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「従者君は来ないよ。ここは気が付かれないからねえ」


その時だった。



「ああ、普通はそうだろうね」



突然男の声が聞こえた。私は最初誰の声なのかわからなかったのだ。伯爵は倒れたままだ。もちろんアイヒでもない。

「誰だ!!・・・つっ」

初めてヨシュアモドキの顔から余裕が抜け落ちた。そして私の手をつかんでいた手が突然離れた。



何かが通り過ぎた気がしたと思ったら、

「え・・・?」

ヨシュアモドキから私自身も離れていた。誰かに抱かれる感覚。

「お嬢様・・・・」

この、声は・・・。

「ル、ルカ?」

「はい、お嬢様。・・・・・よかった、無事で本当に、良かった・・・・」

ルカは震える声で私を抱きしめた。

「ルカ・・・・」

そのぬくもりにほっとする。よかった、間に合ってくれたのね。ルカが来るのは視えたけど、どのタイミングなのかまったくわからなかったのだ。



「私が目を離したばっかりにこのような・・・・・、本当に申し訳ありません・・・」

ルカは顔を上げて、私の頬を撫でた。

「そんな、ルカのせいじゃないわ。私のせい、わたしのせいなの・・・・」

私があの時約束を破ったからこんなことになったのだ。自業自得だ。

「いいえ」

「そうだわ、アイヒや伯爵様が・・・・!」

私は彼らの方向を見るが、そこには誰もいない。

「大丈夫ですよ。アイヒ様、伯爵様はすでに運ばれております」

はやっ。その言葉にほっとしたが、同時に心配にもなる。アイヒは血が止まっていたけど伯爵は・・・。

「ルーシェ」

私の思考を断ち切るように、声が聞こえた。私は顔を上げる。昨日会ったはずなのにもう懐かしいと思ってしまう。

「お父・・・・さま・・・・?」

私は父に呼びかけようとして、固まった。


なんというのか、その・・・。


お、怒っている?


私の前では父はとにかくニコニコ顔で甘い。間違ったことをすれば怒られたけど・・・・。それでも、それとは比べ物にならないくらいの怒りを父から感じた。


「・・・・・・よく頑張った。・・・遅くなって悪かった」

そう言って抱きしめられた。父の体は震えていて、私はどれだけ心配をかけたのか・・・。私は涙腺が緩みそうになった。

「いいえ。私はお父様にあえてとてもうれしい」

「そうか。・・・・屋敷に帰ろうな。お母様もグレンも、みんな待っている」

お母様にグレン、おじい様、おばあ様・・・・。たった2日しか離れていないのに早く会いたくてたまらない。


「ルーシェ姫、無事みたいだね」

そしてもう一人聞きなれた声が聞こえた。


「陛下・・・・」

陛下はニコっとほほ笑んでいた。それでもまとう空気はいつもと比べ物にならないくらい冷たい。そして陛下の後ろには黒装束、顔には幾何学文様が書かれたお面を被る集団が控えていた。



王家直轄暗殺戦術特殊部隊"陽炎”(カゲロウ)

この国で彼らに命令できるのはただ一人だけだ。父すらもきっと無理だ。


ああ、彼は紛れもなく王なのだ。


「陛下・・・、アイヒ様を・・・、アイヒ様を守れず申し訳ありません・・・」

気が付けばそう言っていた。


そんな私の姿を見て陛下は少々困った顔をした。

「やれやれ、まぎれもないリスティルだね・・・、アドルフ」

それは父に言っているようで違う誰かに言っているようだった。


「でも、アイヒが泣くよ。あの子とは友でいてやってくれ」

その顔は紛れもなく父親の顔だった。


「感動の再会の所悪いけど、そろそろいいかなあ」

ヨシュアモドキが酷薄な笑みを浮かべて立っていた。


「ルカ、ルーシェを連れて下がれ」

「はい」

父は私をルカに預けるとヨシュアモドキの方に向き合った。

「お父様、陛下・・、ヨシュアは「心配しないで、愛娘を悲しませることはしないよ

「陛下・・・・・」

何か、手があるのだろうか。

「大丈夫ですよ、お嬢さま。・・・さあ、行きましょう」

ルカは私をしっかりと抱きなおすと出口に向かって歩いて行った。

「ルーシェ姫」

ヨシュアモドキに名前を呼ばれた。これだけ危機的状況だというのに全くあわてる様子はない。楽しそうにほほ笑んでいる。

「お嬢様、見ては」「今度は連れて行くね、だって君は・・・・・・・・だから」

ルカが私の耳をふさいだので何を言われたのか、よく聞こえなかった。ただ、ルカが私をより一層強く抱き込んだ。そのまま扉がしめられた。




ルーシェが消えた扉を隠すようにアドルフたちは立ちふさがった。

「私の国でずいぶん好き勝手してくれたみたいだね」

「これはこれは国王陛下。ご機嫌麗しく」

ヨシュアモドキは優雅に礼をしつつ酷薄に笑った。

「それはどうも、ガルディア帝国皇帝陛下?」

王も同様に礼を返した。

「・・・さあ、何のことかな?」

「別に君が皇帝と認めないならそれでもいいけど、君が帝国の人間なのは変わりないから、宣戦布告と受け取るよ?」

「あはは、戦争か・・・。良いねえ。あの惨劇を繰り返すかい?僕はまだ子供だったからあの光景を見ることはできなかったんだよねえ。・・・・そういえば国王陛下の姉君と先代はそれで亡くなったんだっけ?」

楽しそうに語る彼にアドルフは顔をしかめた。あの光景はアドルフの脳裏から離れたことはない。彼はあの戦いで大切なものを見つけだが、同時に、大切なものを失った。

そしてそれは国王も同じだ。

「・・・・・・全く、帝国はどんな教育をお前に施したんだか・・・」

「あはは。僕がおかしいって?でも、お前たちだってあの惨劇で生まれた・・・・・・・黒の子供たちを使っているじゃないか。人間的に言ったらお前たちだって十分おかしいんじゃないの?」


「別につか「おい。無駄話はそろそろやめろ。」・・・・・話してるんだけど。」

国王は自分の前に立っている友からものすごい殺気が出始めたので文句を言うのをやめた。まあ仕方ないか。愛娘をあんな目にあわせられてこの男が切れないはずがないのだ。


「はいはい。そうだね・・・、その体の持ち主はうちの国の子だから、とっとと返してくれる?」

「どうしようかなあ」

「貴様がここにいても何の利点もないだろうが。とっとと消え失せろ」

アドルフがものすごく忌々しげに言い放った。本当は切り捨てたいのだろう。名工に鍛えられたはずの剣の柄があまりの握力にヒビが入っている。本当は切り捨てたいが、切ったところで死ぬのはヨシュアだけだ。本体は遠い帝国でおねんねしている。


全く忌々しい血脈だ。


「あはは、優しいね。この子殺してしまえば自動的に戻ることになるのに」

「できる限り子供には優しくしないとねえ。子供は国の宝だから。でも出て行ってくれないとなると・・・、困るね」


全く困っているとは思えない。と、そばに控えていた陽炎は思った。


腹黒と腹黒の騙しあい・・・・・。いや、もう何も言うまい。


「精神系術式での乗っ取り・・・。僕もアドルフもそっち系じゃないんだよねえ。・・っと!」

ナイフが横から飛んできたが、アドルフが難なく叩き落とした。

「臣下のしつけができてないね」

「ああ、やっぱだめか。」

人形遣い、キースだった。

「なんだ、生きていたんだ」

「ひどくありませんか?こんな化け物ぞろいの中で生きていたのだから誉めてください。・・・・でもどうするのですか?外は固められて私の逃げ場がないんですが」

「・・・・・そうだねえ。厄介な網も張られかけているし・・・・・。ほしいものは見つけられたけど、もうここにはいないしねえ。子供たちも運ぶのは・・・・・・、ものすごく面倒くさそうだ」

結界壊すのは時間がかかりそうだし。

「・・・・今回は引いてあげるよ。でも、次はお姫様、もらうね?」

「誰が渡すか。ルーシェは私たちの宝だ」

「ふふふ・・・。まさか死んだはずのあの方がこんなところで生きていらっしゃったとはねえ・・・・。能無しだったからとはいえ、もうちょっとちゃんと調べるように言わないと・・・・。能無しからでも次世代はちゃんと生まれるみたいだし」

「貴様・・・・・・・・」

アドルフは持っていた剣を今にもヨシュアに向かって振りぬきそうな勢いだ。


「・・・・早く帰るなら帰りましょう。あまり面倒な結界を編み込まれるとあなた様も帰れなくなります。外にいるのはあの宰相ですから」




「わかっているよ。まったくうるさいね。・・・・・・・・・座標固定」


その瞬間からヨシュアから聞いたことのない言葉が紡がれた。自分たちでは発音すら難しい何か。


かつてこの世界には一つの国があったのだという。その国を治めていたのはある一族。その一族はあるとき神様と契約をして不思議な力を手に入れたらしい。嘘か本当か、わからないけれど。




カッ


次の瞬間、強い光が彼らを包み込んだ。

アドルフたちは余りに強い光に顔を覆った。


「ちっ」


「じゃあね、劣等種族さんたち~」



強い光が彼らを包み込むと同時に、人形師の姿は消え、倒れたヨシュアだけが残されていた。







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