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ガタゴトと揺れる馬車の中で、ラスミアは外の景色を眺めていた。
ルーシェがリスティル公爵領に帰還して数日後、ラスミアはいつもの日常を過ごしていた。
***
「ルーシェがいないとつまらないわ~」
アイヒは頬を膨らませて、芝生の上に寝転んでいる。
「こら、そんなことをするんじゃない。汚れるだろう? それに、仕方ないだろ。ルーシェはリスティル公爵長子なんだから」
「そうだけど・・・・・・」
「ラスミア殿下」
護衛騎士が音もなく現れた。その顔色はどこか悪い。
「なんだ?」
「国王陛下がお呼びです」
「そうか、すぐに行く」
「ええ! お兄様も行ってしまうの?」
アイヒは悲しそうな表情を向けた。最近、寂しがりに拍車がかかった気がする。傍仕えにいろいろな人物を推薦したが、結局アイヒは頷かなかった。
(まだまだ、ヨシュアのことは吹っ切れないか)
「はあ・・・・・・」
思わずため息が出た。
「ん?」
いつの間にか父上の執務室の前の廊下に来ていた。
のだが・・・・・・。
「なんだ?」
父上の執務室の前には、逃亡防止、ごほっ、敵から国王陛下を守るため、護衛騎士が最低でも二人いる。アドルフ様の命令らしい。しかしながら、すでに五回以上逃亡されて、王宮内で鬼ごっこが展開されていたが。本日は護衛騎士がそのまま二人居るので、執務室にいるのだろう。ただ、彼らの顔色がかなり悪い。
その時、執務室の扉が開いた。
出てきたのは書類を持った文官だ。その顔色は騎士達より悪く、今にも倒れるんじゃないかと思われるほどふらふらしている。
「どうしたんだ・・・・・・」
「これは、ラスミア殿下・・・・・・」
「何があったんだ」
「それが、アドルフ様から手紙が届いたのですが・・・・・・」
「アドルフ様から?」
「はい。ただ、陛下がそれを見るなり不機嫌になり始めて・・・・・・。先ほどから悲鳴が止まりませんよ・・・・・・。いつもならアドルフ様が止めに入ってくれますが、残念ながら・・・・・・」
「リスティル公爵領に帰省中だな・・・・・・」
正直に言うなら、入りたくはないが、呼ばれた以上は入らないわけにはいかない。
「父上、ラスミアがまいりました!!」
返事がない。
「入ります!!」
「ご武運を・・・・・・」
(死に行くんじゃないんだから、妙なことを言うんじゃない!!)
ラスミアは執務室に踏み入れた瞬間、回れ右をしたくなった。
(怖すぎる・・・・・・)
父上は笑顔だった。いつもと同じ。
しかしながら、後ろにおどろおどろしいものが立ち込めている。
「・・・・・・何かありましたか?」
「どうだろう・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙が二人の間に流れる。
ラスミアは黙ったまま、国王陛下の言葉を待った。
「・・・・・・とりあえず、ルーシェ姫のところに行ってみてごらん? 戦場を見ておいで」
「はい?」
それは思いもよらない返答だった。
「あの、父上?」
「十三年前、ガルディア帝国との戦争でこの国は大きな被害を受けた。正確には国境周辺一帯がな・・・・・・」
「そう習いました」
一時、このアステリア王国の国力は大きく低下したとされる。
「今回はルーシェ姫を戦場跡に連れて行くだろう。ついでにお前も行ってきたらいいよ」
そう言うと、国王陛下は手紙を燃やした。
「父上、アドルフ様のお手紙にはなんと?」
どう考えても、ラスミアをリスティル公爵領に招待する、なんて内容ではないだろう。
「・・・・・・お前が気にすることじゃない。お前は気にせずに準備をしなさい。この国の王になりたいなら」
「・・・・・・わかりました」
そう言って踵を返した。おそらく、手紙の内容を教えてくれることはないだろう。
「ラスミア」
「はい」
「もしかしたら、面白い出会いはあるかもね」
国王陛下の鋭い瞳がラスミアを射抜いた。
「・・・・・・面白い出会いですか?」
「多分ね・・・・・・。さあ、行きなさい」
父上はそう言うといつものように穏やかに笑った。
***
ラスミアが出て行った部屋で、国王陛下は天井を見上げた。この執務室はこの部屋全体が芸術品のような作りになっている。幼い頃は、ここに座るのはきっと姉だと思っていた。
「あれから十三年・・・・・・」
失ったものの大きさは、今でも忘れられない。
***
自室に戻ってから数分後。
「お兄様!? お兄様もルーシェのところに行ってしまうの!?」
話を聞きつけたアイヒが、部屋に飛び込んできた。
「どこから聞きつけてくるんだ?」
まだ、父上の部屋から戻ってきてそんなに時間は経っていない。
「内緒ですわ! それよりも・・・・・・」
「ああ。父上から命じられたからな」
「ずるいわ、お兄様!」
「仕方ないだろう? 別に遊びに行くわけじゃないんだ」
「でも・・・・・・」
「お前はだめだからな」
「むうう」
アイヒはかわいらしく頬を膨らませて何も言わなくなった。
「・・・・・・はあい。ルーシェによろしくお伝えくださいませ」
そう言って、綺麗なお辞儀をした。
「ああ」
「あ、そうだわ」
「どうしたんだ?」
「ルーシェに青いカツラをお土産にお願いしましたの。ルーシェにお伝えくださいませ」
「・・・・・・なんで青いカツラなんだ」
「別に今度使ってみようと思っただけですわ。まあ、カード占いでのラッキーカラーが青だったからというのもありますけどね」
「なんだ? 今度は占いにハマったのか?」
「ええ。この前見た演劇が占いに関してでしたの。お兄様もやります?」
占いというのもよくわからないし、なんでカツラを選択するのかなど、色々と言いたいことがあったが、もう何も言わないことにした。
「いや、遠慮する。・・・・・・ここは任せるぞ、アイヒ」
「かしこまりましたわ」
その数時間後、ラスミアはアステリア王国王都を立ち、リスティル公爵領に向かった。
***
十三年前の戦争の話は王位継承者として大体のことは聞いていた。何が起こって、父上が国王になったのかも。
「ルーシェは元気にしているだろうか・・・・・・」
まあ、ルーシェのことだ。自分でいろいろと好きなことをして楽しんでいるのだろう。
リスティル公爵領に着いたとき、王都に劣らない街の活気に驚いた。いや、もしかしたら、王都をしのぐかもしれないと思った。
『リスティル公爵家』、王族に劣らない財力と国民からの人気を誇る最強の武の一族。その力の一端を垣間見た気がした。
『彼らはとても誇り高い。彼らが従ってくれることが当然と思ってはいけない。彼らに誇れる主であれ』
生まれたときから、そう言われ続けた。そして、そうであろうと努力した。そもそも、当たり前のことだからと、努力し続けたが、なぜそのようなことを言われ続けたのか、わかる気がした。
彼らはこの国を取ろうと思えば、きっと取れるのだ。
握りしめた手から汗がジワリと出る感覚がした。
「・・・・・・」
リスティル公爵邸に着いたものの、全員に驚かれた。
(やはり、父上のことだから、返事は出していないと思ったけど・・・・・・。タイミングがずれていたら、来た意味がなくなっていたんだが!?)
久しぶりにルーシェに会った時、顔色が悪かったことはさておき、雰囲気自体が少し変わっていた気がした。
(言葉にするのは難しいが・・・・・・。被災地を目の前にしてもルーシェはもっとひょうひょうとしてそうだと思っていた・・・・・・)
戦争に関してどう思うと聞いたとき、かなり言葉に詰まらせていた。
『・・・・・・申し訳ありません。私には正解がわかりません』
『・・・・・・私は戦争が嫌いですわ。多くの兵士たちを死なせるとわかっていて、戦場に連れ出したくありません』
その回答を聞いたとき、少し笑いそうになった。国民を守るためには、ガルディア帝国に攻め入るべきだと言われたとしてもそれでもよかった。でも、嬉しかった。『戦公爵』の名を引き継ぐであろうルーシェから、戦争が嫌いだと言われて、聞いてよかったと、そう思った。
きっとこの先、色々ある中で、答えは変わる。それでいいと思う。正解のない問題に、これから立ち向かっていかなければならないのは宿命だ。いつだって正解かどうかは蓋を開けてみないとわからないのだ。色々と悩み、考えながら、きっとこれから生きていくのだ。
と、しんみり思っていたら、最後の最後に馬鹿にされ、さっきまでの感傷を返してほしくなったのはここだけの話だ。




