66.
「ほら、グレン。ちゃんとついて来い」
「グレン、ほら、手をここに」
「ま、待って。兄上様達。怖い」
「ああ・・・・・・」
天使だわ。天使がいる。
皆様ごきげんよう。私はルーシェ・リナ・リスティルですわ。リスティル領のお屋敷にいますの。
今日は、私の前で、天使が木登りを頑張っていますの!! ちなみに、三人が登っている木は太いので、折れる心配はない。さらにその下では、ルカと兵士さんが直立不動で構えている。ルカ、嫌ならこちらに来ればいいのに・・・・・・。
「お嬢様の為なら、私は下で構えておきます」
顔を蒼ざめさせながら言った。
ちなみに私も一緒に登ろうとしたら、最初の枝で兵士さんに抱えられて降ろされた。なんでだ!! 戦には出すんだろ!!? 登りたいよ。前世は木登り得意だったよ!
「お嬢様!! 美しい手に怪我でもしたらどうするのです!! 落ちて顔に傷などできようものなら。ああ、棘は刺さっていませんか!!」
ルカはものすごいあわてた。いや、私、剣を握っていますけど? マメもできていますけど? 体に打撲がありますけど?
そう言い返したら、「それはそれ」とルカだけでなく、兵士さんにまで言われた。ついでに、事の成り行きを見守っていたユアンお兄様やユーリ君にもだ。なんでさ!!
「姉上様!!」
見上げると、グレンたちは木の太い幹の上に立っていた。
早い!! いつの間に。さすが子ども、さっきまで怖がっていたくせに、なんて適応力だ。
「グレン! 枝から手を離しちゃだめよ!!」
あんなに手を振って危ないって! バランス崩したらどうするの。
「はーい!」
だから、手を振るな!! わかってないじゃん!!
そんな私の心配をよそに、するすると猿みたいに三人は降りてきた。
「姉さま! 見ていました!?」
ああ、かわいすぎる。
「ええ。頑張ったわねえ」
「じゃあ、今度はあっちまでかけっこだ」
そう言って三人は走り出してしまった。
「あ、ちょっと!!」
兵士さんも追いかけて走り出した。大変だね。
「ふふ。元気なのはいいことね」
「お嬢様、どうぞ日陰に。焼けてしまいますよ」
ルカがパラソルを持っていた。
「ありがとう。グレンにもちゃんと一緒に遊んでくれる子がいてよかったわ」
すると。
「も、申し訳ありません・・・・・・」
どよーんとした空気をルカがまとった。
「え!? いや、どうしましたの!!」
「わ、私が・・・・・・」
あ、本来なら自分がやらなければならないのに、グレンが苦手だから遊ばないことに申し訳ないと・・・・・・。
「そんな、ルカは私の従者なんだから、そんな暇ないじゃない!! 気にすることはないわ!」
「・・・・・・」
「そ、それより、今日のおやつは何かしら。昨日の食後のデザートも絶品だったわ!せ、せっかくだからここの料理長にお菓子の作り方でも学んでらっしゃいな!!」
「はい・・・・・・」
(だめだこりゃ。仕方ないわね)
「ル、ルカ。・・・・・・私、ルカの新作のデザートが食べたくてよ。あなたのじゃなきゃやっぱりいやだわ。やっぱりここのデザートもおいしいけれど? ルカの方がわたくしの好みをわかっているものね!! 今日の午後のデザートはルカに作ってほしいわ~」
許せ、これが精いっぱいのデレだ!!
「かしこまりました。お嬢様」
立ち直りはやっ!!
そう言うやいなや。
「後ろの方々、お嬢様をお願いいたします」
頭を下げると物凄いスピードで厨房に向かっていった。おそらく人類最速の競歩記録になったに違いない。
「ふ、ははははっ」
笑い声が響いたのはルカが消えた直後だった。
「うきゃ」
うわ、変な声でた。何事だよ。私は恨めしい顔をして、声がする方を振り返った。私のほぼ真後ろだ。
「・・・・・・」
隠れたつもりなのかなんなのか、突っ込むべきか。私の後ろの紅茶のポッドが乗っているカートのところに誰か隠れている。いや、バレバレなんだけど。頭隠して尻隠さず、いや、頭のてっぺん出てるし、ところどころ服が見えているですけど。てか、メイドさんガン無視。表情がまったく変わらない。
「あなたはどちら様?」
私がそう声をかけると、隠れていた彼は姿を現した。