でも、例の姫様の件の後からもっと厳しくなったけど・・・・・・」
「私たちが来る前ねえ・・・・・・。さすがに私は分からないわ」
そこまでくるとわからない。そもそも、私はその悩んでいるゴウエンを見ていないのだ。まあ、私の求婚の件も含まれている思うが、それはゴウエンが悩んでも仕方ないと思う。
「だよねえ・・・・・・」
二人で悶々とする。
「もういいわ、私が聞く」
私はこのいつまでたっても進展しない状況に嫌気がさして、ゴウエンにはっきり聞くことにした。
「ええ!?」
「気になるのでしょう? わからないものを考え続けても意味はないし、わからないままだわ。行動あるのみよ!」
「姫様って、すごく行動派だよね。惚れちゃいそう」
「何言っているの? 仕方ないじゃない、じっとしてても事態は動かないのよ?」
「答えてくれるかなあ?」
ラルムは心配そうに私を見つめる。
「知らないけど、やるだけやるわ。ここで悶々としてても、らちが明かないんだから。案外、私になら答えてくれるかもしれないし」
「そうだねえ・・・・・・。ごめんねえ、姫様」
「よろしくてよ」
***
私とラルムがゴウエンを捜していると、その後ろ姿が目に入った。ラルムは茂みに隠れる。
「ゴウエン!」
私はゴウエンを呼び止めた。
「おや、姫様・・・・・・」
私に気が付いたゴウエンは歩みを止めて振り返った。
「ごきげんよう」
にっこりと笑った。
「ルーシェ様。どうされました? グレン様やラスミア殿下なら・・・・・・」
「ゴウエン、ちょっと聞きたいことがありますの」
「なんですかな?」
「最近、顔が険しくて何かに悩んでいるみたいじゃない? どうしましたの?」
私は超直球をゴウエンに投げつけた。「姫様!?」とラルムが叫んでいるのが聞こえた気がしたが、気のせいだ。出てくるんじゃないわよ!?
私の超剛速球に、ゴウエンもたじたじである。
「そ、そうですか? 気のせい――――」
「この期に及んで、気のせい、なんて言葉を聞きたいわけじゃないのよ? あのラルムが私みたいな子どもに相談するくらいなの。かなり気にしているわ」
「ラルムが・・・・・・」
ゴウエンは驚いた顔をしている。
「あなたのこと大切に思っているのだから、何とかしてあげて」
「・・・・・・ルーシェ様にはご迷惑を・・・・・・」
「私のことは気にしなくていいの。あなたには私の件で、随分と迷惑をかけているのだから・・・・・・」
「迷惑なんてそんなことはありません」
「ありがとう。で、何に困っているの? あ、言えないなら、言わなくていいから」
本当は聞いた方がよいのだろうが、あまり深入りしても嫌がられるだろう。あくまでも、話してくれるなら聞くよ、スタイルだ。
「いえ、大丈夫です。・・・・・・そんなに深い理由ではないんです。先日、一三年前の戦争の石碑に行きましたよね」
「ええ」
「実を言うと、あそこに行ったのは初めてなんです」
「え・・・・・・」
あそこは墓標のようなものだ。そこに行ったのが初めてだなんて・・・・・・。
「妻と娘の遺体は戻ってきませんでした。いや、正確に言うと、炭になって、誰が誰だか分からなかったんです」
「・・・・・・」
そういえば、ガルディア帝国の兵器で、あたり一面が消し炭になったって・・・・・・。
「私は妻と娘を失いましたが、結局遺体を目にすることはありませんでした。だからでしょうか。あそこに行く気にはなれなかった。ただ、ルーシェ様たちが王都からいらっしゃると聞いて、そろそろ踏ん切りをつけなければならないと思ったんです。ただ、心の葛藤はありました。ラルムに見抜かれるとは、私もまだまだですな」
ゴウエンは自嘲気味に言った。
「そう、だったのね・・・・・・。つらいことを言わせましたわね」
「いいえ。ラルムにも心配を掛けました」
「本当に、戦争とは嫌なものですわ」
私はボソッとつぶやいた。
「戦争は、嫌いだとおっしゃっていましたね」
「・・・・・・・人が死にますもの。できれば避けていたいわ」
自分自身が人を殺すということや、人に殺せと命令すること、私にはきっとそれらができないと思う。
「お優しいことです・・・・・・」
その時のゴウエンの表情はうかがい知れなかった。
「ゴウエン、何で悩んでいるのか、ラルムにちゃんと伝えるのよ」
「はい。伝えます」
「じゃあ、今からね」
「はい?」
ゴウエンは戸惑った顔を私に向けた。
「ラルム!? 出てらっしゃい!!」
私は近くの茂みに向かって叫んだ。
「・・・・・・」
反応なし。
「ラルム!!」
反応なし。
「ふふふ。・・・・・・いいわ。引きずり出してあげる」
私は茂みの中に手を突っ込む。
手ごたえ、あり。
「ええ!? 姫様あああ!?」
ラルムの首根っこをひっつかむと引っ張り出した。
「ほら、早く出てくるの!!」
往生際が悪かったが、最後、喝を入れるつもりで背中を叩いた(殴った)ら、おとなしくなった。
私はラルムをゴウエンの前に立たせた。
「とっととお話ししなさい!!」
色々と省略するが、何とかなった模様だ。ゴウエンがラルムの頭撫でてるし。
ラルムがゴウエンのことを心配しているだけだったしね。
(この感じだとラルムとゴウエンの仲は悪くなさそうだけど・・・・・・。あの夢は何なのかしら)
「ゴウエン? それ以外に何か困っていることはないの? ラルムのイタズラ以外だけど」
「それ以外と言われると困りますね」
あまりの真顔具合に、私は噴き出した。
「ひどくないですか!?」
ゴウエンの言い様にラルムはショックを受けたようだ。
「ふふふ」
そのコントのような様子に笑ってしまった。
「姫様!! 笑わないでくださいよ!!」
「ごめんなさい・・・・・・。ああ、面白い。・・・・・・あら、ラスミア殿下たちだわ」
私は視界の先に、ラスミア殿下やグレン、ユアンお兄様、ユーリ君を見つけた。
彼らも、私達を見つけたようで、微笑んで手を振ってくれる。
「あら、みんな剣を持っているわね。剣の稽古でもするのかしら?」
「あねうえ様!」
そんなことを言っていると、グレンが走って私たちのもとにやってきた。
「あら、グレン。走ったらコケるわよ」
「やあ、ルーシェ。ゴウエンも」
ユアンお兄様は相変わらずの優雅な微笑みを見せてこちらに来た。
「ユアンお兄様、ラスミア殿下たちと剣の稽古でもしていたの?」
ラスミア殿下、勉強はどうしたのだ。
「ああ、せっかくお会いできたから。せっかくだし、ルーシェも手合わせやろうよ」
ユアンお兄様は名案だとばかりに面白そうに笑った。絶対楽しんでいる。
「ええ? それはご遠慮しますわ」
(今はそんな気分ではないわ)
「ええ。姫様の戦っている姿見たいよ」
「ラルム!?」
なんてことを言うのだ。
「そうだぞ、ルーシェ、やるぞ」
そう言ってきたのはラスミア殿下だった。
(いや、あなたこそ何を言っていますの!?)
「俺も強くなった。頼む、戦ってくれ」
まさかの、ラスミア殿下が頭を下げた。
(えええええええええええ!!!)
私は平気な顔をしたつもりだが、心の中では絶叫している。
(あのラスミア殿下が頭を下げたあああああ!!!???)
かなり失礼なことを内心思ったが、ここまでさせているのに、やらないなんて言えます? いや、言えないわ。全員の視線が痛いしね・・・・・・。
「・・・・・・わかりましたわ。やりましょう。ただし、着替えさせてくださいね?」
前回みたいに足の皮がむけるのはごめんである。真剣にやったろうじゃないか。
「わかった。待っている」
「では後ほど」
私は重い足取りで自室に向かった。
***
私はきっちり練習着を着た。私の練習着は青を基調とした、軍人が着るようなものである。ひざ丈までの上着に、ぴっちりした黒いズボンとブーツをはくと、私は再び庭に向かった。邪魔になる髪はしっかり結ぶ。
「お待たせしましたわ」
私が庭に戻ると、ゴウエンとユアンお兄様が戦っていた。だが、さすがに大人と子ども、ゴウエンの方が優勢だ。
(ユアンお兄様、強いわね)
無駄のない動きはとても優雅だ。
私が来たことに気が付いた二人は剣を止めた。
「なんというか、本当にエイダ様にそっくりですね」
ゴウエンは目を見開いていた。
「よく言われますわね」
ついでにお決まりのパターンは、「性格は似ていなくてよかった」である。
「来たな、ルーシェ」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
私は渡された模擬剣を持って、構えた。
神経を研ぎ澄ませるのは、嫌いじゃない。
(悪いけど、負ける気はないわ)
動いたのは同時だった。
剣が競り合う音が幾度となく響く。
(確かに、強くなっているわ。力も強くなった。ならば・・・・・・)
私はラスミア殿下が力任せに押してくる剣を振り払った。ラスミア殿下は前のめりになったが、なんと体を回転させて、剣を下から振り上げてきた。
(うそでしょ!?)
私はそれを防ごうと、しゃがみこんで、目の前にあるラスミア殿下の手にある剣を、足で蹴り上げた。
キンッ。
「あ」
剣はくるくると円を描き、後ろに刺さった。
(うわー。やっちゃったわ。勝ったけど、なんか締まらない勝ち方だわ)
「はははははは!!!! ルーシェ、君、最後のは傑作だよ!!」
ユアンお兄様は大爆笑した。




