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皆様、ごきげんよう。私はルーシェ・リナ・リスティルですわ。私は今、リスティル公爵邸で隠し通路に入っていますの。
「ここって」
「リスティル公爵家の隠し通路の一つだと思うよ。探検していたら、ちょうど見つけたんだよね」
それはそれでどうなのだろう。こんな簡単に見つかってよいものか。
「まあ、細かいことは気にしないほうがよいよ。足元に気をつけて。階段を上がるよ」
ラルムはどこで拝借したのか、小さなランタンを持っていた。
「さて、ここだよ」
「ここ?」
そこは、何の変哲もない通路だった。
「そう。これから大きな声は絶対に出すんじゃないよ。聞こえたら終わりだよ。猫もわかっているね」
ラルムはそう言うと、しゃがみこんだ。
「ちょっと・・・・・・」
ラルムはそのまま、床に手を置くと、スライドさせた。
一気に二筋の光が飛び込んできた。
「・・・・・・」
私はそこを覗き込んだ。
(ここって・・・・・・)
下を覗き込むと、大きなホールが見え、お父様たちを上から見下ろすことになった。
「隠し穴だよ」
ラルムに小声でそう言われた。
***
お父様、叔父様、エヴァ様、そしてゴウエンと向かい合うのは、短く切りそろえられた赤毛に灰色の鋭い眼光を持つ、三十代くらいの容姿の優れた男性。
アステリア王国の“戦公爵”とガルディア帝国の貴族の話し合いの場の空気は、想像するほど険悪ではなかった。それでも、どちらも空気は鋭い。
お父様たちもガルディア帝国の貴族も帯剣していた。
「この度は、面会をお許しいただきありがとうございます」
「帝国第一騎士団“青の大公”クレアンス侯爵がいらっしゃるとは、さすがに意外だな。殺されるかもしれない場所に、よくいらっしゃることができた」
「リスティル公爵はそこまで愚かなことをしないでしょう」
殺されるかもしれないというのに、表情を変えることなく、クレアンス侯爵は言い放った。
「さて、御託はいい。用件を言ってくれ。わざわざ、私がこの地に戻ってからの来訪、何の用があってのことか」
「ご名答。我が主、ガルディア皇帝より親書を持ってきた」
(なんですって・・・・・・)
蘇るのは、あの残虐な顔。思わず黒猫を強く抱きしめた。
「これを・・・・・・」
お父様は険しい顔を崩さずに、親書を受け取ると、それを開いた。
「なんだと・・・・・・」
それを読んだ瞬間、お父様の顔色が一気に変わった。わなわなと震え、親書を握りつぶしそうだ。
「兄上? ちょっと見せてくれ。・・・・・・正気で言っているのか?」
叔父様も驚愕の顔でクレアンス侯爵を見つめた。
(いったい何なの? 何が書かれているの)
次の瞬間聞こえた言葉に、私は、凍りつくことになった。
「ルーシェを、ガルディア皇帝の皇妃に迎えたい、だと・・・・・・」




