49.
いつも読んでくださりありがとうございます。
突然体中に震えが走った。まるでヨシュアではないようなヨシュアが今、私の目の前にいた。初めて見たのはいつだったか。そうだ、お父様がお母様のパイを持って行き忘れて、代わりに届けた時だ。二回目に見たのは、鬼ごっこのとき・・・・・・。 そして、三回目に見たのは・・・・・・。
ただただ私を抱えているヨシュアが怖い、そう思った。
「ルーシェ姫?」
「あ、大丈夫。ヨシュア・・・・・・、あなたの方こそ大丈夫・・・・・・なの?」
きっと気のせいだ。これは、気のせいに違いない。私は何とか落ち着こうと思った。
何を怖がることがあるの?
「ああ、私は平気ですよ・・・・・・」
「一体何があったの?」
とにかく怖い、怖くて仕方がない。何も考えたくなかった。
「わかりません。ルーシェ様と別れた後に突然、後ろから襲われまして・・・・・・。気が付いたらここにいました」
「そう・・・・・・。あ、バールトン伯爵は!? ここにいる!?」
そうだ、バールトン伯爵はどこに行ったんだ。あのとき、人の形をした・・・・・・、傀儡人形のようなものに私は気絶させられたのだ。やっぱりバールトン伯爵が、この事件の黒幕なのか・・・・・・? でも、あの時私を庇おうとしたような・・・・・・?
「いますよ」
「そう、いない・・・・・・いるの!?」
「隣の部屋にいますよ。・・・・・・子どもたちと一緒にね」
ヨシュアは優しいともいえる手つきで私の頬を撫でた。
「ヨシュ・・・・・・ア?」
「さっきから、怖い怖いと心が叫んでいますね」
「あ・・・・・・」
私は突然あることを思い出した
『逆だ』
『はい?』
『知り合いが嘘をつかない保証はどこにもない』
そう言った、あの不思議な男の人。
何が逆なのか、あの時は意味が分からなかった。さらに私は、鬼ごっこの時のヨシュアの言葉を思い出した。
『始めは偶然だと思いました。あの方の仕事は生徒たちの話を聞くことでもありますから』
私はそれを聞いてバールトン伯爵が子どもたちを誘拐したのではないかと思った。
でも、真実がそれとは逆だったら? ヨシュアがあらかじめ攫おうと思った子どもたちに話しかけていた。それをバールトン伯爵が見て、怪しんだ・・・・・・?
ヨシュアがバールトン伯爵を見て挙動不審だったのは、自分の悪事がばれると思ったから?
本当のヨシュアは、どれ?
「くすっ」
思考の渦にはまっていた私は、笑い声で現実に引き戻された。
「頑張って考えているねえ。賢い子は嫌いじゃないよ?」
これはヨシュアでは、ない。話し方から完全に違う。
「でも、ちょっと違うなあ。ヨシュアは本当にバールトン伯爵が犯人だと思っていたんだよ?」
「え?」
ヨシュアの顔をした彼は、自分のことをまるで他人のように述べている。それはとても奇妙だった。
「僕はねえ、ヨシュアじゃないんだよ」
「に、二重人格?」
「残念。外れでーす。まあ、知らなかったら正解は出てこないね、きっと。・・・・・・僕はねえ、不思議な力を持っているんだよ」
彼はまるで幼い子どもに諭すように私に話し始めた。
「それはね、人の魂に干渉する力。正確には人の精神を乗っ取る力だよ。精神干渉能力ともいうね」
この世界、やっぱりファンタジーだ。
私の頭は完全にショートした。
しかし――――。
「・・・・・・あなたはヨシュアでは、ないのね」
逆に冷静になれた気がした。もういい、知りたいことを確認することにしよう。助けが来るかはわからないが、とにかく時間を稼ごう。
わざわざ私を連れてきたのは何か理由があるはずだ。
「そうだよ」
彼、いや、ヨシュアモドキは笑ったままだ。まるで、私が何を考えているのかわかっているみたいだ。私の心を読むのもその精神干渉の力ということなのか。
「ふふ、君は面白いねえ。殺さなくてよかった」
恐ろしいことをさらっと言ってくる。
「心配しなくても、心の中すべては読めないよ。あくまでも僕は人間だからね。君は特にガードが堅くて、読みにくい」
それを聞いて少し安心した。
「子どもたちは隣にいるって言ったわよね」
「うん」
「確かめてもいい?」
まずは子どもたちとバールトン伯爵の安全を確認しないとだめだろう。ついでに出口も探す。
「いいよ~」
あっさりと許可が出た。どこを探しても、ここから出ることはできないと確信しているのだろうか? だとしたらムカつくわね。
私は立ち上がった。ふらつかないので、体調はたぶん大丈夫だ。扉に向かって歩くと、後ろからヨシュアモドキもついてきた。ギイッと音を立てて扉を開く。
かなり広い空間だった。周りは煉瓦で囲まれているが、夢で見た通り、ベッドやコップなどもある。子どもたちの泣き声は聞こえない。みんな眠っているようだった。ベッドは人数分あるようだったが、子どもたちは何人かで身を寄せ合って眠っていた。 そこに明らかにサイズの違う影があった。
「バールトン伯爵!」
駆け寄りかけて、やめた。
(なに、あれ)
バールトン伯爵の顔には不思議な紋様が描かれていた。蛇のようにも見えて気持ちが悪い。おそらく体全体にあるように思えた。
「あれはただの魔力封じだよ。その名の通り、魔力を使えないようにするためのもの。触っても問題ないよ」
そう聞いた私は、バールトン伯爵のそばにしゃがみ込んだ。顔色は悪いが息はしているから大丈夫だろう。
「彼はすごい精神系魔術師だねえ。僕の国にもここまでの魔術師はそうそう多くないよ。僕はヨシュアになりきっていたはずだったけど、違和感を覚えたのか僕を見張るようになった・・・・・・」
「僕の国」と言った、彼はこの国の国民でないことは分かった。
「バールトン伯爵は気が付いていましたの?」
「確信があったわけではないよ。僕より魔力も弱いしね。だから、国王陛下にも元帥にも言わなかったんだろうね。ヨシュアは第一王女の従者だし」
つまりはお父様も国王陛下もヨシュアを怪しんではいないのか・・・・・・。まずいな、国王陛下たちはこの場所を見つけられないだろう。私はなんとなくここがどこだかわかってきたが、おそらく、絶対に気が付かれない。
「子どもたちをさらったのはどうして?」
「君はさっきから質問ばっかりだね。なんでだと思う?」
「わからないから聞いているのよ」
「あはは。それもそうか」
結局答えてはくれない。いったい何がしたいのか。目的がさっぱりなのだ。
「どうやってここからこの子たちを運ぶつもりですの?」
私が予想している場所だったとして、どうやってここから出ていくつもりなのか
「ん? それはもちろん・・・・・・。ああ、そうなんだ。君は知らないんだねえ」
「何を・・・・・・?」
「母君は教えてくれなかったのかい?」
「え?」
なぜここでお母様が出てくるの。
「でも、君を見つけたのはいいけど、まだそうなのかわからないし、教えられないなあ」
ヨシュアモドキは不敵な笑みを浮かべた。




