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更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
「・・・・・・・・・・・・」
一瞬、何が起こったかわからなかった。
「アイヒ様!!」
伯爵の驚いた声が聞こえる。え、何が起こったの・・・。何が・・・。
血、が、流れている。
アイヒの、胸から。
「いやーーー!!アイヒ!!」
私は悲鳴を上げた。脇目も振らずにアイヒのそばに駆け寄る。
どうしたらいい?剣を抜いたらきっと血がさらに出る。アイヒの目は薄く開かれて濁っている。かろうじて胸が上下に動いているから生きてはいるのだろうが・・・・。私は血があふれている場所を何とか抑えた。生暖かい血の感触が掌いっぱいに広がった。剣は心臓に突き刺さっていた。もうだめなの・・、うそ、死ぬの・・・?そんな恐怖が私の胸の中にあった。
「アイヒ・・、しっかりして!!! どうしたら・・・。伯爵様!!」
私は伯爵に声をかける。彼は医者だ。きっと、きっと何か案があるはずだ!!
希望を込めて伯爵の方を振り返る。
が、希望は打ち砕かれた。
がきっ!!
人形が伯爵に襲いかかっていたのだ。
「くそっ・・・、どけ!!」
「それは無理ですね。命令ですから」
魔法を使えない状態なのでかなり苦戦していた。助けは望めない。
「アイヒ!!アイヒ!!しっかり、呼吸を止めないで!!」
血が止まらない。私は手の震えを何とか押さえつける。
「止まって、止まって!」
私は念じ続ける。どうか、私の治癒の力よ。お願い、アイヒを助けて!!
「ははは・・・。心が乱れているねえ。ぐちゃぐちゃだ」
悪魔の声が耳のすぐそばで、聞こえた。
「っ!!」
顎に手がかかったと思うとものすごい力で引っ張られた。アイヒのぬくもりが離れていく。
「手を離して!!」
私は必死でアイヒに手を伸ばすが、その手もつかまれて抱き込まれた。
「ははは。かわいいねえ。あの王女様がそんなに大事なの?」
「大事に決まっているでしょ!!お友達よ!!手を放しなさい!!!」
この状況でも血まみれの私をみて笑っている彼が信じられなかった。暴れまくるが、小さな体ではびくともしない。
「やだよ」
「離しなさいってば!!このバカ!変態!!ヨシュアから出てけっ!!」
思いつく限りの悪態をつくが、彼はますます面白がる。
「はは。お姫様いい顔をしているねえ。いつもの顔よりそんな顔の方がずっといいよ」
「なんで、アイヒを、アイヒを!!」
「そりゃあ、敵国の王女様だから殺すでしょ」
まるで明日の天気は晴れですねと言うくらいに普通に言われた。
「戦争をしたいの!?」
「別にしてもいいよ。戦争大好きだし・・・・・」
彼は無邪気に笑った。
「お姫様。王女様を本当に助けたいなら、なんとかしないとね」
「何を!」
「ほら、頑張って頑張って。僕から逃げないと。お姫様の大切な友人が死んでしまうよ。ま、僕から逃げることができても王女様は助からないだろうけどねえ」
私は動きを止めた。
「たすか、らない・・・・・?」
私はアイヒを見た。血の海に沈んでいるアイヒの小さな体。彼女の胸はまだ動いているの?それとも・・?
「ルーシェ。私はアイヒよ、よろしくね」
アイヒと初めて会った時のことが思い出される。
うそだ。うそだ。うそだ。
どしゃ。
何かが倒れる音がした。
「はくしゃく・・・・・」
伯爵は人形に刺し貫かれて、そのまま崩れ落ちた。
血だまりが、伯爵の周りを円を描くように広がった。
誰か、誰か!!!!ルカ、お父様、お母様、おじい様、おばあ様、助けて・・・・・。
「助からないねえ。・・・・このままだと」
僕から、逃げないと。
どうやって?
ぱきっ
何かが割れる音がした。
さあねえ。でも、君は知っているだろう。
知らないわ。
ぴきっ
そんなことはないよ。
ばきっ
魂が、そなたの血が、それを知っているよ。我らが神様と契約した証を。
ガシャン
何かが割れる、音がした。
その音は私の頭の中から響いた。
「手を離して。」
「ん?」
「その、汚い手を、離して!!」
私の口から、勝手に言葉が出た。とおもったら。
「え・・・?」
今まで隣にいたヨシュアモドキが離れたところにいた。
足元は生暖かい感触が広がる。
「ア、アイヒ?」
下には血まみれで倒れているアイヒがいた。着ているドレスに赤いしみが浮き上がる。
私は何かに引っ張られるように、アイヒの胸にある傷に手を置いた。
トジテ。
すると、傷が見る見るうちにふさがっていった。
「・・・・・・・・」
何が、おきた?呆然とアイヒを見下ろした。アイヒの頬には赤みがさしていて呼吸も戻っていた。
「ははははははははは!!」
ヨシュアモドキが声を上げて笑い出した。狂ったか。
「すごいや!!いや、予定通りだ!!!」
「どうしたんです?狂いましたか?」
「お前、本当に無礼だよね。・・・・やっぱり彼女は発現者だよ!!間違いない」
「本当ですか?」
「お前もみただろう?・・・空間だけでも発現したらラッキーと思ってたけど、時戻りもやってのけたよ」
今までのゆがんだ顔ではなく心の底から嬉しそうな顔だった。空間?時戻り?何を言っているんだこいつらは。
そうだ、伯爵は・・・・・。伯爵は血だまりの中に倒れたままだった。
私は伯爵のもとに行こうとしたが、手をつかまれた。
「離して・・・」
私は振り払おうとしたが駄目だった。
「最初に言ったよ、君は連れて帰るって」
「いかない!!」
「聞けないなあ・・・。やっと見つかったんだもの」
「手を離しなさい!!」
しかしより一層手を強くつかむと、私の手をつかんだままずるずると引きずった。地味に痛い。
「やめて!!」
「さて、もう準備はできているし・・・、帰ろうか・・・・」
連れて、行かれる。
帰るっていってもここはまだ私の国のはずなのに・・・・・、なんでこんなに不安になるんだ?
空間、その言葉が何を意味するのか。
寒気がした。
「や、やめて!!手を離して!!」
おとなしく消え去ろうと思ってはいても、あくまで私の好きに生きるためだ。こんな退場は望んでいない。
「大丈夫だよ・・・。怖いことなんて、何もないよ」
ニコリと嗤いかけられるが正直言って恐怖でしかない。
誰か、助けて。誰か・・・・・。私の目から涙がこぼれでた。
「ルカ!!」
私はいつもそばにいる者の名を、呼んだ。あの時視えたのは、きっと、この瞬間だと信じている。




