51.
「絶対に行かないわ」
私ははっきり言った。私が行ったところでここにいる皆が助かるかどうかはわからない。それに、彼らはここから出れるようなことを言っていた。某アニメのどこにでも通じるドアのように、何かからくりがあるのだろう。私が行くと言えばあの帝国に連れて行かれる。そしてここの子供たちも連れて行かれるのだろう。それはすなわち戦争を意味するのだ。
戦争にいいことなんてないし、子供は必ず親元に帰さなくてはならない。まだまだ子供なのだもの。
目の前のもどきに聞きたいことは山ほどある。
でも、だめだ。
「やっぱりね。・・・・・やれやれ、あんまりこんな手は使いたくなかったんだけれど・・・」
ヨシュアはわざとらしい残念な顔をしてこちらを見た。
「何をするつもりだ。」
伯爵が私を後ろに隠すように前に出る。なんてイケメン。
「・・・・・・・キース」
「はいはい」
完全に傍観者に徹していた人形遣いが手を動かす。とっさに私たちは構えたが、まわりの人形は全く動かなかった。
「ねえ、お姫様。演劇は好き?」
「・・見たことありませんわ」
嫌な予感がする。
「そう。じゃあ、今度見てみるといいよ」
「・・・・・・・・・・」
「演劇には主役が重要でねえ。主役に花がないと面白くない。でも、主役だけの舞台も面白くないんだよ。
主役を輝かせる端役も重要なんだ。
「主役はかわいいお姫様、そしてかっこいい王子様・・・・・・」
まるで舞台で歌うように、彼は言葉を紡ぐ。
彼の手にはいつの間にか銀色に光る剣が握られていた。
私ははっとした。
いけない、来てはいけない。
これは夢の、続きだ。
あの、忌まわしい。
「いけない・・・・・・。来てはいけないわ!!!アイヒ!!!」
私は叫んだ。私の視界には血濡れのアイヒが視えていた。
「姫?・・アイヒ様とはいったい・・・・」
伯爵が不思議そうな顔で叫んだ私を見る。私はどう言えばいいのかがわからなかった。ただ、とんでもないことが起こるのは事実だ。
でも、どうしてアイヒがここに来るの?
その時だった。
ぎぃっ、扉の開く音がした。
「ヨシュア、あなた本当にルーシェがこんなところにいると言うの?」
アイヒの声が聞こえてきた。それよりもヨシュアとはどういうことだ。私は目の前のモドキを見つめる。彼はこれは本物のヨシュアだと言った。たぶんそれは嘘ではない気がする。
「なぜ、アイヒ様が・・・・。あのバカども、2人そろって何してやがる!!」
伯爵も事態を把握したらしい、誰かに向けて悪態をついている。馬鹿2人ってまさか・・・・・・。いや、それどころではなくて。
「あなた、いったいどういうことなの!?」
ヨシュアモドキは楽しそうに嗤っている。本当にイライラする。
「これは紛れもない本物のヨシュアだよ」
「・・・・・」
嘘ではないと思うのだけど、アイヒと一緒にいるヨシュアとやらはなんなんだ。
「別に嘘と思うのなら殺したらいいよ」
「・・・・・そこの人形遣いの差し金か・・・・・」
伯爵は忌々しげに言った。
「せいかーい」
「ヨシュアに擬態した人形を使って呼び出したってこと?」
何てことだ。そもそもアイヒ様についている護衛はどうしたんだよ!!!
「そうだよ。これから、面白いものが見れるよ・・・・・」
「ルーシェ?・・・・・・そこにいるの?」
私達が叫んだので、アイヒがこちらに気が付いたようだった。
「アイヒ!!こっちに来てはだめ・・・・!!」
私は叫んだがあの人形のそばにいても危険なことに変わりはない。どうすれば・・・・・・・・。
「何を言っていますの!?いなくなるものだから心配しましたの・・・・よ」
アイヒからも私たちの目の前にいるヨシュアが見えたようだ。言葉が止まる。
「何の冗談ですの。生き別れの双子でもいましたの?」
この異常な空間にアイヒも気が付いたらしい、声が震え始めている。
「この子たち・・・・・。ヨシュア・・・、あなたが何をしましたの・・・?」
「アイヒ様!!お話はあとです!早くこちらに!!両方ともあなたのヨシュアではない!!」
人質はこの国の第一王女アイヒ。最悪の構図である。
「・・・・・どういうことですの・・・。答えなさい!あなたがすべてやりましたの!!?」
アイヒは目の前にいる人形ヨシュアに問い詰めている。気持ちはわかるが今はこっちに来てほしい。
「アイヒ!!話を聞いて!それは両方ともヨシュアではないのよ!!」
「あはは、信じていた従者に裏切られるってつらいもんねえ」
「アイヒ様を人質にする気なの・・・・?」
「人質ねえ。そんな生ぬるいものじゃないよ。・・・・・・お姫様、これは君のせいだからね」
「はあ?」
「あのときに素直に手を取ってくれていたらよかったのに」
そしておもむろに彼は銀の剣を空中に放り投げた。そう、ただ、放り投げた。
だけなのに
「こふっ・・・」
その剣はアイヒの胸を深々と貫いたのだ。




