番外編3
しばらく更新が難しくなると思います。
読んでくださりありがとうございます。
「私とお父様はね、戦場で出会ったの」
そう言って私は娘にほほ笑んだ。
娘は何が何だかわからない顔をしてる。それもそうだろう。
でも、賢い娘もこんな顔をするのだと思うと、ちょっとうれしく思った。
「君は本当は誰かに愛されたいだけなんだ」
「この手を取ってくれないか。・・・・・家族になろう。マリアンナ」
その手は私の大切な人の血で濡れていた。でも、本当の意味で、初めて泣いた気がした。
大切だった人の言葉がよみがえる。
――――あんたはおかしいのよ。心が。でも、それでいいの。変わる必要はないわ―――――
家族になろうと言ってくれた人は、私の大切なものを殺した。けど、この人なら私の欲しいものをくれると思った。
だから、この手を取った。
・・・・・おかしいのかもしれない。いや、おかしいのだ、私は。
普通だったら、あの人の首が転がっていて、傭兵団のみんなの首が転がっている場所で、この人の手を取るなんてしないのだから。
――――逃がしちゃだめよ。あんたを幸せにしてくれそうな人間がいたら絶対にはなしちゃだめなんだから――――
―――――普通はこうだなんて、考えない。だってそんなことを考えたら、あんたは幸せになれないわ――――
私はある国のそれはそれは高貴な家の第一子として生まれた。母は、平民。その美貌ゆえに狂王と呼ばれた父に見初められ、望まれてしまったかわいそうな人だった。さらに本妻や他の妾達よりも先に私を妊娠してしまったことが、彼女の最大の不幸に違いない。
「ごめんね。お母様、こんなにも弱くて」
母はいつも泣きながら私の首を絞める。そして我に返ったように手を離して、私をまた抱きしめる。
母はどんどん狂っていった。
母は私が10歳になったときに死んだ。むしろよくここまで生きたと思う。自殺と言われているけど、きっと殺されたんだろうな・・・。あの本妻に。
母のいない私を父と呼ばれるものはとてもかわいがった。
頭が狂っていると言われる父だけど、優しくしてくれた、と思う。たとえ、私の目の前で何人もの侍女を殴って、切り捨てたとしてもだ。私に手を上げることはなかったし、たくさんのことを学ばせてくれた。母を亡くした私はそれに応えたくて頑張った。
でも、気が付いた。父は私を見ていない。私を通して、母を見ていると・・・・。
その視線が、気持ち悪いと感じたのはいつからだったか。
「かわいそうねえ~。このまんまじゃ大変なことになっちゃうわね」
「うるさいよ。ラーソ」
私の剣の師匠でもあるオカマ傭兵隊長(身長2m、体重ひ・み・つ、恋人アリ!?ちなみにどっちだろうか・・。)は他人事のようにつぶやいた。そりゃ、他人事だけど。
「変に頭狂っているからねえ、あんたのお父様。最近妙な連中を招くし、どっかの遺跡を掘り起こし始めるし・・・。わけわかんないわね」
「・・・・・・・・」
はぁとため息をついた。他人事だと思って・・・・。
「父はなんで狂ったの?」
そう聞いたことがあった。
「好きな人が振り向いてくれなかったからよ」
「はあ?」
余りにも適当な答えに私は思わずあきれた。なんだそれ。そんなことで狂っていたらこの世の半分くらいの男の頭はおかしいことになる。
「嘘じゃないわよ」
「はいはい、答える気がないことだけはわかったよ」
私は話を切り上げて部屋に戻ることにした。
「嘘じゃないんだけどね・・・・。あの時お前があいつを選んでくれていたら、何か変わったんじゃないかって思うよ。・・・・・・・エイダ」
「そういえば、ラーソは傭兵なのになんで父のことに詳しいわけ?」
考えてみたらただの傭兵が一応第一皇女の私の剣の師になんてなれるわけないし、父と対等に話しているなんてありえない。
「んー?あんたの父親とは、ながーい付き合いなのよ。・・・お互いになにがあっても友であるって決めてんのよ。あいつが頭おかしくなってもね」
ラーソと父は幼いころに会っていたらしい。幼いころは初心で普通だったのよー、あんたのお父様。と、よく話を聞いた。その時のことを語る顔はどこか楽しげで、親しいことがうかがえた。
その感覚は私にはわからないものだ。でも、うらやましい。
私にそんな人はいなかった。友と呼ばれるものを6歳で、切り捨てた。
「それって、忘れられても?」
ラーソは苦笑した。
「何があってもって約束だしね」
この前、父はラーソに向かって、誰だお前と言って、剣で切りかかったのだ。すぐに思い出したみたいだけど。あの時父は愕然としていた。その顔を見る限り、ラーソは確かに父にとっては友なのだろう。
「・・・ああ、そういえば戦争が始まるみたいよ~。最近体がなまっているからありがたいわ」
「戦争?」
なにそれ、聞いてない。
「そりゃね、極秘よ、極秘。この国、アステリア王国に戦争仕掛けるみたい。たぶん消耗戦になるから、あんたともここでお別れかしらね」
アステリアの男って素敵なのが多いらしいから、楽しみだわ。
かなり軽い口調だが、その言いぐさから、死を覚悟していることがうかがえた。
「アステリアって・・・」
私は呆然とした。肥沃な大地を持つ隣の大国に戦争を仕掛ける。おかしな話じゃないけれど、確かあそこは・・・・。
「食糧支援をしてくれてなかった・・・?」
この帝国は国土はだだっ広いが、半分が永久凍土だ。食料は国内だけでは賄いきれないため、アステリアから食料支援を冬場は受けていたはずだ・・・。アステリアと帝国の関係はそこまで悪くない、表面上は。
「決めたのはアイツよ」
その目は特に何も思っていないようだった。政治的なことは傭兵には関係がないからか・・・。
「勝てるの・・?」
先ほどの言い草は、死を覚悟していた。アステリア王を支える臣下たちは最恐の布陣だと聞く。特に軍師のくせに、先陣切って笑いながら敵を切り殺しに行く女将軍がいるらしいとか・・・。
「さあね?何か策があるみたいだけど・・・・・・」
その顔を見て、思った。
ああ、また失う。
胸が痛む。
手のひらから、零れ落ちてしまう。
母が死んだ時と同じ感覚だ。
「ねえ、私も行く」
とっさに出たのはそんな言葉だった。
「はあ?」
「いいでしょ。ここにいても貞操の心配はなくなったけど、命の心配しなきゃならないんだもの」
「あんたね・・・・、あ~、でもあの奥方なら命狙ってきそうねえ。息子どものバカっぷりもばれてきたしねえ」
「本当に参っている。頑張りすぎたかもしれない・・・・」
死に物狂いで学んでいくうちに、他の兄弟たちの愚鈍さが世間様にばれてきたようだった。いや、愚鈍ではないのもいる、ちゃんといいやつもいるのだけど、私より出来が悪い。これに怒り狂ったのは正妻と妾達。私はこの家のことなんて心の底からどうでもいいのに・・・・。
最近、刺客たちの数が多くなった。部屋が汚れるから本当にやめてほしい。ベットで眠れなくなったじゃないか。
この家にいてもいつか殺されるに決まっているのだ(父の目線もやばいというのもあるが・・・。)あんな連中に殺されてやるのは癪だった。じゃあなんで戦争に行くんだよって話になるけど、それはそれ。とにかく家から出たい。
誰かのそばにいたいんだ。一人は心が寒いんだよ。
「あんた、戦争じゃ命の保証できないのよ?」
それもでいいんだよ。だって、みんなで死んだらきっと怖くないでしょ。
一人はさみしいの。
「このままここにいたらどちらにしても命の保証がないし・・・、どうせなら、傭兵団のみんなのそばにいたい。そのほうが楽しそうだもの」
私が意志を変えるつもりがないことが分かったらしい。ラーソはため息をついた。
「あんた・・・・。もお~。そんなこと言われたら師としてつきはなせないじゃなーい」
なんだかんだ言って、懐に入れた人間には甘いんだよね、ラーソは。
「でも、あんたいなくなったら、お父様が血眼になって探すわよ」
精神が狂った状態では、それもあり得るかもしれない。
あ、そうだ。
「刺客に殺されたことにすればいいじゃない。顔つぶせばばれない」
死体はたくさんあるし。
そう言って私は、短剣を木に向かって放り投げた。
「ぎゃっ!!」
声が聞こえたと思ったら、木からどさっと何かが落ちてきた。
「女だし。ちょうどよい」
にこっと笑った。ちなみに昨日まで私の家庭教師の一人だった。王妃の手ごまの一人だけれど。
「・・・・・」
ラーソは死体を見た。眉間に短剣が刺さり、一瞬で絶命したことがわかる。
間違いなく、こいつもやばい。本人に言ったら怒るかもしれないが、父親よりもやばいかもしれない時がある。父親だって、あんなことがなければ普通だったはずだ。
本人にやる気がないが、間違いなくこいつが一番皇帝にふさわしい・・、かもしれない。ラーソはそう思った。
この子があの奥方から生まれていたらよかったんだけどねえ。そしたらきっと丸く収まったのだ。
もう、すべてが遅いけれど。
その年の春、この家の長女が死体で見つかった。バルコニーから落ちたと考えられ、顔は潰れて、見るも無残だったという。自殺か、他殺か・・・、さまざまな憶測が流れたが、1ヶ月後に起こった戦争で人々の意識はそちらに向かい、記憶の中から消えていった。
「そう言えば・・・、お義母さまのお顔、お母様にそっくりだわ・・・・。」




