表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/97

72

「ごきげんよう、ルーシェ姫」

突然声をかけてきた少年は、優雅に礼をして見せた。

「ご、ごきげんよう」

私もつられて挨拶を返す。

(こんな人、この会場にいたかしら?)

こんな綺麗な容姿ならば、噂好きな貴族たちが何も言わないわけがないのに。

「どうしました?」

「いいえ、あの、お名前を教えてもらってもよいですか」

「ああ、そういえば・・・・・・。私の名前はジェレミアと言います。今日は父に連れてきてもらったんです」

「まあ、そうでしたの」

「ルーシェ姫のお披露目ですから、ぜひお目にかかりたくて」

来なくていいとは言えず、とりあえず頷いておく。

「せっかくなので、私と踊ってもらえますか?」

「ええと・・・・・・」

(できればもう踊りたくない)

私は困った顔をして、差し出された手を見た。

「大丈夫、この場所で構いません。少しだけ・・・・・・」

そこまで言われてしまうと、これ以上断ることは難しい。

「す、少しだけなら」

そう言って差し出された掌に手を重ねた時だ。

「きゃ!」

ぐいっと引っ張られて、抱きしめられる形になった。

「ちょっと」

「ああ、失礼」

「放して下さ・・・・・・え・・・・・・」

私は目を疑った。彼の髪は、金髪だったはず。なのにどうして・・・・・・、銀色なの・・・・・・?

「・・・・・・求婚は受け入れてくださいますか? 姪御殿(・・・)

「え・・・・・・」

耳元でささやかれた言葉に、体が固まった。

(どういうこと・・・・・・)

「ふふ」

彼は動けない私を引っ張ると、そのまま踊り始めた。

私はされるがままになりながら、目の前の少年の顔を見つめる。

「あなたは・・・・・・」

彼の髪は完全に銀髪になり、瞳は紫に変化していた。

「・・・・・・この姿では、はじめまして。私がガルディア帝国皇帝です」

「本物な、の?」

「もちろん」

前に相まみえたときは、ヨシュアの姿を通してだった。ガルディア皇帝の顔を、私は知らなかった。あのときから、どこか化け物のような印象を持っていたが、彼は普通の人だった。背中まである銀の髪を一つに束ねて、切れ長の目を細めて薄く微笑む姿は、どこからどう見ても綺麗な少年、だった。あの時に感じた寒気のようなものは、今はない。

いろいろと言いたいことがあった。あなたのせいで、ヨシュアはアイヒの傍にいられなくなったし、アイヒは死にかけた。

あの時のことを考えると体が震えそうになる。

「ここに、何をしに来たの」

「やはり求婚するなら本人が来ないとダメかなあと。遅くなってごめんね。ちょっと前の昼間に意識を飛ばして(・・・・・・・)見ていた(・・・・)んだけど、弟君に気が付かれてねえ・・・・・・」

ここは敵国だというのに、全く緊張感が感じられない。殺されると思わないのか。それとも、囲まれても抜け出せる自信があるのか。

(前にグレンが泣いていたのはそういう理由か・・・・・・)

「私に婚姻を申し入れた親書は、本気なの?」

「もちろんだよ」

「どうしてそんなことを・・・・・・」

「お姫様に惚れたから、じゃ、信じないよね。そんな顔しないでよ」

「私は本気で聞いています」

私が真剣に聞いているにもかかわらず、一切の本気さが見つからない。

「君の力が必要だから」

「私の力・・・・・・」

「そうだよ」


そういえばあの時、国王陛下はこう言っていた。

「『空間』を操れる力、そして、ケガを治癒できる『神の力』、心当たりはあるよね」

「はい」

「お母様の出身の話はもう聞いたかい?」

「聞きました」

「あの王家は、かつて神と契約したと言われている」

「神・・・・・・」

「特殊能力を持つ人『発現者』が多くいたらしい。近年はその数を減らしているらしいけど。マリア殿は力を持たない『無能』だったからね。その因子とやらを持っていないのだと思い込んでいたそうだ」

『空間だけでも発現したらラッキーと思っていた』

残酷なガルディア皇帝はそう言った。

「・・・・・・」

「考え込んでいるね。別に悪くないことだよ?」

彼はそう言うと、私の耳元に顔を近づけた。

「え?」

「君が嫁いでくれたら、戦争を仕掛けることをやめてあげる」

ドクン、心臓が大きく鳴ったのが分かった。

「戦争、仕掛ける気だったの?」

「それもいいかなと思っているよ。いい位置にあるよね、アステリア王国って。知っている? 僕の帝国の冬はとても厳しい。港町は氷で閉ざされる。陸路も、何とか雪を溶かしながら物資を運んでいるよ」

「北の大国が、随分と弱音を吐くわね」

「それだけ大変なんだよ。アステリア王国は土地も海も魅力的だからね。欲しいよ」

(思ったよりまともなことを考えているわ)

あの時は少しばかりおかしな感じが際立っていたが、今はまともに思えた。自分の国が少しでも裕福になるために、他国の領土を奪う。よくある話だ。

私は自身を落ち着かせるように息を吐いた。

(私が言えることは、今は一つしかない)

「・・・・・・私が結婚に関して、言えることは何もありませんわ」

あの後、屋敷の書物庫に案内してもらい、系図を出してもらった。物凄く分厚かったけど、ここ二百年のものを確認した。

(リスティル公爵家一族は親族に至るまで外に嫁がせていない)

どういうことかというと、旦那や嫁をもらうときは、全部姓をリスティルに変更させているのだ。

(そしてまあ、なんというか・・・・・・、自由恋愛の多いこと多いこと。入ってきた人の出身が名前の下に書かれていたが、『死刑囚』、『処刑人』、『異民族』とか、なんなんだよ。一番多いのは『貴族』だったけど、そういえば『滅びた国の王族子孫』とかもあったわね)

だから、私が結婚するかどうかは私の一存で決めることができない。一瞬考えないわけじゃなかった。私がこの国を出て行くつもりなのだから、それは結婚と言う形でもありなのではないのかと。

(ただ、ガルディア帝国に嫁いでも、私の命の保障はできないし、そもそも戦争をしないなんて保証もどこにもないわ。どうなるかわからないのに、嫁ぐのは勘弁だわ)

「・・・・・・ここで嫁ぐって言ってくれたら、今すぐにでも攫っていけるのにねえ」

攫わないなんて言ったって、相手は敵だ、信じられるか。私は自分が置かれている状況に、危機感を覚えていた。じりじりと距離を取ろうとする。

その場を緊張感が支配した。

「私があなたの国に行ったとして、アステリア王国の肥沃な土地と海をあきらめられるのかしら? あなたが戦争を仕掛けるかどうかが不確定なのに、求婚の返事なんか余計にできないわ」

「じじいどもはあきらめないかもね。でもどうでもいいよ、そんなこと。君が傍にいてくれるならそれでいい。君の願いは叶えてあげる」

前言撤回。やはり少しおかしい。

「あなた、私のこと随分買ってくれているのね」

「まあね。君の力が欲しいと言ったのは対外的な理由だよ。本当に欲しいのは君だ」

「私? どういうことよ」

「僕と同じ感覚を持てる人は多くないんだもの」

「わからないわね。私、他人と違う感覚を持ったことはありませんわ」

「そうなの?」

物凄く不思議そうな顔をされた。あまりにも驚いた表情に、彼は素で言っているのが分かった。

「ええ・・・・・・。あなたこそ何を言っていますの」

「人が虫けらに思えたりしないの?」

本当にきょとんとした表情で聞かれた。

「思うわけありませんわ!」

虫けらだなんて思ったことはない。なんてことを言うのだ。

「じゃあ、この世界にいる自分に、力に違和感を覚えたことはないの?」

「え?」

そう言われたとき、私はまじまじとガルディア皇帝を見てしまった。

(違和感? そんなもの・・・・・・)

「・・・・・・」

沈黙が二人の間を流れたと思ったら、ふいに前に引き寄せられた。

ちゅ。

一瞬時が止まった。

(ちゅ?)

頬に温かい感触。

(え? ええええええ!!??)

目の前にはお綺麗な顔!

「な、何をって、きゃ!」

何をするの! と言おうとしたら、今度は腕を後ろに強い力で引かれた。

「お嬢様!」

普段のルカからは到底考えられないくらい、怒った顔。

「貴様、お嬢様に何をした! 殺すぞ・・・・・・」

普段のルカからは考えられないくらい冷え切った、どすの利いた声だ。

さらに、私とガルディア皇帝の間に二人の大人が立ちはだかった。

「お、お父様!? ゴウエン!?」

後ろ姿からではわからないが、お父様もまた、怒ってらっしゃるように見えた。

「ガルディア皇族を招待した覚えはないぞ・・・・・・」

そう言うと、お父様は腰の剣を抜き、切っ先をガルディア皇帝に向けた。

「こんばんは、リスティル公爵。いや、義兄上様?」

ガルディア皇帝は不敵に笑った。

「・・・・・・なんだと? 貴様、皇帝か?」

義兄上様と呼ばれたお父様が、信じられないといった声で呟いた。

「その通り。この髪色、そして目の色を見ればお判りでしょう? あなたの奥方と大事なお姫様と同じなのだから」

「・・・・・・何をしにここに来た」

「それは分かり切ったことでしょう。やはり求婚するなら本人が来るべきだろうと思いましてねえ」

「やかましい。この地に踏み入るとは殺されても文句が言えないぞ」

ゴウエンが剣を持ったまま一歩踏み出す。

「はいはい。殺されるのはごめんだよ。もう帰るからさあ。お姫様、今度、さっきの答を聞かせてね」

ガルディア皇帝は私に向かって微笑んだ。

「黙れ、小僧!」

ゴウエンが吠えた。

「うるさいなあ。言われなくても帰るよ」

そう言って手をかざすと、突然私たちに向かって、無数の氷の刃が飛んできた。

「え!?」

「ちっ!」

お父様が手を振りかざすと、あたりを炎が包み込み、氷の刃を溶かした。

氷の蒸発によってできた水蒸気で、あたりが見えなくなる。

「待て!!」

ゴウエンが追いかけるが、そこにはすでにガルディア皇帝の姿はなかった。

「ちっ、逃げたか。ゴウエン!」

「捜します!」

ゴウエンはそう言うと建物の方へ走っていった。

それを見届けたお父様は私と目線を合わせた。

「ルーシェ」

「は、はい、お父様」

お父様のあまりにも冷たい声に背筋が伸びた。しかし次の瞬間には抱きしめられた。

「無事でよかった。何もされなかったかい?」

「ええ、大丈夫」

私を抱きしめて満足したのか、顔を合わせると、お父様は忌々し気に顔をしかめた。そして、白い手袋でゴシゴシと私の頬を拭う。いつの間にかにこにこ顔になっていて、少し怖い。そして、あまりに強く拭われるので痛い。

「アドルフ様、あまり強く拭われると、お嬢様の頬に傷が・・・・・・」

「ああ、そうだね。ごめんね、ルーシェ」

「い、いえ」

ルカ、よくぞ言ってくれた。

「・・・・・・何を言われたの?」

分かっているでしょ、と思ったが、私は素直に答えた。

「お父様、ガルディア皇帝と私の縁談話が出ているのでしょう。そのことを言われましたわ」

私がそう言うと、お父様は目線を反らした。

ルカはなんともいえない表情をしていた。

「そうか・・・・・・」

「ええ。まだ、返事はしていらっしゃらないでしょう? どうするおつもりですか?」

「ルーシェが考える必要はないよ」

お父様は私を抱き上げる。

「ですが!!」

「それは私の一存でも決めることができない。さあ、帰ろう。」

それ以上、お父様は何も言わせてはくれなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ