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皆様、ごきげんよう。私はルーシェ・リナ・リスティルですわ。ただいま離宮に来て、アイヒとお茶をしていますのよ。

「まあ、ルーシェ。領地に行かれるのね」

「ええ。グレンのお披露目もかねて」

アイヒは優雅にお茶を飲むと、うっとりと言った。

「いいわね。わたくしもどこかに行ってみたいわ。王女だし、子どもだしで、外にはなかなか出してもらえませんもの」

「そう・・・・・・」

それは、あのとき死にかけたってことも大きいと思う。正直言って、あれは死んだも同じだ。私がたまたま力を使えたから助かっただけだ。

アイヒの傍に立つ人物は、今も不在のままだ。

「お兄様もさぞかしショックを受けるのではなくて? ルーシェに当分会えないから」

「どうかしらね? チャンスとばかりに剣の稽古をするのでは?」

帰ってきたら、「ルーシェ勝負だ!!」なんて言ってきそうだ。

「・・・・・・どうしてこう鈍いのかしら。お兄様ももっとアプローチしないと」

「え? なんて? よく聞こえなかったわ」

「何でもなくてよ。それより、リスティル領は様々な国から多くの物品が集まると言われていますわ。いいわあ、わたくしも行きたいですわ」

「何か欲しいものがあったら、探しますわよ?」

「本当に? じゃあ、青い髪のカツラをお願いしますわ」

「青い髪のカツラ? そ、それでいいわけ?」

まさか、そんなものを頼まれると思っていなかった私は一瞬動揺した。そもそも、そんなもの売っているのか? そしてなぜに青いカツラ?

その時、コンコンと扉がノックされた。

「ルーシェ、アイヒ」

入ってきたのはラスミア殿下だった。

「あら、ラスミア殿下」

「父上から聞いた。リスティル公爵領に戻るそうだな」

「はい、今日はそのご挨拶に来ました」

「そうか、長旅になるだろうからな。体調には気をつけろ」

「・・・・・・」

私は思わずぽかんとラスミア殿下を見つめてしまった。

「な、なんだ」

「いえ、気を付けて行ってきます」

もっと何かを言われると思ったのだが、普通だったのが予想外で驚いたのだ。

「せっかくですから、何かお土産お持ちしますわね。なにかご所望のものはありますか?」

「・・・・・・」

ラスミア殿下は何かを考えるそぶりをした。

「あまり思い浮かばない。そうだな、お前がいいと思ったものを買ってきてくれ。ないならそれで構わない」

「はあ・・・・・・? わかりましたわ」

まあ、王子様なんだから欲しいものなんて特にないわよね

「お兄様、それではルーシェが困りますわ」

「仕方ないだろ。思い浮かばないんだ」

「じゃあ、いいのがあったら買いますわ」

「ああ、気をつけて」

ラスミア殿下とアイヒに見送られて、私は離宮を後にした。







――――アステリア王国筆頭貴族リスティル公爵。その歴史は王家とともに始まった国内最古の貴族である。彼らが治める領地は広大である。――――

なにかの授業で読んだ一節だ。

私はガタゴトと揺れる馬車の中で、ルカに話しかけた。

「簡単に言うと領地の半分以上は農耕地帯で、後は町?」

我ながら簡単にまとめすぎたと思う。

「まあ、そんなところですね。その町にも多くの商人たちがいてなかなか圧巻ですよ。特にリスティル公邸がある領都は王都に次いで栄えていますから。ご当主の弟君の采配は確かなものです」

私の叔父様は特に商売が上手らしく、リスティルの商業地帯がこんなにも広がったのは叔父様の力が大きいらしい。

「ルカは領地に行ったことがあるの?」

先ほどからかなり詳細にリスティルの町について教えてくれるのだ。

「はい。一度だけですが」

まじかよ。一度だけで全部覚えているのか。

「もしかして、叔父様に会ったことはありますの?」

私は期待した目をルカに向けた。気になるのよね、どんな人なのか。

「いいえ、残念ながら。・・・・お役にたてずに申し訳ありません。ただ、大変素晴らしい方だと屋敷の方々に聞きました」

「そうなのね。・・・・・・ねえ、ルカ」

「はい、お嬢様」

ルカはいつもと同じ無表情だけど、初めて会った頃よりも背が伸びて、マジでイケメンになっている気がする。将来モテること間違いなしだ。知っているんだぞ、最近若いメイドちゃんが顔を赤らめているのを!!

「いつまでも固まらなくてもいいでしょう。もう、グレンは寝ていますわ」

今、私の膝の上にはグレンが頭を乗っけて寝ていた。本当に天使みたいにかわいいわ。私はグレンの頭を撫でた。

しかし、出発してから今に至るまで、ルカは背筋を伸ばしたまま本気で一ミリも動いてはいない気がする。きつくないのかしら。

「そんなことよりお嬢様、体調にお変わりありませんか」

ルカはかなり強引に話をそらした。

「大丈夫よ。それより、もっと力を抜いて楽になさい。疲れちゃうわよ」

「問題ありません。お嬢様、そろそろお菓子を準備いたしますね」

揺れる馬車の中でルカはてきぱきとお菓子の準備を始めた。さすがにお茶はなかった。


***


王都を出発してからようやく一日だ。私が言えることは一つ! お尻が痛い!ルカが気を使ってクッションを敷いてくれたけど。

私の膝にはグレンが頭を乗せて寝たままだ。本当によく寝ている。しかし、この揺れが少ないとはいえよく馬車で眠れるものね・・・・・・。

王都を出て、しばらくしてから見えるようになった見渡す限りの壮大な穀倉地帯。小麦の収穫期にはあたりが黄金に染まるという、リスティルの領地。

「すごいわ」

「国内の四割の小麦粉の生産量をまかなっていますから。もうすぐ、町が見えてきますよ」

「そう。・・・・・・グレンを起こしてもいい?」

ルカがまた固まるんだろうなと思いつつ尋ねると、若干動きがロボット化した。

「そ、そうですね。・・・・・・そろそろ出番ですから」

「出番?」

「はい。ルーシェ様とグレン様の」

(私達の出番? どういうことかしら・・・・・・)

「何が起こるの?」

そのときだった。

馬蹄の音が近づいてきた。

「え?」

「ん~。あねうえ様?」

グレンがあまりのうるささに起きた。目をこすっている姿はかわいいけど、それどころじゃない。

「ルカ?」

ルカは何も答えない。

次の瞬間、馬車の扉がガッと開かれた。

「は?」

「失礼、お姫さま」

「え? ええええ!!!」

説明しよう。扉の外には、クマみたいなおっさんが馬に乗って、馬車と並走していた。

(山賊!!?)

私はクマに腕をつかまれて、思いっきり引っ張られ、クマの膝の上にいた(今ここ!!)

「何ですか!!?」

(てか、あんた誰!!?)

私は突然のことにさっぱりついていけない。

「姉上さまを離せ!!」

グレンがクマに向かって叫んだ。まあ、なんて立派なの! さすが私の天使!

「ははは! ずいぶんと勇敢ですな!」

「隊長、今回は姫君なんですから、もっと優しくしないと」

クマの部下と思われる男が、クマをたしなめた。

全くだ。クマの腕は固い筋肉に覆われて落とされる心配はなさそうだが、馬はものすごい勢いで走っているのだ。怖いんだよ。

「これはこれは、失礼。姫君。私はリスティル領警備団団長ゴウエンと申します」

いや、のんきに自己紹介しないで、馬止めてくれ!! 舌かんじゃうわよ!! 

私はしゃべらないまま、クマをにらみつける。

(まったく、なんなのよ、突然!!)


***


「ゴウエン、来たか」

ゴウエンは前方にいたお父様の所にまで追いつくと、並走した。

「当主様、姫様をお連れしましたよ。」

「・・・・・・やれやれ。毎度の度胸試しの恒例行事とはいえ、もっと穏やかに連れてこられないものか。ルーシェ、大丈夫かい?」

お父様は私のげっそりとした顔を見て、心配そうだ。

「な・・・・・・んとか」

「さすがは国王陛下も認める姫君。泣かないのはさすがですね。エイダ様からもくれぐれもよろしくとお願いされましたよ」

どうやらこれは恒例行事らしい。意味がわからん。しかし、おばあ様が?

(あ、そういえば)

私は出立の時のことを思い出した。


「ルーシェや」

孫がいるとは思えない美しさのおばあ様が満面の笑みで見送ってくれたのだが。

「クマみたいな部下に、ルーシェは優しくてよい子じゃから、くれぐれもよろしくと手紙を送っておいたからの」


とかなんとか言ってたわ。そうか、この人がおばあ様が言っていたクマさん。おじい様といい、クラウス師匠といい、おばあ様の周りはなんでこんなにタイプの違う怖い顔が多いんだろうか。

と、死にかけの頭で考えていたら・・・・・・。

「うわーーーーーーーん!!」

後ろからものすごい叫び声が聞こえた。

「グレン!?」

「はははっ! 顔に似合わず泣き方が豪快ですなあ!」

後ろを見ればグレンも騎士に担がれて運ばれていた。あまりのうるささに運んでいる人も顔をしかめている。

「グレン、大丈夫だから泣き止んで」

「うええええええん!!!!」

馬の上にいるのでグレンの頭を撫でてはやれないが、優しく声をかけた。

そうこうしている間に町の門が近づいてきた。周りは高い壁に囲まれ、堅固な門は閉じられている。そういえば、いったいなんで馬車から私たちを連れ出す必要があったのだろうか?

「お父様」

「どうした?」

私は一連の謎を聞くことにした。

「なぜ私たちは馬で移動しているの?」

「ああ、それはね・・・・・・」

お父様が右手を上げる。すると、

ギギギギギッと目の前の門が大きな音を立てて開いていく。

町が、隙間から見える。

そして、門の前に集まる無数の人だかりも。

ワ――――――――ッ!!

瞬間、無数の人の声が聞こえた。

「お前たちのお披露目だからだよ」

お父様の最後の言葉は、街の人の歓声によりかき消された。











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