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皆様、ごきげんよう。私はルーシェ・リナ・リスティルですわ。私は今、とんでもない瞬間に立ち会っていますわ。
(私が、あのとんでも皇帝から求婚されているですってええええええ!!!???)
声に出して叫びたいが、そうもいかない。私は体をプルプル震わせていた。心配したのか、黒猫が私の頬をなめてくる。
「うわー。これは予想外」
ラルムが小声でつぶやいた。予想外とかのレベルじゃないわ。
「ふざけるなよ。うちの姪っ子をひどい目に遭わせておいて、いったい何のつもりだ」
「何の話でしょうか? 何かありましたか?」
アイヒやヨシュアの件に関しては、確かにガルディア皇帝がやったという物的証拠がなかった。つまり実際は、糾弾することが難しいのだ。
「理には適っているでしょう。これで、両国の平和が保たれる。なにより、ガルディア皇族の血をお持ちの公女だ」
「貴様・・・・・・」
叔父様は今にも剣を抜きそうだ。
「すぐに返事を聞かせてほしいとは言いません。しかし、この婚姻でもたらされる両国の利益は測り知れないものとなることでしょう」
「クレアンス侯爵、貴公はこの件に異論がないと?」
お父様は、静かに言い放った。
「そうでなくては、この場にはいません。返事の期限は一か月後とさせていただく」
***
そこから先のことに関して、あまり記憶がない。私の様子を察したラルムが、床を閉じると、私をもとの部屋まで連れ戻してくれたのだ。
「姫様・・・・・・」
(婚姻ですって)
まだまだ先のこと、もしかしたら、この世界では結婚ができないかもしれない、と思っていた。
「私、あんなのと結婚するの・・・・・・?」
「どうだろうね・・・・・・」
「利害を考えると、どうかしら・・・・・・」
婚姻は両国の平和を考えるなら、もっとも使われる手段だ。
「そもそも、それだったら、普通は王女殿下を送ることになるよ。姫様はあくまで公爵家の人だもの」
ラルムは私を元気づけるためなのか、頭をポンポンと叩いた。
「そう・・・・・・」
何を言われても、今は冷静に考えられそうになかった。




