5.
弟君がついに生まれます。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
「・・・・・・?」
部屋の外の廊下が騒がしかった。リスティル家のメイド達の動きは洗練されているので、このようにドタドタと足音を立てて走ることなどありえない。
不審に思った私は扉を開け、ちょうど通りかかったメイドの一人に話しかけた。
「どうかしたの?」
メイドは私のほうを見ると、佇まいを正した。しかし頬は紅潮させたままだ。
「お嬢様! 奥方様が産気づかれたのです!」
「ええ!!?」
私は一緒にお母様の部屋に行きたかったが、邪魔になると思ってやめた。
しかし、なかなか生まれてこないようで、寝る時間になっても赤ん坊の声は聞こえてこない。
執事からそろそろお休みくださいと言われしぶしぶベッドには入ったが。
元気に生まれることがわかっているとはいえ、心配はするもので、私は全く寝つけなかった。
「お母様・・・・・・、大丈夫かしら・・・・・・」
しんとした部屋に自分の声が響く。
「眠れないわ」
私はむくりと起き上がった。
その時だった。
「オギャーッ!!!」
元気な声が頭の中に響き渡った。
「え!?」
まるで大地が揺れるように感じた。それくらいの大きな叫び声が脳内に聞こえてきたのだ。お母様のいる部屋とはかなり離れていて、赤ん坊の声などそこまで大きくは聞こえるはずがないのに。
私はとっさに裸足のまま部屋から飛び出た。メイド達が「お嬢様!!?」と叫ぶのが聞こえるが無視した。そして二階の階段からふわりと飛び降りた。後ろから悲鳴が聞こえたが気のせいだと思うことにした。ひたすら母のいる部屋に走った。
「生まれた、生まれだぞ!元気な男の子じゃぞ」
おばあ様の声が聞こえた。その瞬間、屋敷の張り詰めた気配が霧散して、歓喜に包まれたように感じた。
「はあはあ・・・・・・」
私は扉の前まで走ると、呼吸をなんとか整えた。そして扉を開いた。
「お父様、おじい様!生まれま・・・・・・、だ、大丈夫ですか?」
父と祖父は何故か戦った後のように地面に突っ伏していた。どこか顔も青い。
「平気だ・・・・・・」
「うん、よかった無事で」
父に至っては目がどこか遠くを見ている。いったい何があったと言うのか。
固まったままでいると部屋の奥の個室の扉が開いた。
「母子ともに健康じゃぞ。おお、ルーシェ起きたのか」
出てきたのは白い布を抱えたおばあ様だった。
「はい、声が聞こえたので」
「そうか。・・・・・・なんじゃ大の男二人が情けない。ルーシェの方が大人ではないか」
おばあ様はため息をついて、あきれたようにおじい様たちを見ていた。
「おばあ様、弟を見せて」
私はおばあ様に近づいた。自分の弟を見てみたかった。
「おお、そうだな。これでそなたも姉上じゃ。そなたの言うとおり、男の子だったぞ」
おばあ様はそういうと屈んでくださった。
「うわ・・・・・・、かわいい」
思わず言葉が漏れた。弟にはお父様に似た明るい茶髪が生えていて、しわくちゃの赤ん坊にもかかわらず、整った顔をしていた。
「・・・・・・」
そのやわらかそうな頬をおそるおそるつんつんと突いてみた。
するとぱっちりと目が開いた。緑の瞳。私が母と同じ色彩を持つなら、弟は父と同じ色彩を持ったようだ。
「あー」
そして自分にむかって手を伸ばしてきた。
反射的に手をにぎった。すると突然四つの色が見えた。赤、青、緑、黒の影が弟の周りに浮かび上がり、霧散した。
「・・・・・・」
今のは、おそらく魔力の色だ。きっと自分の予知夢は現実になる。
「ルーシェ!! どうしたんだい!?」
「え?」
お父様に頬を拭われた。どうやら私は泣いていたらしい。お父様には今の光は見えなかったようだ。
「な、なんでもないの。無事に生まれてよかったなって! 大丈夫」
お父様は私が弟に嫉妬しているのではと心配しているので、問題ないと伝えた。
「グレン」
確かこの子は夢でそう呼ばれていた。
「ほう、この子の名はグレンか?」
おばあ様がそう言った。
「え?あ、いや」
「ほお、ルーシェが名づけたのか。グレン、うん、いい響きだ」
え、いいのそれでいいの?お父様。え、もっと考えてよ、おじい様。
「この子の名前は グレン・レオ・リスティルだ」
あっさりと弟の名前が決まってしまった。それでいいの!!?
***
「生まれたね、運命の子が」
大地を揺るがす声はこの国の王にも聞こえていた。
国王陛下は当然王宮にいたが、自分の意思と関係なしに風がすべてを運んできてくれる。彼にとってこの国は庭のようなものだった。
「父上?」
息子が自らを呼ぶ声が聞こえた。声の方向へ振り返れば、不思議そうな顔をしたラスミアが立っていた。
「どうやら、ルーシェ姫はお姉さんになったようだね」
「そうなのですか!? それは何かお祝いをしないと!」
ラスミアは顔を綻ばせた。
(やれやれ、仲直りがうまくいってよかったよ。アドバイスはしたけど、どうなるか不安だったからね。)
「ルーシェ姫を気に入ったみたいだね」
するとラスミアは意味を理解したのか、顔を真っ赤にした。王家とリスティル公爵家だから相性が良くないわけはないのだけど。自分が盟友アドルフと会ったときも、生まれたときから共にいたかのようにしっくりときたのだ。とても不思議な感覚だった。
「まあ・・・・・・」
そっぽをむいたラスミアの顔を見て、かわいそうに、そう思った。
ラスミアには『失せモノの相』が出ているのだ。生まれたときからずっと。
あのお姫様に出会ったとき、ラスミアが失うのは彼女だなと思った。
きっと彼女はいずれラスミアの前から、この国から消えるだろう。どれだけ周囲から愛されていても、風のように去っていくのだろう。王家とリスティル家、古からの結びつきでも、彼女をとどめておけるかわからない。
「お姫様を幻滅させないようにね」
「わかっております」
一方でラスミアにはもう一つの相が出ていた。それはもしかしたら、運命を変えるのかもしれない、そんな相。
「さて、祝いの品は何にするかい?」
母上に相談するのがよろしいのでは?とラスミアが言うので、そうだね、と答えて二人で王妃が住まう部屋に向かった。