8
読んでくださりありがとうございます。
ルカと一緒にいるようになって一ヵ月が過ぎた。それこそ、おはようからおやすみまでだ。しかし、思ったよりその生活はいやではなかった。ルカは何というか自然な感じで傍にいるため、全く気にならないのだ。
「ルカ・・・・・・」
「お嬢様、お茶でございます」
「のどが渇いたの」と続けようとしたらお茶が出てきた。しかも私が一番好きな銘柄だ。ついでとばかりに私の好きなクッキーやケーキが付いてくる。
「ルカ・・・・・・」
「あの本でございますね」
まだ何も言っていない、目線を向けただけにもかかわらず、本棚から私の欲しい本をとってくる。
「ルカ、お庭に行くわ」
「お嬢様、帽子をどうぞ」
すると、マジシャンのように後ろから柄つばの広い帽子を取り出した。
もうとんでもなく有能なのです。私のやることなすことをすべて把握している気がしてならない。
***
ルカの有能さは今日も変わることはない。
「おはようございます、お嬢様」
問答無用でカーテンが開けられる。容赦なく太陽の光が降り注ぐ。
うわ、まぶしい。吸血鬼の気持ちが今ならわかるかもしれない。
「おはよう・・・・・・」
まだ眠いが、あんまり迷惑かけるのも悪いので起き上がることにした。布団よ、また会おう。
ルカに眠そうな様子は一つもない。さすがだ、従者の鏡だよ。
「今日は午前中からおけいこ事が満載ですよ」
相変わらず無表情だね。そして恐ろしい現実をさらりと言わないでよ。
「・・・・・・わかっているわ」
あー、早く午後になってくれ。少なくとも剣の授業は楽しいのだ。と悶々と考えていると
「お嬢様の好きなケーキをたくさん用意しておきますので頑張ってください。朝食はお嬢様の好きなパンを焼いてもらいました」
ルカは遠慮なく私に予定を告げてくるが、私の好物を用意したりとまめまめしく動いてくれる。
「ありがとう、ルカ」
「お嬢様が喜んでくださるのなら」
そう言ってルカは頭を深々と下げた。
***
「ルーシェ様。こんにちは」
「師匠!」
やっとこの時間が来た!!午前中、教師陣から怒涛の攻撃を受けたり、かわしたりめちゃくちゃ頑張った。今世の体の脳はかなり出来がいいけど、それでもすごく疲れる。お嬢様教育恐るべし。
クラウスはにこやかな笑顔で私を出迎えた。その視線が後ろに向けられる。
「あ、彼は」
「ご無沙汰しております」
ルカが私の後ろから静かに言葉を発した。
「・・・・・・え、そうなの!?」
驚きだ。二人は知り合いだったのか。
思わずルカを見上げた。するといつもの無表情で
「私に武術全般を教えてくださった師匠なのですよ」
と、とんでもないことを言い放った。
「ええ!?・・・・・・ということはルカは私の兄弟子なの!?」
「弟子と言うほど長い期間指導できませんでしたがね。ルカは護衛としての能力は申し分ないと思いますが、ルーシェ様の世話役としては役に立っておりますか?」
「ええ、とても。ルカはとても優秀ですわ」
それには即答しておいた。事実、ルカはとってもできる子なのだ。心読めるんじゃないかと言うくらいに、私の思考を熟知している。
悩みと言えば表情が全く変わらないことだが。
「それはよかったです」
師匠は嬉しそうだった。
***
「うまくやっておるか」
クラウスは木陰に座っている元弟子に声をかけた。
「はい、お嬢様は大変優しくしてくださります」
ルカは無表情のままで言い放った。しかしその声色はわずかだが柔らかい。
彼は視線を師の方に全く向けなかった。その目線は主家の姫がメイドにタオルをもらって休憩する姿を見ている。
うまくいっているようだ、とクラウスは安心した。
「その言葉使いもだいぶ様になったな。・・・・・・顔だけは何とかならのか」
「精進します」
全く心のこもらない声が響いた。
クラウスは少し前のことを思い出す。
――――クソじじい!!! 手をはなせ!!
アドルフ坊が連れてきた荒んだ眼をした少年暗殺者。この世のすべてを恨んだような目をした人間を何人も見てきたため、特別何とも思わなかった。こいつをどうするのだと連れてきた坊に問えば、「ルーシェの従者にする」というのだからさすがに驚いた。エイダだってそんなぶっ飛んだことはしない・・・・・・はずだ。たぶん。しかし、こいつを鍛えて素直にさせろと、とびっきりの笑顔で言ってきた坊は間違いなくエイダの血を継いでいる。
するとルカが立ち上がった。自らの主がいる方向とは反対方向の植木に向かって歩き出す。
「どこにいくつもりだ?」
「師匠」
凍り付くような声だった。
遅れて気がつく。誰かが、見ている。自分ではない・・・・・・。ルーシェ様を。とっさに剣に手をかける。しかしそれを制したのは弟子だった。
「ごみを片づけてくるので、お嬢様には適当な理由を言っておいてください」
「頼んだぞ」
「はい」
そう言った瞬間ルカの姿が視界から掻き消えた。
***
「疲れたわ・・・・・・」
「お疲れ様です、お嬢様。素振り50回よく頑張りましたわ!」
メイドたちが頬を染めて誉めてくれた。ありがとう、みんな。でも腕が鉛のように重い。私は素振りに使っていた剣を鞘に戻した。
「・・・・・・」
ちらりと師匠たちの方を見た。なにやら師匠がルカに話しかけたそうだったので、自主練で素振りをしていたのだが、どうやらちゃんと話はできたらしい。
「そういえば・・・・・、みんなルカのことずっと前から知っていたのよね?」
せっかくなので気になっていることを聞いてみることにした。
「はい。彼がこの家に来た時から知っています」
「屋敷のみんなとは上手くやれているのかしら」
あの無表情ではうまくやれているのか気になった。
「ええ、よく気が付く子ですし。やさしい子ですよ。それに料理もとても上手なんです。お嬢様が先ほどお召し上がりになったケーキはルカが作ったものです」
「ええ!?」
うそ、アレめちゃくちゃおいしかった。おいおい、今どきの12歳児どうなってんだよ。
「料理長に徹夜で教わっていましたわ。お嬢様がお好きなものを自分も作りたいと」
いや、ルカ。気持ちはとてもうれしいのだけど、ちゃんと寝なよ。体に悪いし、身長伸びないぞ。
と、改めてルカたちに目を向けるとルカだけいなくなっていた。あれ?と思っていたら先ほどから感じた視線が消えた。素振りを始めたときから少々気になっていたのだが。
まあ、いいか。視線も消えたし、ゆっくり休憩できる。
空はすがすがしいくらいに青かった。
***
ドチャと何かが落ちる音がした。
「ひ、ひいいいい。た、助け・・・・・・」
「うるさい。お前ごときがお嬢様をその目に映すな」
ザシュッ
何かが噴き出る音がした。
真っ赤な血だまりが広がった。