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長い間更新ができず、申し訳ありませんでした。
これからもどうぞよろしくお願いします。
皆様ごきげんよう。私はルーシェ・リナ・リスティルですわ。今、私の前には、とても可愛らしい猫がいますのよ。
「きゃあ! かわいいですわ!」
まだ、大人になりきれていない、白い毛にところどころ黒のブチが入っている猫と、茶色の猫、もう一匹は大人の黒猫だ。
「ルーシェ様がどうしてもとおっしゃいますので・・・・・・」
ゴウエンは怖い顔を恥ずかしそうに赤らめながら言った。
大人の黒猫が私のほうに歩いてきた。私が手を出すと舐めてくる。
「可愛らしいわ」
私は顔をマッサージするように撫でると、気持ちよさそうに擦り付けてきた。
(この黒猫・・・・・・どこかで? でも、ありえないことだし。そもそも猫の見分けはつかないわね)
私は考えることをやめて、猫たちを撫でることに集中した。すると私の前に大きな影ができた。
「あれ、この前拾われた猫じゃないか! 久しぶりだなあ!」
ラルムは私と同じようにしゃがみこむと面白そうに蒼い目を細めた。
「あら、ラルム」
「こんにちは、姫様。元気にしている?」
ラルムは猫の頭をぐりぐりといじくった。
「ええ」
「ラルム、稽古はどうした」
ゴウエンは胡乱げな顔をして、ラルムに目をやる。
「もう終わりましたよ!」
「本当か?」
おもいっきり疑っている。
「本当ですって! 信じてくださいよ!」
「お前はさぼりの常習犯だろうが!」
どうやら、ラルムはよく稽古をさぼるらしい。ただ、「とても強くて頼りになるんですよ」と他の兵士から聞いたのだが。
「姫様の前でなんてことを言うんですか!」
「さぼるからだ馬鹿者!!」
(なんというか、漫才をしているようだわ)
にゃー、と猫たちが体を擦り付けてきた。黒猫の方は私の体にしがみつくと、するする登っていき、私の腕に収まった。
(うきゃー! かわいい!!)
「ゴウエン隊長!!」
焦ったようにゴウエンを呼ぶ声が後方から聞こえた。
「なんだ騒々しい! ルーシェ様の前だぞ!」
「も、申し訳ありません。アドルフ様がゴウエン隊長を急いで呼んで来いと」
「お父様が?」
なんだろうか。
「用件は聞いたか?」
「いえ。とにかく呼んで来いと」
「わかった。ラルムはルーシェ様と一緒にいろ」
「はい」
「ルーシェ様、申し訳ないが猫と一緒に遊んでおいてくださいね」
「わかりましたわ」
私がそう言うと、ゴウエンは去っていった。
「何かしら?」
「さあね? でも、気になるね・・・・・・」
「そうね」
「よし、行こうか」
「はい?」
思わずラルムの顔を見上げた。ラルムはとても面白そうなものを見つけた、という表情をしていた。
「え? だから、あとを追うんだよ」
「大事なお仕事でしょう? 邪魔しちゃだめよ」
「別に邪魔はしないよ。気になるから、見に行くだけだよ。ゴウエン隊長は姫様と一緒にいるように言ったけど、付いてくるなとは言ってないよ」
「いや、そうだけど・・・・・・」
「気になるでしょ?」
「そうだけど・・・・・・」
「いいから行くよっと」
私がうじうじ考えていると、それにじれたのかラルムが黒猫を抱いた私を抱え上げた。
「ちょっと!!」
彼は私の抗議を聞くことなく、ゴウエンの去っていった方向に走った。
***
「・・・・・・」
屋敷の中が不気味なほど静まり返っていた。
「ねえ、ラルム・・・・・・。こんなに静かなものなの?」
屋敷の中に入った私たちはメイドの姿すらない廊下に違和感を覚えていた。ここまでくると不気味である。
「いや、異常だね・・・・・・。ん? 馬車?」
「馬車? ・・・・・・本当ね。お客様がいらしているのかしら?」
ラルムが差した馬車は、漆黒のシンプルな馬車だったが、よく見れば精緻な細工がふんだんに施された、高価なものだとわかる。真ん中に彫られているのは紋章だろうか。
「あれは・・・・・・」
「ラルム?」
ラルムが信じられないという顔をしている。
「どうしたの? あの馬車、何かあるの?」
「ルーシェ様は、まだ、知らないんだね・・・・・・。あの紋章がどこの国を指しているのか」
「え?」
私は思わず聞き返した。そして、次に言われた言葉に、頭が真っ白になった。
「あれは、ガルディア帝国の馬車だ・・・・・・」
「え・・・・・・」
思い出すのは、あの危険な少年皇帝。ヨシュアを操り、アイヒを殺しかけた。
「・・・・・・」
「姫様? 大丈夫? 震えているよ」
気が付くとラルムが私の顔を覗き込んでいた。
「え?」
「猫ちゃんを抱いている手が震えているよ」
自分の手を見るとガタガタと震えていた。
「にゃー」
黒猫は私を見上げると、頬をなめた。
「・・・・・・大丈夫。問題ないわ」
よくわからないが少し緊張が解けた気がする。猫が温かいからほっとしたのだろう。
(落ち着け私。ここにはお父様も叔父様もいるのよ)
「・・・・・・なぜここにガルディア帝国の馬車があるの?」
「わからない。だが、普通じゃないぞ。どういうことだろう。何が起こっている」
「お父様たちが対応されているのよね」
「多分、対応しているのはアドルフ様だ。ゴウエン隊長が呼ばれたのもきっとそれでだ。道理で屋敷の中に誰もいないはずだよ。人払いされているんだ」
「・・・・・・」
「姫様どうする?」
「どうするって?」
私は聞かれたことの意味が分からずに、そのまま聞き返した。
「多分、客人を案内するなら、応接室しかないよ。行ってみるかい?」
「・・・・・・入れてはくれないでしょう。きっと重要な話よ」
「そりゃね。でも、内容は聞くことはできる」
「はあ? 何を言って・・・・・・」
「聞く覚悟があるなら、案内するよ。ルーシェ姫」
今までとは打って変わった冷たい目を私に向けた。
「・・・・・・」
ここで聞かなかったら、私の耳にガルディア帝国とお父様たちの会話は入ることはないだろう。
「・・・・・・聞くわ」
きっと、私が何もしなくても、お父様たちが動いてくれる。でも、この国から出て行く私としては、自分に降りかかりそうな火の粉のことは把握していたい。
「そうこなくちゃ、姫様」
先ほどの冷たい視線とは打って変わって、優しい顔つきになった。
***
「ここ、どこ?」
「しーっ。あんまり大きな声は禁止だぜ」
あの後、ラルムは私とある部屋に入り込んだ。
「ここって?」
「アレク様の執務室」
「はあ!? 叔父様の執務室って、勝手に入ったらまずいのでは・・・・・・」
「まあね。えーっと、あ、ここだ」
ラルムは執務室の壁を触り始めたと思うと、一部分の壁がガコッと音を立ててへこんだ。
すると。ギギギィと耳障りな音を立てて、壁が移動する。
「え・・・・・・」
目の前に現れたのは、隠し通路だった。
「ここって」
「ようこそ。秘密の通路へ・・・・・・なんてね。カッコつけたのは良いけど、その猫ちゃん本当に連れて行く気かい?」
「仕方ないじゃない。下そうとしても離れないんだもの」
色々と試したのだ。でも、引き離そうとするラルムの手をひっかくためにあきらめる羽目になった。
「本当に鳴き声を上げないでほしいよ」
「そうね。・・・・・・静かにしているのよ」
「にゃー」
なんとも気の抜けた返事である。
(本当にわかっているのかしらね)
「もう、仕方ないね。・・・・・・さて、行こうか」
ラルムは黒猫に引っかかれた手をさすりながら、前に進んだ。




